QQCCMMVVGGTT
3684 第二次世界大戦で、なぜアメリカでは、空冷式エンジンが主流で、ヨーロッパでは、液冷式が主流になったのでしょうか?
まさのり

  1.  アメリカのニ大エンジンメーカー、ライト社とプラット&ホィットニー(P&W)社が空冷星型エンジンを主力商品としていたことが最も大きな原因ではないかと考えます。その理由はアメリカの航空産業が 1920〜1930 年代のいわゆる「航空黄金時代」に民間機需要にもとづいて発展したため、多少の性能向上よりも安価でメンテナンスも容易な空冷エンジンの需要が多かったためではないかと思います。

     米軍は液冷エンジン開発において欧州に遅れを取っていることを自覚していましたが、遅れを取り戻すべく軍主導で開発された「ハイパー・シリーズ」の液冷エンジン(ライカミング O-1230, コンチネンタル IV-1430)はいささか仕様設定に無理があり(小排気量エンジンを可能な限りコンパクトにまとめ、高回転高ブーストで出力確保を狙う構想)、大戦には間に合いませんでした。

     またライト社では更に意欲的な星型 42 気筒の R-2160 を、P&W社では直立 H 型 24 気筒スリーブバルブの X-1800 を「次世代」液冷エンジンの開発目標に当ててしまい、やはり大戦には間に合いませんでした。ライト、P&Wともに大戦勃発後は既存のエンジン改良と大馬力星型エンジン(ライト R-3350、P&W R-4360)開発に忙殺され、これらのプロジェクトはなかばで中断されています。


    ささき

  2. ↑の歴史とは違う視点から見ると、実は第二次世界大戦の初期の頃のアメリカは、ヨーロッパ・日本に比べ航空機の技術は意外と遅れていたという理由もあると思います。

    それと平行して、「戦闘機不要論」と言うのが軍内部で話題になっていました。この論争の答えが、B-17です。その為海軍はちょっと別でも、陸軍では「戦闘機」というジャンルがあまり重要視されていなかったんではないでしょうか。だからこそアメリカ唯一の液冷エンジン、アリソンもあまり大胆な機構は採用せず、一般的に使い易い平凡なエンジンにしたのだと思います。
    鳥避け

  3. ↑.ゴメンナサイ、切れちゃった。 続きね。

    しかしいざ戦争に突入するとP-40等は、太平洋戦線ではそうも無いけど、ヨーロッパ戦線に派遣された米軍パイロットやイギリス人パイロットからは「ドイツ機に比べ、高高度性能が悪い!」という指摘を受けます。かと言ってエンジンを一から設計していくと、手間と時間が掛かるしお金も掛かっちゃう。それで「どうしよう・・・」って言ってる内にP-47が出て来て、これが空冷エンジンの割には速いし高高度性能も良いっていうから即陸軍航空隊に採用されて結局空冷エンジンに新規開拓のシェアが持っていかれました。後のP-51も実戦配備後早々にイギリスのマーリンエンジンに改装されましたし・・・。

    この流れから恐らくアメリカは、技術的な面も含め主力戦闘機に搭載する新規のエンジンを開発するタイミングも逃してしまったのだと思います。
    鳥避け

  4. うーん、普通は、機体よりエンジンが先行するんですよ。
    ある機体に積む為にエンジンを作るんじゃなくて、そのエンジンを積む為の機体を作るんです。
    機体開発の流れで見るとおかしくなると思いますよ。
    まなかじ

  5. >4.うーん、普通は、機体よりエンジンが先行するんですよ。
    大丈夫です。解ってます。わかった上での説明だったんですけど・・・。

    要するに、あらかじめ市場に出回っていたエンジンとそれを採用する航空機メーカーの偶然の一致で新作のエンジンを作るタイミングのズレではなかろうかというのを機体も含めた上で説明したかったんです・・・・ハイ・・・。
    鳥避け

  6. >5
    残念ながらそれは素人目に見ても怪しい仮説だと言わなければなりません。
    文章内にエンジン名が一つも出てこないこともさることながら、陸軍戦闘機だけを見てみてもR-40C計画(XP-54、XP-55、XP-56)、XP-58、XP-67、P-75といった機体の存在が考慮に入っていないように思えます。

    高出力液冷発動機は諦めてもいないし、作ろうと努力もしています。
    それが間に合わなかったのはささきさんが仰るように「狙いすぎ」なヘンなエンジンを作ろうとしたためで、また英独のようなカリカリのギリギリを狙うだけの蓄積や伝統がなかったということもあるでしょう。
    そして、それはまたやはりささきさんが仰るように20〜30年代に空冷発動機を主軸に発展させたことによるのではないかと。
    液冷発動機は、米国国内市場において当時きわめて需要の小さい分野であった陸軍軍用機にのみ適用される技術でしかなかったのですから。
    つまり、カーチス・コンカラーの後継エンジンの開発をいつ始め、どう進めるかという時点で既に発生していた問題なのではないかと。

    機体の面からすれば、単に、大戦中に間に合うかたちでは高性能・・・というよりは高機能の液冷発動機を準備できなかったから、米軍液冷機の性能はぱっとしないのだという以上のものではありません。
    タイミングのずれはともかく、偶然の一致も戦闘機不要論も欧州の戦訓もエンジン開発には関係ないことだったと思いますが。
    そして、そのタイミングのずれを招いた要因は根本的な蓄積の不足、つまり企業側のそれまでに投入してきたリソースの少なさに求められるものなのではないでしょうか。
    まなかじ

  7. #アリソン
     アメリカ陸軍では1920年代から、高々度飛行用のデバイスとして排気タービンを本命とする傾向がありました(カーチス・ホーク複葉戦闘機では何度となくターボ付き試作機が作られている)。アリソンV-1710がエンジン本体の過給能力を軽視したかのような設定になっているのは、この方針によるところが大きいのです。実際にB-17世代の敵爆撃機を迎撃すべく開発されたP-38・P-39(試作機のみ)には「V-1710+排気タービン」が採用されており、戦術戦闘機であるP-40とははっきりと差別化されています。P-51が当初アリソンを積んだのはP-40の代替である以上当然のことで、アメリカ航空技術の後進性とやらのせいではないのです。
     海軍機では空母への収納や離着艦を考慮しなければいけないので、低高度特性の改善にはあまり役に立たず機体の大型・大重量化につながる排気タービンや2段過給器の開発へのリソース投入の優先順位は低くなっています。さらに冷却水という余計な補給物資を必要とする液冷エンジンは避けられる傾向にあり、カーチス・ホークを採用する際にもわざわざ空冷バージョンを作らせています。

    #戦闘機不要論とかアメリカの後進性とか
     軍用機開発に投入できる予算が極度に逼迫していた1920年代末〜1930年代前半においてすら、アメリカは意欲的に戦闘機を開発していますよ(意欲的すぎて駄っ作機も多いけどw)。どうかすると1940年代のドイツのほうがよっぽど戦闘機不要論に支配されていたとさえいえます。
     単葉化、引込脚、排気タービン、インテグラルタンク、オートパイロットといった新技術の導入についても、アメリカは日欧に比べて遅れるどころか先行しているものが多いのです。問題は用途に対して豪華過ぎるものを作ったり、そもそもその用途の想定自体が非現実的だったり、肝心なところで予算をけちったりしていたことなんですがw
    Schump

  8. 試作機に搭載されたエンジンならXP-47HのV-2200-1(2500馬力)がありますけれども、結局こういうエンジン達も「主流」にはならなかったですよね?
    世傑のP-51を読んでもアリソンがマーリンに対抗して高性能なエンジンを開発しようとしたけれども、これまた結局「主流」にはならなかったし。
    ん〜何て言うのかな・・・試作機に搭載された新作のエンジンは知っていますが結局大量生産するほどの機体にも会わなかった。もともと海軍は頑丈な空冷を好む傾向があったから、必然的に陸軍側への供給になるという事を考えなければなりませんよね?
    陸軍となると、やはりP-47が重要なアクセスポイントになると思うんです。
    P-47はアメリカでも最多の生産数を記録していますし、後のP-51も日の目を見なかっただけですでに戦前に完成してずっと格納庫にしまわれていたじゃないですか? これを見ると結局米軍が参戦表明したその時にはすでに陸軍航空隊の主力戦闘機が出揃っていたという事になります。ここに新規のエンジンあるいは新規の機体の投入は難しいと思います(改良の余地が認められるし)。陸軍側もP-47、P-51に結構満足してますし・・・。軍がエンジン開発にヤッキになっていたのも然り。あらかじめの戦闘機に満足していたのも然りだと思います。
    鳥避け

  9. ゴメンナサイ・・・。追記です。

    エンジンの分野でならば、ヨーロッパがネックになると思います。
    なんだかんだ言って米軍が本腰上げてヨーロッパ戦線に突入していたのは僅か2.3年、その僅か2.3年の間にジェットエンジンが飛躍的な実用性の向上を示しましたよね?(ドイツのジェットエンジンに関する情報ならスパイなどを通じて結構収穫出来ていただろうし)それならディーゼルエンジンよりもジェットエンジンに興味を示し、全体的にそちらに移行するという軍の思考も十分考えられると思います。
    鳥避け

  10. >8&9
     だからね、ここはAnsQなんですよ。
     きちんとした論拠と、できるなら各発動機が何年ごろから開発開始だったのかとかも見て話してみると宜しいと思いますよ。
     戦争突入時点ではなく、その10年前から、各社・軍は何をどういう方向に進めようとしてきたのか、その目指すものはなんだったのか、そこをクリアにしないと何も始まりません。
     ていうか、雑談レベルの話は此処じゃなくて鳥町とかでやってください。
    SUDO

  11. >8.
     クライスラー IV-2220 は、倒立 V8 ユニットを前後に結合した倒立 V16 気筒という余り前例のない形態を採用しており、ライカミング XH-2470 や V-3420 などと同様いわゆる「げてもの」に属するエンジンでした。これらのエンジンは試作機が完成して試験飛行にまで至っていますが、それは 1943〜1944 年の話であり、性能の安定した量産品が出るまでにはあと2〜3年かかると見積もられ、戦争には間に合わないと判断されて中断されています。

    >もともと海軍は頑丈な空冷を好む傾向があったから
     全体の傾向としてはそうなのですが、実は海軍も欧州における「液冷高速戦闘機」の動向には注目していました。海軍はP&W社に液冷スリーブバルブH型 24 気筒 51 リッター 3000hp の XH-3130 開発を発注し、これは陸軍版の X-1800 が中止されたあともしばらく開発が続けられていました。
     また 1941 年に「次世代の高速迎撃艦戦」として試作されたカーチス XF14C は当初ライカミング XH-2470 を搭載する予定でした(結局エンジンが間に合わずに R-3350 搭載として完成していますが)。

     当時、空冷星型エンジンと空冷搭載機の性能はどこかで限界に達し、液冷ならばもう少し先まで行けるという仮説があったようです。もし敵が液冷24気筒で 850Km/h 台の速度を持つ戦闘機を繰り出してきたら?その性能が空冷では実現できないとしたら?その時になってエンジン開発を始めても間に合いません。もちろんジェットエンジンは別の可能性を開いてくれますが、初期のジェットエンジンは推力不足や航続距離など多くの問題を抱えており、超高性能レシプロエンジンの可能性を完全に捨てさせる程のものではなかったと思います。

     アメリカが大戦なかばで「げてもの」エンジンを中断したのは戦争終結の見通しがついたこと、燃料や過給器の改良によって既存のエンジンでも数十%の性能向上が果たせる見通しが付いたこと、などによるものだと思います。

    ささき

  12. >8
    >後のP-51も日の目を見なかっただけですでに戦前に完成してずっと格納庫にしまわれていたじゃないですか?
    はぁ?って感じなんですが。
    ここで言うP-51が、ノースアメリカンP-51マスタング(会社名NA-73X)のことでしたら、
    イギリスが1940年4月(第二次大戦開戦より半年後)に同社にP-40の生産を委託しようとし、同社がそれを断って、
    それまで戦闘機を造った経験が皆無であったにも関わらず、自社設計の戦闘機を120日以内に完成させると請け合い、
    その結果実際に設計開始から117日でNA-73のロールアウトにこぎ着け、イギリス空軍からマスタングとして採用された、
    てな定説になっている話は完全に間違いということでしょうか。
    便利少尉

  13. > 12.
     「後のP-51も日の目を見なかっただけですでに戦前に完成してずっと格納庫にしまわれていた」というのは、12.で便利少尉さんが紹介されている英国のムスタング採用と量産開始そして実戦参加後も、米陸軍がノースアメリカン社から2機だけ領収したXP-51をろくにテストもせず、数ヶ月間ライトフィールドの格納庫にほとんど放置していたことを指しているのではないかと思います。
    T216

  14. >13
     追加すると 42 年 4 月にノースアメリカンに発注された最初の米軍向け生産分(500 機)が爆撃機仕様の A-36 だったり、英国発送ロットからわざわざ引き抜いた約 50 機のムスタング1A(NA-91, 20mm 装備の P-51) を F-6A 写真偵察機として使用したり、「戦闘機」としての運用にはいまいちやる気が感じられない雰囲気はありますね。
     しかしこれは「やる気」とかの問題ではなく、戦闘機の生産計画は P-38, 39, 40 などで既にまかなわれており、わざわざ進行中の生産計画を変更するほどの性能差は P-51 になく、むしろ数の不足している軽爆や偵察機を「枠外」の P-51 で埋めようとしたのではないかと思います。
     42 年 8 月には戦闘機仕様の P-51A が 1200 機発注され 43 年 3 月から引渡しが開始されていますが、5 月には P-51B の量産機が高性能を示して生産転換が決定され、米軍向け戦闘機としての P-51A は 310 機が完成したにとどまっています。

    出展は J.Boughter 氏の American Military Aircraft.
    http://home.att.net/~jbaugher1/p51.html
    ささき

  15. 鳥避けさんからの回答はありませんが、T216さんとささきさんのお説からして、
    どうやら鳥避けさんの言われる「戦前」とは、アメリカ参戦以前の意味らしいと、ようやく思い当たりました。
    こう言った言葉遣いが正しいかどうか疑問はありますが、本筋とは関係ない話になりますので、12で提示した疑問は取り下げることにします。
    便利少尉


Back