QQCCMMVVGGTT
2221  弾着観測に使用される着色弾についてお聞きしたいと思います。1939年に日本海軍が開発していることは他の方より御教示していただきましたが、それ以前が分かりません。最初に開発した国、開発年次などが分かりますようでしたら、御教示くださるようお願い申し上げます。
hush

  1. 完全な解答とは言えませんが、参考までに。

    総合雑誌『改造』の1933年の3月号に、
    「米国海軍大演習の戦略的意義」
    というタイトルで海軍記者時代の伊藤正徳氏が記事を書いていますが、この米海軍の演習の特徴として弾着観測に着色弾が使用されている事が挙げられています。
    seiryuu

  2.  seiryuu様
     そのような古い雑誌まで調べていただいて恐縮いたしております。「連合艦隊の栄光」のような著作でしか伊藤正徳の名前を知らない者にとって、そのような時代に、そのような紹介記事を書いていたということも、また別の意味で興味を抱く事項であります。
     さて、艦名研究を主としている関係で、技術面や運用面での知識は、自分の場合、限られたものしか持っておりません。したがって、弾着観測における着色剤の使用も第一次世界大戦時ぐらいにまでは遡るものと、漠然と思っておりました。しかし、ユトランド沖海戦においては砲弾の構造上、着色剤を入れる部分がないとご教示をいただく機会があって、意外に思った結果、このような質問をさせていただきました。
     ご回答によりますと、1930年代初頭のアメリカにおいて使用されていたとのことでありますが、もう少し詳しいことがお分かりになられる方がおられましたら、ぜひ、御教示いただければと思っております。

    hush

  3.  これも解答にはなりませんが、warship1に掲載されている砲のデータのところにある記載によれば、アメリカで着色剤付APCが実用配備されたのは1941年以降、英国は1942年末以降だとされてます。1930年代に着色剤が使用されていたのは訓練弾のみ、という可能性も否定出来ないでしょうね。
    大塚好古

  4.  ちゃんと四股と鉄砲をして資料を読みましたところ、Naval Weapons of WWII曰くフランス海軍の方式が英米の方式の元だそうです。当のフランス海軍では、1940年にはリシュリュー用の380mm砲と340mm砲用の着色剤付き新型砲弾(APC/HE)が製造されてます。この型式の砲弾が製造されたのはダンケルク級用の33cm砲に製造されたのが最初と言う話があるので、実用配備は早くても1938年以降でしょう。
    大塚好古

  5. この着色弾なんですけど、砲弾に充填されている着色剤の量なんてたかが知れていると思います。あの数百メートルも高くあがる水柱に遠距離からでも識別可能な色がつくものなのでしょうか。
    富士見町

  6. 大塚様
    「世界の戦艦」(私も買いました)の実質的な著者に調査していただき、大変ありがたく、また恐縮もいたしております。
     さて、皆様からお寄せいただいた回答を整理してみましたところ、次のようになりました。

    1933年 アメリカ海軍の演習で着色弾を使用(雑誌「改造」)
    1937年 フランス、ダンケルク級戦艦の1番艦ダンケルクが就役
    1939年 日本が大口径砲徹甲弾に着色弾を使用(呉海軍工廠造兵部史料集成など)
    1940年 フランスが38、34cm着色弾の製造を開始(リシュリューが就役)
    1941年 アメリカが着色弾を実戦配備(warship1)
    1942年末以降 イギリスが着色弾を実戦配備(warship1)

     したがいまして、質問欄にも書かしていただいたように、旧日本海軍が1939年に大口径砲徹甲弾を着色弾にしたと呉海軍工廠造兵部史料集成、海軍砲術史、海軍制度沿革、艦砲射撃の歴史、海軍砲戦史談に掲載されているそうですので(御教示いただいたMZ様に感謝します)、今のところ、日本は比較的早くから着色弾を使用していたことになります。

     富士見町様
     大角度で着水した砲弾の信管が作動するかどうかから分からないのですが、数百mも上がるとは思えません。数十mだとは思いますが、それでもかなり大量の着色剤は必要かと思います。その点も含めて回答してくださる人がいれば、僕も知りたいですね。

    hush

  7. >hush殿

     本をお買い上げ戴きどうも有り難う御座います<(_ _)>。

     …ええと、御指摘の通りダンケルクの就役は1937年ですね(^-^;。訂正していただきどうも有り難う御座います。
     あとフランスの340mm砲弾は旧式戦艦用として製造が始まったものです。上の自分の書き方だと紛らわしいのでこれも一応付記しときます。

     さて本題。仏英米の着色剤入り砲弾は、海面への着弾時に着色剤が混合されるよう、着弾時の衝撃で作動する小型信管と、微量の炸薬と着色剤が充填された容器からなる装置を装備するものでした。この装置に充填される着色剤の量は戦艦用で1〜2kg程度のものですが(砲弾によって違う)、使用される着色剤はかなり強力なものであり、撃たれた側の証言だと、裸眼でも数百m離れた位置に着弾した水柱の色を明瞭に見分けることが出来ると言う話ですので、晴天時の視界の良い状態であれば、遠距離でも測距儀で観測する分には充分な色が付いたのでは無いかと思います(砲弾が命中すると命中箇所周辺の広範囲な部分が着色剤の色で染まるという話もありますね)。
    大塚好古

  8. もう一度件の『改造』の記事を読み直してみたところ、この米海軍の演習は1933年の1月下旬から3月下旬までの間に三期に分けて行われたもので、この第3期目に当たる演習の間に「「着色水柱」や「遠距照明」等の新式射撃が試験される」とありまして、どうやら砲撃演習に着色弾を用いたのではなく、着色弾そのものの試験運用であったようです。

    私自身の勘違いもあったみたいなので、ここで訂正しておきます。申し訳有りません。
    seiryuu

  9. 大塚様、seiryuu様
     鄭重な補足説明、ありがとうございます。着色剤の量がそれだけと言うのは実に意外でありました。塗料関係の専門家の意見もお伺いしたい所ですが、旧日本海軍の例でも、比較的狭隘な場所に着色剤を入れていたようなので、なるほどと思いました。
     また、「改造」を読み返していただいたと言うことで、大変、恐縮致しております。この記事が紹介されたことは寡聞にして聞いておりませんので、非常に貴重なものかと思います。
    大塚様の労作「世界の戦艦」中に収められている委細を極めた「英米海軍に見る砲戦指揮法の変遷」ですら、この辺りの時代のことは簡略化されており(失礼な書き込みをお許し下さい。紙幅の関係でだと思います<(_ _)>)、空白部分を埋めると言う意味でも私には関心深いものがありました。こちらの本の記述で参りますと、アメリカ海軍が散布界の広さと言う問題を克服して自信を付けつつある時代のことのようでありますが、新しい技術を創造、開発していく同国のヴァイタリティのようなものを感じました。特に「遠距離照明」の部分は、探照燈の改良を意味するものかと思い、夜間砲戦の意図を感じて興味深いものがありました(ユトランド沖海戦の戦訓を考えると、駆逐艦の夜襲に備えたものとも思えますが)。
     なお、この質問は三脚檣掲示板(http://bbs0.otd.co.jp/12933/bbs_plain)で出されたものを、対象となる時代が異なると言うことで、本来の質問者に代わってこちらに出させて戴いたものですが、そちらの掲示板によると、砲弾が炸裂した跡は火薬の関係で黄色に染まっていたようです。対象となる時代が異なる性かもしれません(現在、同掲示板は取り込み中のため、落ち着いてから聞いてみたいと思います)。
    現在までに判明したことから仮定される流れは、アメリカが着想を得て、フランスが実用化したと言うことになります。そういう中で、旧日本海軍が比較的早くに反応しているのは、非常に興味深いものがありました。ただ、この流れの中にドイツの例が出てこないのがよく分かりません。そもそも同国は着色弾を使用していたのかと言うことから存じていないのですが、あんまり質問ばかりしていくのも問題かと思いますので、この辺りで打ち止めにしたいと思います。
     決定的なことは分かりませんでしたが、回答を寄せて戴いた皆様、ありがとうございました。まだ情報が出てくる可能性もあろうかとは思いますが、厚く御礼申し上げます。

    hush

  10.  妙なところに参考になる記述がありました。
     前田安彦「新つけもの考」(岩波新書)に、真っ赤な福神漬けの色素は製品1トンあたり600グラム、お弁当に入っている桜色の大根漬けなら1トンあたり10グラム入っている、とあります。
     色素というのは相当薄めても色が出るようです。
    大名死亡

  11. それはまたひょんな所からですね。
    福神漬けで0.06%、大根漬けなら0.001%と言う感じですか(計算、あっているのかな。学校行ってないから自信がない)。
    しかし、何でも読みはる人やね。

    hush

  12. もう一つだけ補足を
    「遠距照明」(「離」は原文にはついてないです)についてですが、この記事では「照明弾は珍らしくはないが、しかし、戦艦の巨砲により、夜間十五浬も遠方の敵艦上に破裂させ、直径五百碼(ヤード、seiryuu註)の海面をパッと明るくして」砲撃を行う、と有りますので戦艦の主砲クラスによる照明弾の実験だと思いますが、私自身、詳しいことはよくわからなかったので前の解答では詳しく触れていませんでした…。
    何か参考になれば幸いですが、とりあえず、この点だけ追加させていただきます。
    seiryuu

  13. はじめまして、宮前と申します。「三脚檣」での管理人様の連載で、複数の艦の弾着に関する錯誤があったという記述にそういえば、と思って質問してみたしだいです。
    たいへん参考になりました。質問していただいたhushさま、ご回答いただいたみなさま、ありがとうございました。
    それまでって、弾着までの時間とかで自艦の弾を識別してたのでしょうかしら。
    宮前

  14. seiryuu様
     勝手に文章を改変いたしまして申し訳ありませんでした。また、「遠距照明」について探照燈の改良と思い込んでしまいましたが、考えてみると第二次世界大戦中にアメリカ海軍は、星弾と言ったと思いますが、照明弾を実戦で多用しており、探照燈を多用していたのは日本海軍の方でありました。あわせてお詫び申し上げます。
     1943年7月12日に惹起したコロンバンガラ島沖海戦において、第2水雷戦隊旗艦であった軽巡洋艦神通は探照燈を使用したため、アメリカ第18任務部隊の集中砲火を浴びて炬火のごとくになって沈みました。この事を考えると、アメリカ海軍が照明弾の使用を前提にして、夜間砲戦の演習を戦前のそのような早い時期に実施していたと言うのは、非常な卓見のように思われます。また、24km先の海面を半径450mに渡って照らし出すと言う具体的な数値を持って、当時のアメリカ海軍の技術的な到達度を示して戴いた事は、空白期の技術史を埋める上でも重要な記述であると思い、私自身も参考になりました(日本海軍が照明弾よりも探照燈を愛用した理由については、見張り員の目が幻惑されると言うようなことがあったのではと想像しております)。ありがとうございました。

    宮前様
     多分、こちらの掲示板で項を改めて質問されれば答えて下さる方がおられると思います(hushの知識を上回る質問でありますので、私には答えられないのが残念であります)。

    hush


Back