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3436 昔のイギリスのレシプロ戦闘機に、キノコ型のバルブではないバルブを使ったレシプロエンジンを使った物があると聞いたのですが、どのようなバルブなのでしょうか?またそのメリットと、衰退した理由も併せて教えて下さい。
イソトフ

  1. スリーブ・バルブ(Sleeve valve)ですね。鈴木孝氏の「20世紀エンジン史 −スリーブバルブと航空ディーゼルの興亡−」に詳しいです。

    ・シリンダが一種の二重構造となり、シリンダとピストンとの間に円筒状の遮断板(スリーブ)が挿入されています。
    ・吸気・排気ポートはシリンダ側面に開口しています。スリーブにも吸気・排気ポートに相等する開口部があり、それがシリンダ側の開口部と重なる時期をスリーブを上下/回転させて選択できるようになっています
    ・茸弁エンジンがクランクに連動したカムによってバルブ時期を調整するように、スリーブもギヤによってクランクに連動しており、吸気−圧縮−爆発−排気のサイクルに合わせて吸気ポートを開いたり、排気ポートを開いたりするようになっています。

    >そのメリット
    ・バルブ開閉に伴う衝撃音がなくなり、エンジン運転音が比較的静かになります。
    ・バルブスプリングが不要となるので、回転数を上げやすくなります。
    ・吸排気ポートに余計な突出物(茸弁)が無くなるので、呼吸効率が良くなります。
    ・吸排気バルブから燃焼室にオイルが混入することを避けられます。
    ・燃焼室からバルブがなくなるので内壁温度が均一化しやすく、圧縮率を上げやすくなります。
    ・シリンダヘッド頂上から吸排気ポートやロッカーアームが無くなるので、星型エンジンの場合前面面積を小さくできるかもしれません。

    >デメリット
    ・バルブスプリングだけが回転数を制約している訳ではないので、スリーブにしたからと言って急に回転を上げられるわけでもありません。
    ・ポートがシリンダ頂上ではなく側面になるため吸排気タイミングが制限され、必ずしも呼吸効率が劇的に向上するとは限りません。
    ・バルブが無くなるかわりに燃焼室をシリンダ・スリーブ・ピストンの三者で密閉せねばならず、特にシリンダ・スリーブ間のシーリングが非常に困難です。
    ・断面図を見ればわかりやすいのですが、スリーブ上下動のクリアランスを得るためにシリンダヘッド頂上が凹んだ形状となり、特に空冷の場合ヘッド冷却に工夫が必要となります(このため、前面面積も大して小さくはならない)。
    ・星型エンジンの場合は各シリンダごとにスリーブ駆動ギヤが必要となり、通常の茸弁 OHV にくらべて機構が複雑化します。

     スリーブバルブは英国ブリストル社のロイ・フェデン技師が次世代航空エンジンの本流とみなして長年の研究を重ね、第二次大戦前後にアキュラ、パーシューズ(空冷 9 気筒 500〜800hp)、トーラス、ハーキュリーズ(空冷 14 気筒 1000〜1800hp)、セントーラス(空冷 18 気筒 2000〜2500hp)、またネイピア社との技術提携によりセイバー(液冷H型 24 気筒 2000〜2500hp) の完成を見ました。もっともセイバーは冷却系の不具合を完全に解決しないまま量産化され、故障多発で悪評を広めてしまいましたが。
     戦前から戦中にかけて、イギリス以外の各国(日、米、独)でもスリーブバルブないしそれに相等する機構のエンジンが試作されていますが、量産化できたのはイギリスだけでした。

     スリーブバルブ・エンジンはスリーブとシリンダの摺り合わせに非常な高精度を要する為、量産性・整備性が悪いことが指摘されています。性能的には同排気量の OHV 2弁に対し、大目に見積もって2割程度の高出力または低燃費運転が可能だったとされていますが、それが量産整備性の不利を覆せるほどのメリットではなく、また戦後はタービンエンジン(ジェット、ターボプロップ)の急速な発展によってスリーブバルブ・ピストンエンジンの意義は殆ど無くなってしまったようです。

    ささき

  2. 私もスリーブバルブには興味をもっておりましたが、ささき様の挙げられた著作がもっとも参考になりました。なお、あえて付記するならば、航空用以前に高級自動車用として作られていたこと、ダブルスリーブ(シリンダーの内壁にスリーブが2重にある)すらあったこと、などがあります。このあたりは自動車のエンジンの歴史の本が参考になります。
    ブリストル社以外の航空用エンジンが実用化できなかった背景には、シリンダーとスリーブが真円に作れなかったことがあると思います。私もはじめてスリーブバルブエンジンの事を知った時は、オイル消費量が気になりましたが、そのあたりもブ社は克服したようです。ちょっとした工夫なのですが、大量生産にうつすには大変だったようです。
    茸弁は、特に排気の方にナトリウムを封入するなどして弱点を克服出来たようです。結果としては経済の問題です。
    オンブー

  3. >2. ゴミレス。現在リノ・エアレースでシーフューリーは P-51 と並ぶ一大勢力になっていますが、部品入手の困難なセントーラス搭載機は全くと言って良いほど出場していません。殆どの機体は R-3350 に換装しています。「エンジン史」にはロイド・ハミルトン氏の色紙が紹介されていましたが、あの機体「フュリアス」は R-4360 に換装しています(笑)。更に言えばハミルトン氏の「優勝経験がある」という表現は少々微妙。氏は 1985 年に「フュリアス」を駆って一着ゴールインしていますが、パイロンカット(コースアウト)を宣告されペナルティを課された結果、正規の順位は4位となっています。
    ささき


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