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311 イギリスは第二次大戦末期バルカン半島のほとんどの国の権益を
ソ連に渡してまでギリシャの民主主義を守りましたが、
ギリシャはこのイギリスの行動に対して反抗しなかったのですか?
例えばギリシャ人の共産党員を捕まえたりしたこととか。
ツェッペリン

  1. ドイツの占領中からギリシア国内で共産主義勢力による抵抗が行われていましたが、戦後、イギリスはギリシャを勢力下に置き、共産主義勢力を弾圧したパパンドレウ政権を支持しています。冷戦の進行に伴い、アメリカもこれに協力して共産主義勢力の排除を進めると共に米軍を駐留させたりして、ギリシャをトルコと共に東欧地域における西側の拠点としています。下のサイトを参考にして下さい。
    http://users.hol.gr/~jsa/history.htm
    アリエフ

  2. この関係で45年3月のヤルタ会談で、バルカン半島についてどのような取り決めがなされていたのか、調べていたら次のサイトに合意の全文が載っていました。
    日本に関する部分は、戦後処理の方針についてかなり明確に定まっているが、ユーゴスラビア、ブルガリアなどバルカン半島地域については、ユーゴスラビアにおける反ファシスト政権の樹立くらいしか明確な方針として定まってなく、この地域の諸国間の国際関係上の懸案について、継続検討課題としているような状況です。
    英米は、ソ連との協調の基にこの地域に民主主義政権を樹立できると思っていたら、戦後、ソ連が東欧一帯を息のかかった勢力を用いて共産国化してしまい、あわてた英米はかろうじてバルカン半島の端のギリシアを勢力圏に入れることができた、ということではないでしょうか。

    http://history.acusd.edu/cdr2/BYRD/CONFEREN/YALTA_CO.TXT
    アリエフ


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