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2411 ランカスター、ハリファックスの夜間爆撃を援護した英米夜戦について教えて下さい。また、素朴な質問で恐縮ですが、それらとJu88,Me110夜戦の格闘戦(どの程度行われたかは全く知りませんが)では、武装およびレーダー装備の点でどちらに分があったのでしょうか?

He219

  1.  米国は重爆による夜間爆撃を行っておらず、従って夜間戦闘機による爆撃機の護衛ミッションも行っていません。ノルマンディ成功後 P-61 ブラックウィドウがフランスに配備されていますが、散発的なドイツ夜間空襲迎撃のほかは夜間の対地攻撃(昼間近づけない重防御拠点へのピンポイント攻撃)に使われていました。英国夜戦で有名なのはモスキート NF(Night Fighter)でしょう。
     レーダー(英国では A.I;Airborne Interception と呼称)は Mk.VIII と Mk.X(米国 SCR-720) の二種類がありました。どちらもセンチ波(マイクロ波)レーダーで前者は資料不詳、後者は波長 10cm。ドイツの FuG202 リヒテンシュタイン BC が波長 60cm、アルミ箔散布「ウィンドウ」対策として波長を伸ばしたリヒテンシュタイン SN-2 が波長 3.3m です。
     波長が長いと解像度が低くなり、特に近距離での精度が悪くなる欠点があります。ドイツ夜戦は長距離探知用に SN-2、短距離探知用に BC を搭載していましたが、二種類の電子機器とアンテナを混載した為特に小柄な Bf110 は性能低下が激しかったようです。
     ドイツは大戦末期に波長 10cm の FuG240「ベルリン」レーダーを開発していましたが、この頃連合側は既に波長 3cm の A.I Mk.XV(米国 APS-4)を開発していました。ドイツ側はレーダーに関して常に一歩遅れを取っていたと言うべきでしょう。
     武装はドイツ機が 20mm 機関砲(MG151/20) 4〜6 挺ないし 30mm 機関砲(MK108) 2〜4 門、背部に斜銃(シュレッゲムジーク) MG-FF 2〜4 挺を積んだのに対し、モスキートはイスパノ Mk.II 20mm 機銃 4 挺、P-61 は AN-M2(イスパノと同じ) 20mm 機銃 4 挺 + 12.7mm 4 連装旋回銃塔でした。これは両者に求められた任務の違いを象徴しています。ドイツ夜戦の仕事は重爆を叩き落とすことであり、モスキートは重爆を守るのが任務でした。
     はっきり言って時代遅れの機体に無理矢理電子機材を詰め込んだ Bf110 やしょせん爆撃機上がりで鈍重な Ju88 は、高速で軽快なモスキートに大きく見劣りしました。高性能な He219 や Me262 夜戦を使ったモスキート狩りも行われたようですが、ドイツ夜戦の目的はあくまで重爆阻止なのでそれほど大規模ではなかったようです。
     また、夜間戦闘で格闘戦はほとんど無かったと思います。
    ささき

  2. ドイツがレーダー名にしている地名は
    撃墜したイギリス軍旗の墜落地点で
    そのレーダーをもとに改良したとか。
    ななし

  3. モスキート夜戦の戦法は高速一撃離脱です。
    レーダーでドイツ夜戦の位置を確認してから有利な後上方に占位、レーダーで再捕捉(ドイツ夜戦は爆撃隊進路に沿って飛び、大きい機動をしないので未来位置の予測ができる)して増速、目標が視界に入ったところで長い連射。
    ドイツ夜戦はモスキートの機上レーダーを探知する術がなく、常に奇襲を受ける立場になります。警戒していても撃たれる寸前までわからず、ましてドイツ夜戦が接敵中ならば撃たれるまで気がつかないこともしばしばあったようです。

    当時の夜間戦闘では最初の一撃で勝負をつける必要があります。ドイツ夜戦の重武装も、ランカスターを一撃必殺で撃墜する必要があるからです。
    気づかれずに接近して、うんと近接して相手の回避運動を殺し(舵が効きはじめるまでに致命傷を与える)、撃つ。
    接近中に気づかれてしまえばそれっきりです。
    襲撃に気づきさえすれば、大きい回避運動をして敵夜戦の機上レーダーの覆域の外にいったん出れば、再捕捉は困難です。もちろん夜なので肉眼ではとうてい無理です。格闘戦にはなりようがないのです。
    たとえていえば、アオコで緑色に濁った池で金魚すくいをするようなもの、でしょうか。
    これを利用したのが英軍重爆のコークスクリュー機動であり、後方警戒用の「モニカ」レーダーの存在意義でもあったわけですね。
    モスキートのレーダーといえども例外ではなく、ドイツ夜戦も後方銃手の「Achtung! Moskito!」を聞いた操縦手はいっぱいにロールを打って反転急降下で逃れようとします。レーダーの目線を切るためです。
    この操作が間に合えばほぼ100%助かります。しかしロールが遅いので、間に合わないことも多かったようです。
    まなかじ

  4. 1944年12月の422ndNFS(P−61装備)の“Lady GEN”パイロットの回想によると、Ju188を捕捉後数分間のDogfightの後Ju188を撃墜。Dogfightの間3回Visual Contactを失ったがついには撃墜したとあります。
    モスキートの一部のタイプとP-61は同じSCR−720レーダーなので機上レーダーの差はありません。
    英軍と米軍でGCIの運用が違い、邀撃機のレーダーがコンタクトを失ってもGCIがサポートできたのか、それとも上記のケースが偶然だったのかどちらなんでしょう。
    エラガバルス

  5. P-61 で単機侵入した Me410 をレーダー誘導で迎撃したところ、突然ロールを打ち背面降下して逃げられた話がありました。再捕捉したものの速度差がつきすぎて追撃を諦めたとか。夜戦は目標探索と捕捉・射撃位置への回り込みに長い時間をかけて先読み・駆け引きを費やし、最後の一瞬の判断で勝敗が分かれるようです。4. のように格闘戦になる例は珍しいですね、Ju188 はよほど自信があったのか、ヘタクソだったのか、逃げ場がなかったのか。
    ささき


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