QQCCMMVVGGTT
1721 昭和40年代の書籍「丸メカニック(空母編)」の中で、最終時の瑞鶴の上面図があるのですが、それを見ると煙突の後ろから5番高角砲間にシールド付きの三連装機銃が2基、銃座と共に装着されています。
また、6基ある左舷機銃座最前部には角形銃座と二連装機銃がそれぞれ2基増備されています。他にも10年以上前の船の図鑑にもこういったスタイルで描かれていました。

当時も写真解析や乗員の証言などそれなりの方法で最終時の瑞鶴を分析しているかと思うのですが、このスタイルから今の通説(T社のWLシリーズ瑞鶴のような感じ)になるまでにどういった経緯があったのでしょうか?
ZUIKAKU


Back