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1334  父が言うには、昭和20年に乗っていた海龍は200mまでも潜れたが、その深度では「ミシ、ミシ、シュー」という音が響いて艇体がきしみ海水が侵入したそうです。そこで疑問ですが、艇体はともかく外のチューブにおさめた魚雷は壊れずに使えたのでしょうか。父は「そんな事、覚えてない。」というので、どなたかご存知の方教えてください。
gsz

  1. 魚雷本体についてはわかりませんが、発射チューブは当初60m程度でつぶれた(へこんだ程度か、破壊したのかは、よくわかりません)そうです。
    その後、何らかの改良は実施したようで、100mまでは大丈夫になったようです。
    さいどわ

  2. http://www.h3.dion.ne.jp/~okumoto/

    このHPの「研究室」の「特潜の系譜」に記事がありましたので、どうぞ。
    いろいろ情報がありますよ。
    さいどわ

  3. さいどわ様(質問者より)
    教えていただいたHPを見ました。どうもありがとうございます。これを見て父が言うには「魚雷発射管はそうだったような。浅深度で発射して退避は深く潜る。実は180mぐらいまでしか潜っていない。それでも100mm潜ると艇の直径が2cm縮んだ。」と言っています。こんな話をして飲むほどに、母が父の海軍の履歴書(どこへしまったかすぐに出てこない)を思いして色々疑問が出てきました。次は戦史の
    Q&Aへ。
    gsz

  4. 海龍発射管の圧壊深度は約100mで、海龍そのものは200m潜れるのに、発射管が先に潰れてしまえば自爆しかねないと、開発関係者は頭と悩ませたようですが、あの直径では100mが限界でした。しかし、関係者の多くは200mに達する前に浸水が始まったと言っています。
    海龍の戦略としては、魚雷を発射した後深深度へ逃げ、その後チャンスをうかがい、艇首に装着してある600kg弾頭で体当たり攻撃をするのです。
    GO


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