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425 419番の関連質問です。大和は沖縄出撃の際、九州南東沖で進路を大きく西へ変えたのは、なぜでしょうか?
初心マン

  1. 欺瞞航路という説が有力なようです。
    佐世保への回航にでも見せかけるつもりだったのか?
    結果として望んでいた艦隊決戦が行われず、航空機によるなぶり殺しになってしまったのは皮肉としかいいようがありませんね。
    (最近、頭文字Bな親方のツッコミに恐々としてる勝井でした)

    勝井

  2. 回答ありがとうございます。また謎が解けた(^^)
    419番関連ですが、スプルーアンスは大和迎撃に当初は46隻の艦艇で臨む予定でした。しかし、限定された海域での決戦には多すぎるという理由で実際に沖縄北西に展開されたのは、34隻による、第一戦艦戦隊でした。アイオワ以下の新鋭戦艦群は当初の46隻の中に含まれていたのでは?

    初心マン

  3. もう一つ、58機動部隊の制空圏をかわす目的だったという話もあります。
    まあ、完全にかわしきれるわけはなく、空襲時間を最小限にくいとめよう、ということのようですが。

    ちなみに、ああいう迂回コースをとれたのは、第2艦隊が燃料を十分積み込んでたことの逆証明ではありますね。
    勝井

  4.  やっぱり大和は往復分の燃料を積んでいた?
     ミッチャー中将は、スプルーアンスの命令を無視してでも、航空機による決戦をするつもりだったということです。直進してもやっぱり同じ結果だったかもしれませんね。
    初心マン

  5. 大和は出撃時に最大搭載量のほぼ2/3にあたる四千トンもの燃料を積んでいきました。沖縄往復には充分すぎる量であり、
    お陰で戦争末期に護衛総隊の護衛艦に供給する燃料が払底し、護衛計画は完全に破綻しました。大井参謀が
    連合艦隊の参謀を電話口で怒鳴りつけた気持ちが良くわかりますな。
    大塚好古

  6. 駆逐艦と矢矧にいたっては、満タンだったらしいっす。
    勝井

  7. 駆逐艦の燃料搭載量は・・・
    秋月型1,080t:冬月、涼月
    夕雲型600t:朝霜
    陽炎型622t:磯風、濱風、雪風
    朝潮型580t:霞
    初春型465t:初霜
    合計5,671t

    矢矧が1,420tだから、合計して約7,000t
    大和が4,000積んだら、11,000tかい・・・・
    どれも空っぽから入れたとは思えないけど、確かに困ったろうな

    ちなみに、海防艦100隻分です

    SUDO


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