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24 便乗質問なのですが巡洋艦、巡洋戦艦、戦艦の違いを教えて下さい。

  1. この手の質問に答え難いのは、艦種(の呼称)というのが、時代によって、国によって、いろいろ変わってくるからなんですよ。だからその辺がはっきりしないと、どうしても答が発散気味になってしまいます。まぁ、この質問では「巡洋戦艦」が出てくるのである程度は推測できますが。答は後ほど。(オイオイ)(N)


  2. 質問者なのですが第二次世界大戦前後という前提でお願いいたします。


  3. ああ〜。「後ほど」なんて書いたら答書かなきゃいけないじゃん。世界の艦船の「近代戦艦史」と「近代巡洋艦史」を見て下さいっていうのじゃ駄目かな。駄目だろうな〜。ごめんなさい、私にはこの質問に答える資格がありません。ので、誰か他の人に任せます。(N)


  4. 下の方が書かれてる通り、艦種は時代、万国共通ではありません。とりあえずは「戦艦」とは大型の大砲を持ち、自分の主砲同口径に打たれても耐えれる装甲を持つ船、「巡洋戦艦」は同時代の戦艦よりも大口径主砲を搭載し、戦艦よりも優速な船(その分船体が長いが、装甲は薄い。当然自分の主砲には耐えれない)、「巡洋艦」は戦艦よりは小さく、中口径砲と弾除け程度装甲を持ち巡戦以上(同程度)速度を発揮するの船(長距離(長期航海)単艦でも行動が可能)。こんなカンジでは?


  5. 巡洋艦は多目的艦のため、いろいろ種類が多く一律これってことはいいにくいですね。


  6. 巡戦は、その能力の割に使い道が少なくコスト高のため、実際に建造し運用したのは日独英ぐらいのはずです。その後は高速戦艦の時代になりつつありましたが、航空機発達のためその系譜は絶たれてしましました。


  7. ケアレスミスだと思いますが、「巡洋戦艦」は同時代の戦艦と同じ口径だが、少ない数の主砲を搭載(英の場合)か、やや小口径の主砲を搭載(独の場合)ってなカンジです。(資格が無いと書きながらこれだよ、俺って奴は)(N)


  8. ↑英は結果として戦艦と同口径(日本で言う扶桑型&金剛型など、これも建造の一部は英国)ですが、日英ともに基本設計では戦艦以上の主砲を積もうとした動きが有ります。(日本の八八艦隊など)また、独は慣例として重装甲、軽武装(と、言っても他国に比べてワンランク小さい程度)の船を建造しています。巡戦建造にもこの考え方が用いられていたと思われます。(ジュットランド沖海戦での英巡戦と比較した時の損害の少なさは圧倒的です。この当時の独巡戦はすでに高速戦艦と言って差し支えなかったのでは)


  9. 巡洋戦艦という短命な艦種を生んだのは当時の機関技術が低く、重装甲と高速を両立できなかった事情に依るところが大きいと言えます。また、独の巡洋戦艦は英国艦隊の一部を陽動攻撃によって誘い出し戦艦部隊と協同で撃滅するという、比較的明確な目的で建造されているため、あくまで巡洋艦的用法を考えていた英国より重防御なのです。第一次大戦の独巡戦隊は実際このような任務に何度か就いています。


  10. ものすごく、イイカゲンで単純な言い方すると、巡洋艦とは外洋で作戦行動を取ることが出来る艦艇を言います、速度とか武装はオマケですね。巡洋艦の中から、比較的武装の良い物が有効戦力となると判断されて、大型化したものが巡洋戦艦です。戦艦は流れとしては、大型重武装艦艇として最初から存在し、それが技術の進歩で外洋でも作戦行動が取れるようになり、作戦的要求から速度等の向上も図られた物。巡洋戦艦はあくまでも「重武装」巡洋艦なので、明確な目的を持って殴り合いをする艦艇では無く、防御力においては戦艦に比べると弱体だったが、行動能力の高さからWW1ではこき使われることになり、重装甲巡洋戦艦や高速戦艦へと発展し、戦艦と一体化して行った物と見て良いでしょう、ちなみに、巡洋戦艦と言う呼称は俗称に近く、国際条約では戦艦と一緒に「主力艦」にされてます、このことが戦艦と巡戦の一体化を促進した物と個人的には思ってます/SUDO


  11. もっといい加減で単純な言い方をすると、戦艦は巨砲と自身もそれに堪えられるだけの重装甲を持った大型戦闘艦、巡洋戦艦は戦艦から装甲を軽減したぶん速力を向上させた大型戦闘艦、巡洋艦は中程度の砲と軽度の装甲を施した汎用の中型戦闘艦。ってのは?


  12. 戦艦とは、近世の戦列艦の思想を継承する船で、「その時代における最大級の打撃力を持つ軍艦」を指します.で、慣習として、自艦が搭載する主砲弾にもある程度耐えられる防御力を備えよう・としたものですdg


  13. 巡洋艦とは、戦艦よりも手軽に(経費・手続きの面で)外洋で単独で作戦行動ができる軍艦のことを指しますので、大変広範囲な定義です.「戦艦」より打撃力が小さくて、単独行動困難(船体が小さく、補給面がつらかった)初期のコルベットやフリゲートを除けば、あとは皆巡洋艦とも言えます.WW2時点では、すでに何度か軍縮条約を経過していますから、この時点で、水雷艇から発達した駆逐艦や、その他諸々の艦艇との区別は明確でしょう.つまり、6.1インチ以上8インチ以下の主砲を装備し、排水量1万トン以下が重巡、6インチ砲以下の主砲で1万トン以下が軽巡です.だから、理屈の上では、5インチ砲4門で2000トンの船を「軽巡」と呼んでも違反ではないけど、装備比較の面で意味がないので、誰もそんなやぼはしなかっただけです.ww2以後、主砲が5インチ砲2門でも「巡洋艦」を名乗ってますよね.「その時代の最大打撃力」が原潜であることを認識したからだと思います.


  14. 巡洋戦艦とは、英海軍卿のフィッシャー大将が、予算を通すために付けた呼称ではないか・と考えています.つまり、20世紀初頭まで、装甲巡洋艦というものがあった.で、こいつの攻撃力を、ド級戦艦並みに引き上げた.装甲は、大して強化しなかった替わりに、大出力の機関を搭載した.結果、戦艦並みの経費がかかることになるのだけれど、それを議会に納得させるために、速度は防御力になりうる・という理屈と名前を付けたのでしょう.WW1時点のドイツの「巡洋戦艦」は、あれは英海軍からみた呼称であって、ドイツ自身は別の呼び名をしていたような記憶?(こんど確認してきます)があるのですが.


  15. で、軍縮条約では、巡洋戦艦も「戦艦」に込みにされています.図体と主砲は外見から分かるけど、防御力はなかなk判明しませんから、判断の対象にしなかったのでしょう.日本の金剛は、先輩英国のライオン級の拡大型ですから、その当時の最大級の主砲と薄い装甲をもった英国風の性格です.フランスのダンケルクやドイツのシャルンホルストなどは、明らかに建艦当時の最大打撃力は持っていませんでした(すくなくとも14インチ砲でないと).だから、二等戦艦とでも呼ぶのが正確なのだと思いますが、それではくやしいので巡洋戦艦と呼んだのではないでしょうか?


  16. ドイツは、ww1前のフォン・デア・タン〜第3帝国のシャルンホルストにいたるまで、それらを「大巡洋艦」と呼んでいました.


  17. ↑シャルンホルストは大巡ではなく、戦艦です。アレを巡洋戦艦だと評価したのは英海軍であって、ドイツ海軍では高速戦艦のつもりです。
    まなかじ


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