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787 774の追加みたいなもんですが、航空機関銃の薬きょうは、回収していたんでしょうか?アメリカ軍は排出していたようなことを聞いたことがあるんですけど…。もし、前回書きこんだ薬きょうの番号が43もしくは44なりであったとしても、当時の日本軍のやり方で西暦を用いることはあったのでしょうか?また、そのあとの英語もしくはローマ字はなんなんでしょうか?日本軍がアメリカ軍の薬きょうを回収することはあったんでしょうか?
ウロピリノーゲン

  1.  キ61に「薬莢受け」を装備した訓練時の写真を見たことがあるので、少なくとも日本陸軍の場合訓練時には回収することもあったようです。
     実戦時には余分な重量物となるため、原則として薬莢は排出していたはずです。ただ「震電」のように薬莢を回収する機体もありますし、屠龍の 37mm やキ102乙の 57mm 砲弾の薬莢も排出後尾翼などに衝突すると危険なので回収していたのではないかと思います(確証なし、ただし英軍モスキートの 57mm 砲弾は回収していた)。

    >薬莢の刻印
     DM43 とか LC44 というのは、おそらく米軍の M2 12.7mm 弾の薬莢だと思います。機銃掃射を受けたあとに回収されたものでしょう。日本製の薬莢にどのような刻印が打たれていたのかは、寡聞にして知りません。

    >日本軍がアメリカ軍の薬きょうを回収することはあったんでしょうか?
     研究目的で回収することはあったと思います。ただ米軍 12.7x99(口径x薬莢長) に対し陸軍 12.7x81SR, 海軍 13.2x99 と規格が違うため、再利用はしていない筈です。
    ささき

  2.  ちょっと分野違いな気もしますが、もしかすると日本の機関銃弾の薬莢には刻印がないかもしれません。
     研究関係をやっている知り合いから聞いたんですが、戦前の日本の造兵廠製の銃用弾薬(6.5mm、7.7mm、8mmナンブ等)の薬莢には刻印がないそうです。戦時中に東京造兵廠が製造した.32ACP弾も刻印はないとか。
     わしがその知り合いからもらった8mmナンブのダミーカート(旧軍ボールの加工品)にも刻印はありませんでした。
    ブラック・タロン

  3. ありがとうございます!
    いろいろとわかってきました。しかし、ということは、知覧や鹿屋などで見た(場所は間違っているかもしれませんが)刻印入りの薬きょうはアメリカ軍のものということになりそうですよね。また、よろしくお願いします。
    ウロピリノーゲン


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