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2011 え〜と、素人的ですみませんが帝國海軍では巡洋艦を重巡洋と軽巡洋と区別していましたが、排水量からの違いからなのでしょうか?それとも、搭載武装から違いなのでしょうか?
 また、アメリカ海軍は巡洋艦を帝國海軍のように区別はしていなかったらしいと聞きましたが何故なのでしょうか?

古紙

  1.  日本の場合、巡洋艦の類別等級は長らく排水量で定めていました。よって20糎砲を搭載した二等巡洋艦も存在します。
     この類別等級は日本の都合で決めていたので日本の実情には合致していました。
     これが崩れたのは、ロンドン条約で巡洋艦の保有制限と主砲口径によるA・B二種類の分類が行われた結果です。
     ロンドン条約では主砲が8吋以下をA、6.1吋以下をBと区別して、それぞれの保有量を制限しました。そこで、日本はA項に類する物を一等、B項に類する物を二等として類別等級を決めなおしました。

     ただし、重巡軽巡の呼び名は、正式の物では有りません。
     軽巡洋艦とは、英語のLIGHT-CRUISERの直訳で、第一次大戦前ぐらいか出てきた言葉で、恐らく同時期に出現したBATTLE-CRUISERと対比する言葉であったのではないかと想像します。
     従来の鈍くさい装甲巡洋艦・防護巡洋艦から、新世代に切り替わったという意味ぐらいで考えてください。でっかい奴はBATTLE-CRUISER(巡洋戦艦)に、そして小柄なのものがLIGHT-CRUISER(軽巡洋艦)と世代交代したわけです。
     よって、軽巡洋艦とは、それなりに防護をして、それなりに武装した、軽快な新世代巡洋艦という程度のものです(ですから日本の古鷹や妙高は軽巡洋艦でもあります)
     条約の制定で巡洋艦は実質的に全部「軽巡洋艦」になりました>でっかいのは主力艦に分類されてしまい、旧指揮艦は消えてしまったので。こうなると、巡洋艦の呼び方を分ける必要と言うか目的・能力別で分けることが行われるようになります。
     軍縮条約上限サイズの規模の巡洋艦は、それまでの巡洋艦に比べると数段大柄だったので、それをHEAVY-CRUISER(重巡洋艦)と呼ぶようになったようです。

     よって、巡洋艦の分け方、呼び方は多種存在する訳です。
     日本の場合は、法的な類別等級>一等と二等が正式であり。他には大巡とか重巡とかって呼び方をする場合がありますが、それは便宜上のもので、明確なルールはなかったと思われます。

     また、米国が巡洋艦を分けていなかったわけではありません。
     条約以前の時代にはCとACR。つまり、普通の小柄で軽快な巡洋艦と、巨大な装甲巡洋艦に分けていました(PGもあったな)
     前述したように、そこが巡洋艦の分かれ目だったのです。日本の場合も事実上一等巡洋艦とは装甲巡洋艦や巡洋戦艦でしたので、殴り合いにも使えるデカイ奴と何でも出来る便利な奴の二種類に分けてれば十分だったのです。
     米国の大戦時の巡洋艦は事実上性能が多少違うだけで、やることや目的は殆ど変わらなかったのですから、これもまた当然のことです。
     国際的なルールで、類別を分けることがあっても、その国の使い方や目的による別種の分類は、またあって当然だったのですから。
    SUDO

  2. 余談だけ。

    1.最上型は主砲を15.5サンチから20.3サンチに換装していますが、艦種類別は二等
    巡洋艦のままでした。理由は簡単で、類別変更すると主砲換装の事実がバレてしま
    うからです。ですから主砲換装後の最上型は一般的には重巡だけれども正式な海軍
    内における類別は二等巡洋艦ということになります

    2.イギリスのホーキンス級は7.5in砲搭載ですが一般的には軽巡と呼ばれています。

    3.ソ連のキーロフ級は18cm砲搭載ですが重巡とも軽巡とも呼ばれず、単に「巡洋
    艦」と呼ばれる方が多いように見受けられます。

    なんてこと考えると一般的に「重巡」って呼ばれるのは日米英仏伊の条約型巡洋艦
    のほかは日本の最上型(主砲換装後)と利根型、米のボルチモア級、オレゴン・シ
    ティ級及びデ・モイン級、スペインのカナリアス級(英条約型巡洋艦ケント級の略
    同型艦とも言える)独ヒッパー級と、ざっとこれだけのようですね。
    枚方太郎

  3. >条約型巡洋艦

    常々思うのですが、「重巡」って、技術的な必然性ではなくて、
    条約による政治的事情により、発生した艦種なんでしょうか?
    無頼庵

  4. >3
     技術的というよりは戦術的な必然だったと考えます。
     このあたりは大塚さんが詳しいのですが、第一次大戦後半から戦後にかけて、各国で研究・建造された一連の大型軽巡洋艦が重巡洋艦の直接的なルーツだと思います。

     軽巡洋艦を始末できる、軽巡キラーとしての機能を持った、強力な大型軽巡洋艦は、軽巡洋艦という艦種が無視し得ない規模に揃った時点で要望されるものだったのです(その能力を持つ巡洋戦艦は、あまりにも大型で高価です)
     よって、重巡洋艦の登場は必然であったと考えます。
     ただ、それが1万トンという枠になった為に、非情に歪な物になったという点は否めないでしょう。8000トンぐらいだったら面白かったんですけどね(^^;;
    SUDO

  5. >4
    >8000トンぐらいだったら
    丁度古鷹やペンサコラ原案がそのくらいでしたね。
    第1陣がこのくらいとして、それを凌駕すべき第2陣はやはり1万トンの大台に乗ったのかな?
    勝井

  6. >5

     1920年の英米海軍の共同試算案で15,000トン、1921年の偵察巡洋艦でも12,000トン案が出てるから、条約が無かったらいきなり10,000トンを越したと思います<8in搭載巡洋艦
    大塚好古


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