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82 Luftwaffe の撃墜公認はかなり厳密であったようですが、Erich Hartmann以下のエースたち
のスコアは、日本軍のエースたちが(数だけ見ると)見劣りするような記録が並んでいます。
この理由は1.飛行機の質・量を含めて総合的に劣勢ではない状況で戦える期間が長かった、
2.主戦場が大陸の上空で、自分が撃墜されても生還・再起できる確率が高かった、などかな
と考えますが、皆様のご意見をお聞かせください。
EAW

  1. 航空戦、いや、戦争そのものの質・量ともにヨーロッパの方が格段にレベルが高いこともあると思います。
    一作戦あたりに展開した戦力(たとえば延べ出撃機数、延べ出撃回数)を比較すれば、太平洋の戦場が「小規模」だと言われてしまうのは仕方のないことのように思えます。

    また、日本軍の戦闘機隊は、機材・作戦・戦術・整備補給・運用、どれをとっても一流とはいえないと思います。
    対するドイツ空軍は、作戦(その根本にある戦略もですが)こそ二流でも、あとは全て一流から超一流の水準にあります。大戦後半になって機材が一流半に落ちても戦えたのは、この総合的な実力にあると考えます。搭乗員補充政策のミスと燃料不足がなければ、もっと戦えたでしょう。
    日本陸海軍航空隊の場合、改めなくてはいけない点、設定したくなるifの数はどのくらいになるでしょうか。

    しかし、逆に考えれば、この悪条件下にあることを考えれば、日本のエースのスコアは、数的にも決して見劣りはしていないのではないか、と。
    まなかじ

  2. 百機以上のウルトラエースが殆ど東部戦線エースに偏っていること、
    ソ連空軍機の低性能による高成績という説は、多くのエースが敵新型機が投入された大戦中後期に撃墜を伸ばしていることと矛盾すること、
    同一部隊が長期間、味方上空で激しく戦った西部戦線でのウルトラエースの不在は残骸や地上防空部隊の確認が容易だった為とも疑えること、
    個人撃墜を称揚し過ぎる風土があったこと、
    独側の発表数字がやはり各国同様過大な場合が多いこと、

    以上の見地から、独エースの撃墜数については各国同様、あまり正確ではない、というごく当たり前な結論に至っています。
    BUN

  3. 早速お教えいただき、ありがとうございます。なるほど、太平洋の戦場は「小規模」だと言われているんですね。
    そう言えば、坂井三郎さんの記述でも20数機もそろえれば大編隊ですが、ヨーロッパではゲームでも最大256機が乱舞しますね。もっとも、日本軍も例えばマリアナでは、この程度の機数はそろえたのでしたっけ?
    ところで、できればついでに教えてください。
    まなかじさんの書かれたドイツ空軍の「搭乗員補充政策のミス」とはどんな事ですか?
    また(BUNさんに質問)、Werner Moelders も東部戦線で戦ったのでしょうか?それから、米軍の太平洋戦線のエースのスコアが比較的貧弱なのは、よってたかって日本軍機を落としてしまって、その後伸ばしようがなかったからだと思いますが、彼らの撃墜数も当然あまり正確ではないのでしょうか?
    以上、初心者なもんで、よろしくお願いいたします。
    EAW

  4. 米軍の撃墜報告はやはり不正確極まりないものと考えて良いでしょう。これは多くの例で数字が対照できるので断言できることです。(しかし、自己申告であっても、やはりエースはエースなのではなかと私は思いますが。)
    また、米軍はトップエースをある程度の成績を達成した時点で後方に下げていますから、(第一位のボングは後方に下がり、下がらなかった第二位のマクガイアは撃墜されている)日本やドイツの様な超エースが生まれなかったのでしょう。
    私はハルトマンの300機も、岩本虎徹の自称とされる200機以上の撃墜数も、どちらも大した記録だと思っています。
    BUN

  5. ガーラントは出ていませんが、メルダースは東部戦線に出ています。リヒトホーフェンの記録を破ったのも、東部戦線でのスコアです。
    まなかじ

  6. >2.

    >百機以上のウルトラエースが殆ど東部戦線エースに偏っていること、
    >ソ連空軍機の低性能による高成績という説は、多くのエースが敵新型機が
    >投入された大戦中後期に撃墜を伸ばしていることと矛盾すること、
    この理由に付いては、逆に新型機が投入されたもしくは、
    地上部隊が優勢になったためにソ連機が多数撃墜される
    ようになったのではないかと、思っています。

    通常、自分たちが不利と思える場合、
    相手の力量を観察し、かなわないと思った時は可能な限り、
    撃墜される可能性が高くなる機動を避けると思います。
    そういった慎重さを無くしたため、相手を深追いし
    ドイツ機に撃墜されたのでは無いでしょうか?

    >独エースの撃墜数については各国同様、あまり正確ではない
    チタデレ作戦が失敗して敗走がはじまったあたりからは、
    その可能性がかなり高いと私も思います。


    >ドイツ空軍の「搭乗員補充政策のミス」
    訓練途中のパイロットを作戦につぎ込んだことでしょう。
    (AtoZシリーズ 図解ドイツ空軍、ハンス・イエショネクの項)


  7. ソ連空軍の搭乗員に関しては、やはり練度が不足していたものと思っています。
    ソ芬戦争、ノモンハン、バルバロッサ作戦の戦例を見ても、もともと、あまり熟練搭乗員はいなかったように思えます。
    そこへ持ってきて、大戦後半になって急速に規模を拡大(復活?)させたために、搭乗員の質がガタ落ちになっていたのではないでしょうか。
    パイロット養成という点から見れば、日独ソは似たようなものではないかという仮説を立てているのですが…。
    やはり、ソ連があの戦争に勝ったのは、国力の限界ぎりぎり、あらゆる面で本当にやっとの思いのことだったのではなかったでしょうか。
    まなかじ

  8. その仮説には賛成ですね。
    第二次世界大戦レベルの航空戦を戦うだけの搭乗員のプールを持っていた国など存在しないでしょう。急速再建された独しかり、大粛清後のソ連空軍然り、技量が高かったと自称している日本海軍も例にもれず、部隊勤務3年以上の熟練者は少数で開戦時の約八割の搭乗員は新人であった訳です。
    BUN

  9. また、独の東部戦線エースの場合、中部から北部の戦線の長期の膠着状態も大きく影響しているような気がするんです。たとえばグリュンヘルツで有名なJG54にとって、シーベルスカヤ基地がホームベース的に長く使用されたこと等です。こうしたやや安定した戦線が水準を超えた搭乗員が長く生き残りスコアを重ねる基盤となり超エースを生み出すのではないかという仮説は如何でしょう。「激戦地にはエース無し」という珍説ですが・・・。
    BUN

  10.  ドイツ空軍の場合、一日の出撃回数が日本やアメリカに比べて多いのも多大な撃墜数を誇る
    エースが出現した理由の一つではないでしょうか…。ハルトマンかバルクホルンかは忘れましたが、
    確か出撃回数800回余、交戦回数600回以上と聞いた記憶も有りますし。
    大塚好古

  11. ついでに言うと、太平洋戦線では、撃墜されるとリターンマッチが難しい。
    結果、とんでもないスコアを持つエースも生まれづらくなるような。

    “被撃墜時”の生還率の低さは、大陸での戦いの比ではないと思われますが。
    雪風2

  12. 手元に資料がないから要確認なんだけど、ハルトマンも何度か墜とされてなかったっけ?太平洋なら、ほぼ間違いなく戦死だ。
    雪風2

  13. ハルトマンの基本スタイルは、
    敵機にぎりぎりまで接近して
    射撃を行う、という
    ものだったため
    時折、敵機からの破片で
    墜落することもあったようです。




  14. 誰だかは知りませんが、「5機落とした」と帰ってきた乗機を整備兵が確認したら1発も機銃を発射していなかったドイツの著名エースがいるそうです。
    Z2

  15. ↑に関すること(?)なのですが、追撃中(まだ発砲してないうち)に敵機が操作ミスで地面に突っ込んで自爆した場合は撃墜記録として認められるんでしょうか?
    N.W

  16. 米軍機の場合は「maneuvering」(綴りあってます?)つまり機動による撃墜という事で正式に撃墜にカウントされるみたいですね。追いつめられた敵機のパイロットが撃たれる前に脱出してしまった場合も同じ扱いです。
    舞弥

  17. ↑それは米陸軍航空隊〜空軍ですね。海軍では機動撃墜はカウントされないとのことです。
    Schump


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