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5 日本軍の戦車隊は何故、大隊の単位を持たないのでしょう。というか、他国の戦車大隊のことを何故連隊と呼ぶのでしょう?

  1. 簡単に言えば、中隊数が少ないために、連隊と中隊の間に大隊という中間結節が必要ないからです。また他国の戦車大隊を連隊と呼ぶ、というのが一般的な話なのかよくわかりませんが、日本の戦車連隊と同規模の敵戦車大隊を連隊であると判断するのも、ある意味不思議はないかもしれません。


  2. 日本軍の場合、独立歩兵大隊のようなものを除けば、連隊や中隊と違って大隊というのは恒常的な単位ではなく小隊と同じく戦時動員時に作られる物です。また中隊数が少なければ大隊が省略される事もあります。戦車連隊の場合は2個〜5個中隊からなりますが、この程度では大隊という単位は必要ないと判断されたのでしょう。ちなみに騎兵連隊の場合は甲編成の連隊で4個中隊、乙編成の連隊で2個中隊でした。この辺に習ったのかも知れません。


  3. 面白いのは戦車第3連隊と同第4連隊の場合で、この二つは最初、戦車第3大隊と第4大隊として編成されました。どちらも規模的には最初に編成された戦車第1連隊、同第2連隊と同規模(戦車または装甲車2ないし3中隊)なのにこちらはなぜか大隊とされました。おそらくこの二つは独立混成第1旅団の指揮下にあるため、司令部組織等も大隊相当のものに簡略化されているはずで、いわば独立混成旅団に対する独立歩兵大隊と同じ様な意味合いを持たせているのではないかと思います。ちなみに独歩の大隊長は一般の連隊長と同格の大佐です。


  4. 付け加えれば戦車第1連隊や第2連隊が日華事変で出征した際には、第3や第4と釣り合いをとる為なのか、大隊と名前を変えています。


  5. ではなぜ日本軍の戦車連隊の規模が小さいのかというと、予算上の関係で多数の戦車を揃えることができなかったからです。日本陸軍が初めて戦車部隊の創設を計画した大正14年度の計画では、1個戦車隊は3個軽戦車大隊(軽戦車各63両、無線通信戦車各3両、その他車両63両)と1個重戦車大隊(重戦車27両、その他車両30両)という立派なものでしたが、実際にはこれだけの規模の機甲部隊を編成するのは無理で、完全装備できるのは昭和13年以降とされていました。


  6. 結局、日本陸軍が取った方針は、大規模な機甲部隊を建設するのを諦めて独立した小規模の部隊の数を揃える事で、具体的には軽戦車大隊を戦車連隊にかさ上げしたのです(EOS)



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