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153 第二次世界大戦の終戦までの間に戦死した
大日本帝国の大将以上の身分の人はどのくらいるのでしょうか?
(死亡による二階級特進による大将は、なしで)

富嶽

  1. 戦死、では、山本五十六海軍大将一人ではないでしょうか。
    まなかじ

  2. 現役大将として、戦時中に亡くなったのは、以下の3人のはずです。
    山本五十六 43年 4月18日 一式陸攻機上で戦死 死亡時GF長官(59)
    古賀峯一  44年 3月31日 二式大艇で移動中、遭難、殉職 死亡時GF長官(58)
    高須四郎  44年 9月 2日 病死 死亡時軍事参議官(60)
    戦死は山本長官ただ1人ですね。

    ちなみに、死亡時に昇進して大将になったのは、
    南雲忠一、高木武雄、伊藤整一ぐらいのものです。
    なお、将官に2階級特進はありません。
    少将で戦死した人は死後中将か、少将のままです。
    中将で戦死した場合も、必ず昇進するとは限りません。
    事実、角田覚治や西村祥治は戦死後も中将です。
    FIX

  3. 中将の大将への死後進級は自動的に行われるものではなく、
    本来進級に必要な実役定年数に対して何年中将を務めたか
    が考慮されたとされます。中将から大将への進級には、海
    軍省人事局の内規では6年とされています。これは、大将
    が親任官であることを考慮したものと、どこかで読んだ覚
    えがあります(多分末国正雄さんが書いたもの)。

    >ちなみに、死亡時に昇進して大将になったのは、
    >南雲忠一、高木武雄、伊藤整一ぐらいのものです。

    あと、遠藤喜一とか山県正郷も死後大将に進級してますね。
    今泉 淳

  4. 質問の主旨とはずれますが、今泉さんの回答にすこし追加させてもらいます。額田担氏の「陸軍省人事局長の回想」から拾うと、「中将から大将へは武官進級令では実役停年四年
    であったが、内規として六年とし、銓衡の上、陸海軍の内協議を経て大将親任を奏請される」等のこ
    とが書かれています。また大東亜戦争中、中将の戦死者が続出するため「武功特に顕著でしかも親補
    職二年半以上を経たものの内から特に銓衡して差支えない旨陸海軍協議の上、内規に定められていた」と
    とも書かれており、この例外として唯一人、栗林忠道中将(戦死後、大将)がいるとありました。


    源五郎

  5. 補足です。

    >中将から大将への進級には、海軍省人事局の内規では6年とされています。

    「6年」は「一応の目安」であり、また陸海軍両大臣間の申合わせ
    として相手軍(海軍側から見れば陸軍)古参先任中将を追い越して
    後任である中将を大将進級に奏請しないとあり、中将以下に関して
    はそれぞれの見解に任せるというものでした。

    なお、昭和3年1月に陸軍大臣海軍大臣間の協定事項として、平時
    においては中将より大将への進級の実役定年の最小限を等分の間6
    年とする申合わせをしていますが、必ずしもこの「6年」が守られ
    ていないことは、大将進級者の中将実役年数を見れば明らかにわか
    ると思います(太平洋戦争開始後には、6年を満たず大将に進級し
    ている者がいますので)

    今泉 淳

  6. 含まれないでしょうが・・・
    陸軍
    小畑英良(19年9月)グアム島
    牛島満(20年6月) 沖縄

    玉音放送直前に自決した阿南惟幾大将を含めるかどうかが
    難しい所ですね。
    カバノフ中尉


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