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474 某NIFTY(匿名になってない(^^;)で見かけたのですが、大和の甲板が黒く塗られて
いるという話の説明で、夜戦や飛行機の為という話が出ていたのですが、飛行機
からは船が航行してたら白いウェイキー(?:航跡)で目立つので意味ないでしょう
し、夜戦たって見えるのは艦の側面なんで甲板塗ってもしょうがないやんとか思
ったのですが(NIFTYで突っ込む勇気なかった(^^;)、夜戦って、甲板黒く塗って
いい事あるんでしょうか?
bluefish

  1. 大和の甲板が黒いのは、吉田満「戦艦大和の最期」に「漆黒に塗粧せられたる甲板」という言葉が見られることなどからも確実であろうと思いますが、目的は何かと考えると、確かに考え込んでしまいます。
    推測で発言して申し訳ないのですが、黒塗装については、不燃化対策であったとする説もありますが、個人的には迷彩効果をとりたく思います。というのも、甲板黒塗装は、まず大和などより先に潜水艦で実施されており、これは潜航時の迷彩効果を狙ったものと言われていますし、他の艦で実施された甲板の迷彩についても停泊時の迷彩効果を狙ったと考えるべき物が多くあると思われるからです。
    他の方の見解は如何でしょう。
    BUN

  2. しかし、どの程度の「黒さ」だったのでしょう?

    沖縄戦時の米軍が撮影した写真だと、海面よりはかなり明るい色だと
    思うのですが・・いかんせんモノクロなんでなんとも言えませんが。
    takukou

  3. 黒板を白黒写真に撮る様なもので、あの写真の甲板の明度は参考にならないと思います。
    それより私は甲板の端に並ぶ数字か目盛りの様なマーキングの詳細が気になっています。また映画「戦艦大和の最期」(吉田満の著書の映画化)では、機銃、高角砲等の砲座基部にも数字が書き込まれています。単なる演出なのか、それとも当時の何かしらの考証の結果なのか是非知りたいところです。
    BUN

  4. 不燃化対策も塗ったからといって甲板燃えなくなるわけではないだろうし(だって
    被弾した時はササクレ立って表面塗っててもしょうがない)、迷彩説も沖縄に突入
    する段階で停泊する時の事まで考えますかね?決死の覚悟なら逆に防火の為に甲
    板を剥ぐんじゃないでしょうか?
    と書いてはたと気付きましたが甲板(の板)剥いだら何色に見えるのでしょうか。

    bluefish

  5.  大和の甲板部に見える目盛りのようなものはフレーム位置を示す記号であります。これは被害統制のため
    損傷位置を把握しやすくするために記されたもので、比島海戦時にも同様なマーキングがされたと
    言われております。
    大塚好古

  6. 学研の「大和型戦艦II」には「レイテ沖に出撃する前日、武蔵の木甲板を
    黒砥の粉で塗った、と数多くの証言がある」とあるのですが。これと同じ
    ものなのでしょうか?

    また、甲板端のマーキングに関してはフレームの区切りではないかと推測
    してますが。どこまでホントかは判りません。
    takukou

  7. それは想像できるのですが、モデラーとしては例え書き込めなくても、それが数字なのか記号なのか、知りたいところです。
    BUN

  8. ↑6 丸スペシャルによると比島海戦時と沖縄特攻時の大和の甲板塗装は同様なものであったようです。
    大塚好古

  9.  なお、大和の甲板は沖縄特攻出撃前に塗られたもので、在泊時の迷彩を狙ったものではないことは
    確かなようです(呉空襲の際の大和の写真を見ると黒塗装されていないことが分かります)。
    大塚好古


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