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1430 連合国が大和型の性能(46cm砲装備の戦艦であること)を知ったのはいつ頃のことだったのでしょう。いろいろな資料を見ても結構まちまちで、どうもはっきりしません。実際のところはどうだったのでしょうか?
A-140

  1.  艦船関係の過去ログ967番に似たような質問があります。
     ちなみに戦艦大和建造秘録には戦後、米軍の調査団が呉の亀ヶ首射場で実物を入手するまで50口径40cm砲だと思われていた、といったような事が書かれています。
     以下はゴミですが、もし本気で真相を知ろうと思ったら米国の国立公文書館を洗い浚い調べ尽くす位の覚悟と行動力が必要だと思います。
    人見 忍

  2. 過去ログ拝見しました、ありがとうございます。
    A-140

  3. 米海軍研究所(U.S.Naval Institute)発行の「戦艦:第二次大戦中の枢軸軍と中立国の戦艦(Battleships: Axis and neutral battleships in World War II)」によれば、米海軍は大戦終了まで大和級の主砲は40cmだと考えられていた(94式40cmの宣伝をまに受けていた)とあります。また戦時中における大和級に関する情報は少なく、レイテ戦での空撮写真が現像されるまでは副砲の配置など詳細は謎(想像図では副砲の配置が違う)となってたとの記述があります。
    Vinegar-Joe


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