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353 初めて質問させていただきます。砲弾に炸薬を詰めて炸裂させる方法はいつ頃開発された技術なのでしょうか?今日見たテレビで大阪の陣に於いて徳川が使った弾はただの鉄球であるという事のみ解っています。
kabukou

  1. アイデア自体は古くからあるものらしいのですが、現在の炸裂弾のような技術は1763年、フランスのグリボーバルによる火砲の標準化計画の一環として開発されたとのことです。(平凡社 世界大百科事典より抜粋)

    PT

  2. 子供向けの本ですが、
    30年戦争でスウェーデンが榴弾と散弾を使ったと書かれています。(1630年頃)
    どなたか検証して下さい。
    どんべ

  3. >30年戦争でスウェーデンが榴弾と散弾を使ったと書かれています。(1630年頃)

    「1631 年スウェーデンのグスタブ・アドルフが, 散弾を使用した軽砲や簡単な榴弾を使用した重砲を巧みに運用し, 神聖ローマ帝国軍の歩騎
    兵を圧倒して勝利を得てから, 砲兵の殺傷威力も大きく認められ,相つぐ火砲, 弾丸や火薬の改良で砲兵の戦勝に与える影響は決定的になった。」
    1.と同じく平凡社 大百科事典 「砲兵」より抜粋引用
    (1.は「弾薬」からの抜粋要約)

    とのことです。「簡単な榴弾」というのがどのようなものかはわかりませんが、榴弾の前身ともいうべき「爆裂弾」のアイデアは15世紀からあったようです。
    PT

  4. ↑情報感謝です。
    どんべ

  5. もしかしたらズレてるかもしれないけど、元寇の時の「鉄炮」というのもありますね。日本側の絵巻物に炸裂してるところがしっかり描かれている。
    舞弥

  6. ↑「てつはう」は「でかい手榴弾」の類で、火砲のタマではないです。しかし、破片効果を狙って金属容器に火薬を入れる発想である点は炸裂弾の祖先かもしれません(技術史的な検証が待たれる分野だ、と友人は申しておりました。)。
    Schump

  7. 中国では戦国時代末期(紀元前300年頃)には火薬(らしきもの)が存在したようです。
    その後、唐の時代(8世紀)に黒色火薬が発明され、宋の時代(11世紀)には既に武器として使用されています。
    (火薬をつめ、導火線をつけた鉄球を投石器で撃ちこむなど。なお、火砲の原型らしきものもこの時代に考案
    されているようです)
    北宋と金の争い(12世紀)では双方でかなりの火器が使われていたようです。
    その後モンゴル(元)の時代(13世紀)にイスラムやヨーロッパにも火薬が伝わったとされています。
    PT

  8. >3後段 「兵器と戦術の世界史」を読むと、火道信管を用いたもののようです。発射の際に同時に火道に着火します。信管がこれですから、必ずしも着弾時ぴったりには炸裂しなかったとか。「それでも従来の実体弾に較べ飛躍的な進歩だった」と同書にあるので、この辺りが実用化された時期ではないかと思います。
     弾の到達予想時間に合わせて信管を調整する時は、火道信管を切って、長さで調節しました。信管を測合することを「信管を切る」というのはここからきています。
     また、着発信管付きの榴弾は1783年に完成していますが、実用化は1800年初頭であろうと言われています。現在のような瞬発信管付きの榴弾は第一次大戦中に初めて使用されています。両信管の違いはよくわかりません。多分、後者の方が作動する時間が飛躍的に短縮されているとは思うのですが……。
    tomo

  9. 皆さん有難うございます。
    kabukou

  10.  Ans.Q艦船の項目の一つについて、文禄・慶長の役に関して調べていたところ、朝鮮水軍が用いていた震天雷がありました。これは臼砲から発射するもので、水鉄の容器に炸薬と菱鉄を詰めています。原始的な曳火信管を使って炸裂させるもので、これも該当すると思います。しかし、ヨーロッパには伝わらないで、向こうは向こうで独自に開発したようですね。
    tomo


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