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142 週刊コミックモーニングに連載の「奈津の蔵」今週2000年4/20日号。
蔵元の佐伯善造は、東京の大学で電気工学を学んでたのですが
兄の急死により、新潟の酒蔵を継ぎます。
2人の子供をもうけ、酒造りに邁進していた昭和14年、善造は徴兵され、
歩兵大隊の少尉として戦死します。
さて、当時の陸軍に「予備士官」の様な制度は存在していたのでしょうか?
素人の推測では、当時は例え大卒でも、徴兵されれば兵卒となるのが
自然だと思うのですが・・・。
無頼庵

  1. 支那事変勃発時に1万1000人程度だった陸軍将校は昭和十四年(1939年)には六万5000人に急造しています。終戦時には25万人でした。
    このように激増する将校の需要をまかなったのが幹部候補生制度で、1927年に一年志願兵制度を継承してつくられ、学校教練の検定に合格した者が現役兵として一年間在営して教育を受けた後一定期間の見習い勤務を経て予備役の少尉に任じられます。「奈津の蔵」の登場人物が少尉であったのはこうした幹部候補生(甲種幹部候補生、ちなみに乙種は下士官要員)出身であったと考えて良いのではないでしょうか。この制度はその後ますます簡易化され、材営期間は最終的には4ヶ月に短縮されます。
    これに対して海軍の予備士官は最初から兵としての教育を受ける制度がありません。予備士官の方が幹部候補生より人気があったのはこの為でもあります。


    BUN

  2. 今日、胃袋さんの案内で見ることの出来た資料の中に偶然にも「甲種幹部候補生の資質について」という軍医が綴った記事があり、そこには一般初年兵と幹部候補生との知力体力の比較がなされてましたが、何となく抱いているややひ弱なインテリと逞しい庶民、といった図式とは少し異なり、幹部候補生の方が体育の成績も良ければ体格も良いのです。一般初年兵の方が体格は悪く敏捷性が無く、力仕事にはやや優るといった結果になっており、恵まれた環境で育った者の多かったと思われる幹部候補生は厳しい環境で育った農民、工員出身の兵士より体格、知力で優るという当時の社会の階層差を見せられたような内容でした。
    BUN

  3. 作家の安岡章太郎氏は慶応の文科の卒業生ですが、陸軍の幹部候補生を受験し
    ても不合格だったため兵卒として召集されたと自分で語っていたのを読んだこ
    とがあります。氏の話では幹部候補生試験では落ちるほうが珍しかったという
    ことです。
    tk

  4. 2,に関連するのですが、フィリピンで戦死した有馬少将は予備学生を搭乗員として大量導入することを早くから熱心に説いていたそうで、その理由というの「米国青年は栄養状態も良く教育程度も高い。また早くから機会に親しんで自動車の運転にも手慣れているので比較的短期間の教育で一人前の搭乗員にする事ができる。それに対抗するには知力も高くスポーツにも親しんだ大学生を搭乗員として養成するしかない」という事だったそうです。
    md


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