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1195 1194.と関連するのですが、輪形陣を組んでいてその内側に敵機が入り込んできた場合、中央に位置する主力艦が攻撃に対し退避行動を取る必要が生じる場合が有ると思います。
しかしそんなことをすれば護衛艦艇もその動きに併せねばならず、輪形陣はボロボロになりそうな気がしますが、実際はどうだったのでしょう。
また1輪形陣に2隻空母がいて、これが別々な退避行動を取った場合は、輪形陣を構成する他の艦艇はどうしたのでしょうか。
山奥の人

  1. 輪形陣の外郭に位置する艦は中心の主力艦よりむしろ小回りが効くわけで、
    追随するのは容易とまではいいませんが、想像するほどには困難じゃないかもです。
    マリアナ沖海戦とかで、陣形を保持したまま転舵を行ってる艦隊の写真もあります。
    勝井

  2. 言われてみるとそうですね。
    とすると護衛艦艇は中心の艦に対し方向何時、距離何千を維持する、という格好で配置を決められていたのでしょうね。
    後、便乗(自分の質問に便乗も変ですが)質問ですが、護衛艦艇が攻撃された場合、退避行動を取ることを許されていたのでしょうか。あくまで位置を死守して対空砲火のみで迎撃したのでしょうか。
    質問者

  3.  米海軍の空母機動部隊編成は1944年以降中心に3〜4隻の空母を配置するようになりますが、
    これによってかなり周囲の艦艇は位置を保持するのに苦労した、という記録は実際にあります。
     また輪型陣に戦艦が含まれていた場合、戦艦の機動力が足枷になる(極一部の艦を除いて一番
    旋回性能等を含む機動性が低いのは戦艦)という評価もあり、実際にこれを嫌った結果マリアナ海戦の
    米艦隊は空母の護衛艦に戦艦を配しておりません(戦艦部隊を囮にする、という判断もありますが)。

     なお、輪型陣の配置はどこにどの艦が配置される、というのは決まっていますが、戦闘中に種々の理由に
    よってこれが崩れるのはやむをえない事と判断されており、特に自艦が攻撃されている場合には、
    魚雷・爆弾回避のため独自に行動するのは許可されていたと記憶します(当然その後位置を復する
    訳ですが)。
    大塚好古

  4.  輪形陣を維持できるかどうかは、攻撃する航空機と迎え撃つ艦隊の戦力によってくると思います。
     マリアナ海戦の時は多数の大型艦がいたので、護衛艦も陣形を維持しつつの転舵に余裕があったのでしょう。(多数の大型艦がいれば護衛艦が狙われる率が下がるので)
     菊水作戦時の写真を見ると大和とその周囲の護衛艦はバラバラです。
     これは、大和への攻撃をやりやすくするために、一部の部隊が防御砲火制圧の為に護衛艦艇も攻撃した為と言いますが、それだけの戦力を護衛艦に割く余裕があったからでしょう。

     話が変わってすみません。>1の写真て瑞鶴と秋月型三隻のやつでしょうか?

    Take

  5.  例えば、米軍の場合、珊瑚海海戦にはヨークタウンとレキシントンが参加した訳ですが、この時はヨークタウンとレキシントンの旋回径の差が500ヤードほど
    あり、回避運動も個別なので護衛艦も振り回され、陣形が乱れたと評価されています。
     但し、残された航跡図からは大きく乱れた印象もないのですが・・・それを見る限りでは、当然ながら、自艦に近い母艦に合わせて運動している様ですね。
    tackow

  6. ↑珊瑚海の場合、各空母の艦長が独自判断で動いているのも影響していると思います。
    (レキシントンよりヨークタウンの方が加速が良いので先行して進んでいた、というのも
    事実ですし)。
    大塚好古

  7. 六月二十日空襲時の日本海軍甲部隊(「瑞鶴」が所属していた部隊)は、輪形陣ではありません。第一九警戒航行序列というもので、対潜警戒に用いるものだそうです。一番前に「矢矧」「朝雲」「秋月」が横並びに近い形で配置されます。

    川崎学


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