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2418 軽巡「鬼怒」について教えてください。
1944年頃(最終状態頃)、搭載していた水偵はなんでしょうか?
よろしくお願いします。
Micht

  1.  この時期ですと射出機を外した艦が多く、また残っていても搭載機をおろしていたようですので、鬼怒の場合も搭載機は無いのではないかと推測します。
    SUDO

  2. SUDOさん、早速のご回答ありがとうございます。
    わたしも「搭載機をおろした可能性がある」とは読んだことはあります。
    いまのところ、その説がもっとも有力なのでしょうか。

    そしたら、ちょっと質問を変えまして、最後に搭載していた艦載機(まあ、比較的確実な範囲で)はなんでしょうか?またその時期は?
    続けてで申し訳ありませんが、教えてください。
    よろしくお願いします。
    Micht

  3. 昭和19年5月「鬼怒」には二座水偵1機の定数が設定されていました。沈没により削除されています。航海時積んでいたのかは別の話しですが。

    二座水偵の機種はわかりませんが、九五水偵か零観ではないかとは思います。
    川崎まなぶ

  4. 鬼怒は18年の8〜10月にかけて呉で工事を行っており、その際にカタパルトを撤去したともいわれます。従って、最終時には「搭載機はない」が正解でしょう。撤去前は九四式水偵を搭載していたと考えられます。
    tackow

  5. みなさま。情報ありがとうございます。
    戦時中の5500トン型の改装って、意外と情報がないんですよねえ。
    (戦時中なら、5500トン型に限った話ではありませんが・・・)

    撤去された可能性が高いというのも私も読みました。
    また川崎まなぶさんが、おっしゃるように19年になって零観?の割り当ても読んだ記憶があります。
    どちらが正しいのかと思ってまして・・・
    いろいろありがとうございました。
    Micht

  6. 19年10月の史料を見ても「鬼怒」はカタパルトを搭載していたことになっています。
    その史料には「観一」と書いてあるような感じなので、やっぱり零観なのかもしれません。
    川崎まなぶ

  7. 手持ちの史料では18年8月現在カタパルトが装備されています。その後が不明なのですが、「Japanese cruisers of the pacific war」では8月以降にカタパルトを撤去した、とありました。
    その他の5500t型の状況とドック入りの期間から撤去されたと考えたのですが。違ったかな?
    tackow


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