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2541 1)九七艦攻や九九艦爆の艦爆の回転銃座は自機の垂直尾翼を打ち抜かない装置があったのでしょうか?
2)九七艦攻機体の前から二人目の席のやや下側に小窓が左右についていますが何に使うものでしょうか?
3)九七艦攻のプラモデルの箱絵には風防と垂直尾翼間のアンテナ線以外に水平主翼先端から水平尾翼と胴体に張ったTの字様のアンテナ線が描いてありますが、もしアンテナ線だとすれば周波数が違う通信を使っていたのでしょうか?



airplane1_72

  1. 1) 99艦爆・97艦攻の旋回機銃は人力の遊動銃架で、その気になれば自機の尾翼を撃てます。米海軍 TBF アベンジャーのような動力銃架の場合は安全装置が入っていたようです。
    2) 斜め下方向の視界を確保する「偵察窓」だと思います。
    3) ちょっと様子がわかりません。3種類が考えられます。

    3-A) アンテナ支柱−垂直尾翼に張った空中線+風防内部への引き込み線がT字に見える
    3-B) アンテナ支柱−垂直尾翼の空中線が垂直尾翼で折り返して主翼先端に延長されている
    3-C) 胴体側面に電探の八木アンテナ(エまたは王の字型の針金)を取り付けている

    ささき

  2.  1と2に回答させていただきます。
    1)射界制限装置がついていたはずです。詳しい機構については存じ上げません。
    2)水平爆撃用の照準窓だったはずです。前から二人目は爆撃手ですから。
    居眠り将軍

  3.  途中切れ&同時レス(笑)
     え〜っと、ささきさんが正しいと思われます。
    >1
     なるほど、何もついていなかったんですか。戦闘中に射手が興奮して間違えて撃っちゃったとかありそうですね(笑)。
    居眠り将軍

  4. >3. 天山の戦記で「連絡飛行の途中で空襲に来たグラマンとバッタリ遭遇、何とか逃げ切って着陸したが尾翼のスパーが撃ち抜かれていた。慣れない乗員が機銃を乱射して自機を撃ってしまったらしい」というのがあったんです。で、(2) は胴体側面の小窓のことですよね?爆撃照準窓は胴体「下」面ですから。
    ささき

  5. 胴体側面の小窓は「明かり採り用」です。
    BUN

  6. 3)について。ある時期までの九七艦攻は、のちに一般化する風防から上方に伸びる空中線支柱をまだ装備しておらず、無線機の空中線を主翼から水平尾翼に向かって展張していた、とされています。ものとしてはどちらも同じ九六式空三号用のはずです。


  7. 2)九七艦攻の中席は上下に位置を変えられるようになっていて、最下段では偵察員の頭が風防内に見えなくなる位置にまだ胴体内にもぐりこみます。このような状態でチャートを相手に作業したりする場合のために明かり取り窓が必要なのでしょう。


  8. airplane1_72です。皆様御回答ありがとうございました。
    1)については「安全装置がついていなかった」で結論づけてもよさそうですね。だとすれば慣れない射撃手が自機の尾翼を撃ち抜くのも十分あり得るような気がします。
    2)の胴体側面の小窓は明かり採りで結論してもいいのでしょうか。だとすれば天山のように射撃手より更に後方にある小窓もやはり同じ目的なのでしょうか?
    3)は風防に支柱がつくタイプは後にそうなったんですね。そういえば九九艦爆や天山には翼間のアンテナ線がなかったような気がします。

    片さんの座面の高さを変えて機内で作業をする説明に大変興味がありまた驚きました。個人的には艦攻、艦爆に大変興味があるので皆さんに教えて頂くことが大変嬉しいです。

    airplane1_72

  9. 2)は、取り説にそうあるようですので、明かり採りで間違いないと思います。
    ところで私は、2)3)について「九七艦攻」という書き方をしていますが、これは、一、三号だけでなく、三菱製の二号艦攻にもあてはまるからです。同じ要求、同じ審査を受け、同じ運用方針だった故でしょう。ただ、一号で空中線支柱を立てたものを見つけるのは容易なのに比べ、どうも二号ではこの改修を施したものが見当たらないようです。

    天山の側下方の窓は、電信員が後下方銃座(機体腹部に開口します)を操作するときの採光用です。


  10. ついでながら、空中線を主翼から尾翼に張るやり方は、実は九七艦攻以前の複葉機の時代にはごく一般的な方法です。はじめて単葉になった九七艦攻が過渡期だったということですね。


  11. 片さん。ご返事ありがとうございます。
    私はどちらかというと戦闘機にも勿論興味ありますが、それ以上に艦攻、艦爆に興味があります。なので片さんをはじめ皆様から教えて頂いたアドバイスは大変貴重な知識となるので感謝しています。敵機の攻撃や弾幕をも恐れず編隊を崩さず敵艦に向かって行く様は搭乗員の勇気と冷静な判断能力にひたすら依存していたのかと思うと感慨深いものを感じます。それから九七と一口に言っても一号から三号まであったんですね。益々興味が湧いてきました、今後は九九や天山、彗星など併せて少しずつ資料を調べていきたいと思います。今後もよろしくお願いします。
    追記
    座席の高さ調整の件ですが九九艦爆を扱っているHPで離陸直前の写真を拝見したところ確かに搭乗員の座面は上がっていて二の腕が操縦席の縁まで写っていました。離陸後はまた元の状態に下げて飛行するんでしょうね。



    airplane1_72


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