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638  戦前、戦中のアメリカにおける共産主義はどのようなものだったのでしょうか?またアメリカのレインボープランの中にソ連は入っていたのでしょうか?入っていたのならどのような戦略プランだったのでしょうか?
アメちゃん。

  1. 戦前のアメリカでの共産主義の実態はさておき、レインボープランとは基本的に対日、対独戦争計画のことで全世界を相手にした国別戦争計画ではありません。枢軸国複数との戦争が予想された為に「レインポー」の名称があります。
    BUN

  2. 1930年代頃からアメリカ共産党がありますが、世界恐慌の中でも大した勢力を持つには至らなかったようです。失業者の大量発生の中で組合による労働運動は盛んに行われ、ストライキを弾圧する政府(当時はアメリカでも労働者のスト権は禁止されていた)と労働紛争が多数生じていますが、そうした労働者、市民の中に共産主義は浸透しませんでした。
    政府の取締まりも一因ですが、そもそも強大な政府や市民生活の統制を嫌い自由主義的な経済秩序を嗜好するアメリカの風土に共産主義は合わなかったのです。アメリカは「共産主義不毛の地」と言えます。
    アリエフ

  3. 現在、手元に史料がないんで記憶で書くのですが・・・
    アメリカ共産党はコミンテルンの指示でアメリカの対独参戦時(多分)に
    ”発展的解消”を遂げ、その後、再建されませんでした。
    興味があるなら、多分絶版でしょうが、林達夫著「共産主義的人間」に
    一文があります。私が読んだものは中公文庫でした。
    昔不沈艦

  4.  色々ありがとうございます。レインボーってくらいだから、世界中と戦争する気だったのかと思ってました(笑)。でも連合国(イギリス、フランス)の方を考えて無かったってのは以外ですな。イギリスくらいは考えてたほうが良かった気もしますけど・・・。

     共産党・・・火葬戦記でこんなネタがありましたよね。やっぱ無理なんですね。
    アメちゃん

  5. 新潮社『オレンジ計画』によると、

    対英計画・カナダに攻め込んで人質に捕り、艦隊決戦を強いる。
    対独計画・カリブ海での艦隊決戦(第二ライヒのころか)。

    だったそうで、これは笑う。まぁ、概念的なものでしょうが。
    バツ

  6. カラープランは物理的にアメリカと戦争出来そうな所は一応全部考えとこうというものですから、対メキシコ戦のグリーンとか、対ロシア戦のパープルとかもあったようです。ただしロシア革命後の対ソ戦をどれぐらい本気で考えていたかは知りません。
    カンタニャック

  7.  人質ですか・・・それって戦略なんですかね?抑えてるだけで凄い金使いそうだし、終わったあと絶対カナダは軍拡に走りそう。資源が有るから、何か凄いもの作ってくれそうですよね。
     ソ連じゃ無くてロシアの時代には有ったんですね、良かったらどのようなプランだったか教えてください。
    アメちゃん

  8.  1904年以降陸海軍の共同研究として始まったいわゆるカラープランのうちの「ヨーロッパの二国家(内一つはドイツを想定)との戦争」のバリエーションだと思うのですが、具体的にロシアがどう動くことを想定しているのかのことはわかりませんでした。妄想モードでは、ロシアによるアラスカ再占領とか、ハワイ強襲なんてのがあれば面白いと思っているんですが、資料なし。申し訳ありません。
    なお、カラープランについてはここの過去ログ359番にも記事が有ります。
    カンタニャック

  9. >2
     30年代のCIOでは共産党系の組合もかなりの勢力を持っていました。ただし反主流派に止まっていましたから、アリエフさんのおっしゃる通りともいえます。

    >3
     第二次大戦前後のアメリカ共産党の動向は下記の通り。
    1940年 アメリカ共産党は反ファシズムへの共産主義者・社会主義者・自由主義者の連帯を訴える人民戦線路線を放棄、軍需工場でのストライキを扇動。
    1940年6月 ドイツのソ連侵攻とともに、アメリカ共産党は方針を180度転換.「国家的団結」の名の下に軍需生産に協力し,CIO,AFLの支持したストライキさえボイコット.政府は共産党書記長ブラウダーを釈放し、共産党へのさまざまな規制を停止。
    1944年1月 ブラウダー書記長、「合衆国の国民は社会主義的変革に対しほとんど準備ができて」おらず,革命の課題の提起は「国民の分裂に資することとなり」「国民の分裂はもっとも反動的な勢力にのみ利益をもたらすであろう」とし、「共産主義者の独自の党の存在は、もはや実践的な目的に寄与しないばかりか、より広範な統一の障害物にさえ転化しよう」と、共産党を解散させ、二大政党制のなかで「進歩的なもの」を前進させるため活動するよう提案。
    44年 5.20 党大会、解散を決議し、共産主義政治協会(CPA)に改組。フォスターを中心とする左派は,ブラウダー路線に批判を強める。
    45年7.27 アメリカ共産党臨時再建大会。ブラウダーを除名し共産主義政治協会を解散、全国議長(委員長)にフォスター、書記長にユージン・デニスが就任。

    現在のアメリカ共産党(CPUSA)のウエブサイトは下記の通り。
    http://www.cpusa.org/
    「万国の労働者ログインせよ!」のスローガンがおちゃめ。
    カンタニャック


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