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1949 戦争終了後、航空機や船舶はどのような経緯で無くなっていったのでしょうか?
現在オリジナルの機体・発動機で飛行可能なゼロ戦は1機しかないとの事。
終戦時のゼロ戦がどの位の稼動機があったのかわかりませんが、かなりあったと思います。
みな、戦後すぐ廃棄処分になったのですか?それとも、だんだんなくなっていったのですか?
例えば昭和30年なら結構残っていたとか。

ココナッツクラッシュ

  1. 日本の機体については、戦後かなり徹底的に処分されたそうです。
    勝井

  2. 日独とも連合国の占領下で軍隊は徹底的に武装解除させられ、その兵器は戦艦から銃器類に至るまで連合国に接収されています。接収された兵器類の処分は各連合国に委ねられるわけですが、連合国自体が調査等の目的でそのまま保管する場合、連合国の管理の下、賠償として第三国に譲り渡される場合、さらに廃棄処分となる場合(一旦保管した後、廃棄される場合もある)と、色々あるわけですが、大部分は日本国内で戦後間もなく廃棄処分となったようです(水上艦艇、航空機、銃器と種類によって多少状況は異なるが)。なお、兵器の廃棄処分に加え、兵器生産に関係する産業(特に航空工業)もかなり徹底的に解体されています。大学の航空学科が廃止された位だし。
    ただ、武装の無い軍用トラックなどは、その多くが民間に払い下げられたのではなかろうか。また、砲塔を取り外した戦車(車体から見て97式チハ)が警察の鎮圧用車両として、東宝争議(戦艦以外は何でもやってきたと言われているが)に出動している写真もある。
    アリエフ

  3. 装軌式牽引車等は民間でかなりの数が使用されています。また小艦艇にもそのまま海上保安庁等で継続使用された例があります。前者についてはかなり昔に雑誌記事としてまとめられた事があり、終戦時の残存艦艇の考察については一冊の本にまとめられています。
    BUN

  4. ↑一式半装軌装甲兵車を、東京都清掃局がゴミ回収に使ってる写真がありますねえ。


  5. ところで、戦後暫くの間、民間航空が全面禁止されていたが、終戦時の民間会社保有の航空機も全て接収されたのだろうか。民間航空復活のとき、返還してもらえたのだろうか?と思って調べてたら、中国大陸で敗戦を迎えた零式輸送機22型が戦後処理の緑十字飛行に使われた後、中華民国空軍に引き渡されたとある。国内では大日本航空で使われていた零式輸送機は、終戦後、海軍保有のものと共に処分されてしまったようです。
    アリエフ

  6.  艦艇でいえば、梨→わかば 志賀→こじま が有名どころですが、特設砲艦やら駆潜艇、果ては大発まで入れるとかなりの数の艦艇、船舶が再利用されています。「写真と図による 残存・帝国艦艇」に詳しいです。
    tackow

  7. ありがとうございます。
    ほとんど終戦後すぐ廃棄されたと言うことですか。
    日本に比べドイツのものは結構残っているような気がするのですが、戦勝国はドイツに対しては日本とは違った認識をもっていたのでしょうか?(技術の発展の基礎資材とする等)鹵獲品は厳重に保存したような気がします。
    もし、日本が戦勝国であっても、保存される稼動できるな機体は少なかったような気がします。(三笠のように)これはお国柄なのでしょうね。

    ココナッツクラッシュ

  8. ↑第二次大戦のドイツ軍兵器でも、今日見られるのは幾つかの博物館に展示されているもの位で、Me262やV2ロケットなどは米ソが調査のため、本国に積極的に持ち帰ったりしたが、大多数の航空機、戦車は廃棄処分となったのではないでしょうか。戦車では、戦後、フランス軍が接収したパンターを少数使用していたが、あまり長い期間使われなかったようだし。
    アリエフ

  9. 中国大陸で終戦を迎えた陸軍部隊の戦車等の車両が中国(中華民国)に接収され、その後の国共内戦で使われました。この内戦中に中華民国軍(蒋介石)の部隊で中国共産党軍に投降したものが多く、そのため日本製戦車が朝鮮戦争までの間、中国共産党軍の主力として活躍していたこともある。終戦後、使用された戦車ならドイツよりむしろ日本の方が多いと思う。戦車の話になってしまったけど。
    アリエフ


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