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60  失礼ながら、外交関係に詳しい方にお聞きします。
 国家間の交渉で、「遺憾」とか「不幸な歴史」等と表現される場合が
ありますよね。個人的にK室直樹さんの本にも、外交上の「重大な局面」と
いう表現を使ったばかりにクビになる外交官の話が出ています。
 そこら辺をもっと深く勉強したいのですが・・・
 つまり、政府や機関の公式発表にどんな意味があるかを深く研究したいと
考えています。
 そのためには、どのような資料または勉強法がありますか。
 なお、私は必要とあれば国会図書館にでも行くつもりです。
 どなたかご教授ください。
 

T.M.

  1. 一つの方法として、国会議事録で、外交、軍事、歴史認識に関連する質疑応答を調べてみては如何でしょうか。と言ってもたくさんあるので、中国関係や核武装などテーマを絞ったり、特定の事件(三矢研究など)について調べるのがよい。ここまではOK,これ以上、踏みこんだら野党に叩かれるといった境界線が見えてくるはず。ただし、時代によって、容認される範囲が変わってくることがあるので注意。
    アリエフ

  2. 歴史というのは常に連続しており、また国と国とで相互につながりがあります。
    例えば南京大虐殺問題でも南京それだけを取り上げるのではなくて、
    日中戦争全体(満州事変のずっと前まで遡って)を広い視野で見るべきだ
    と思ってます。「日中戦争」(児島襄 文春文庫)が私のお勧めで、
    日中戦争といっても昭和初年から終戦までが通史として記述されてます。
    更に言えば国共内戦や朝鮮戦争など戦後の中国史も読んでおくといいです。
    国や民族の体質というのは革命が起こったからといってすぐに変わるものでなく、
    歴史は常に連続であってそれまでのその民族特有の体質を受け継いでおります。
    ですから政府や機関の公式発表が打倒日本軍国主義、打倒アメリカ帝国主義、
    打倒ソ連修正主義などと変わったとしても、中国人の価値観・本質がそんなこと
    で大きく変わったはずはないのです。寧ろ「ああまたか」ってなもんです。
    中国だけでなく、ソ連(ロシア)やアメリカ、そして日本についても同じです。

    それと国と国との相互関連を知るために、例えば太平洋戦争を考えるにしても、
    同時期の欧米・ロシア情勢についても知っておくと分かり易くなります。
    例えば1939年のノモンハン事件と独ソ不可侵条約協議・締結は同時期です。

    また「諸君!」の一月号に、日米開戦についてソ連から出た資料が引き合いに
    出されていますが、僕もあのゾルゲルートからモスクワ・ホワイトハウス間の
    連絡によって米国が日本の対米攻撃を知っていても不思議は無いと思ってます。
    ただ、それが必ずしも真珠湾と分かってたかどうかは疑念があるのですが。

    毛沢豚

  3. >2 趣旨はわかりますけどね、独裁政府ほど公式発表や政府声明の微妙な変化が、対外政策の転換や内部の権力闘争と深く関わっていたりするものですよ。そのため、西側の情報機関はソ連の新聞を丹念にチェックし、アメリカへの批判文章についても調子が若干変わると、その背景には何かあると感づき関連情報を漁ってたりしました。
    質問者の方へ
    最近の我が国の政府公式発表等に関することと思い、1のように回答しましたが、対象をどこに当てるのでしょうか(国、時代など)。それによって、利用すべき資料、文書も変わってきます。
    アリエフ

  4. 外交上の言い回し自体の勉強でしたら、国語辞典とちょっと頭を使えば十分でしょう。ただし、その真意を知るとなるとこれは大変ですね。

    たとえば、外交表現はしばしば「言われていないこと」に重要な意味があります。
    「遺憾」は「思い通りにならず心残りなこと。残念。気の毒。」という意味ですが、政治家や外交官が「遺憾」の意を表す場合は、「わー、大変なことになってお気の毒ですねえ。(でも我が国が悪かったとか我が国に責任があるとは一言もいっていないからね。そこんとこ誤解しないように。)」という意味です。実際には語られていないカッコ内の部分が一番重要になるわけです。

    おそらくT.M.さんは、このような各語句の意味がお知りになりたいのではと思いますが、外交上の発言の意味を理解するには、結局それぞれの発言者の真の目的を理解することにほかなりません。

    結局はアリエフさんや毛沢豚さんがおっしゃるような方法で、地道に理解力や知識を増やしていくしかないのではと思います。

    カンタニャック

  5.  皆様方、親身になって回答していただきありがとうございます。
     アリエフ氏の質問に対しては
     時間的には日本の戦後以降、範囲には全世界の公式声明ということになります。
     私個人的には、大韓航空機事件で時の安部外務大臣のソ連に対しての
    「このようになったことは遺憾だ」
     という抗議が印象に残っています。外交関係での言葉の使い方というのは
     かなり違うものだなあと言うのがまず第一。
    「ふざけんじゃねえぞこの野郎。この落とし前どうつける気だ。」
     と心の中で思っている(かもしれませんが)として、全然場面によって「遺憾」の意味が違いますよね。
     そこらへん外交においての基礎や暗黙のルールとかがあるのではないかなあと
     考えたわけです。
     思い立ったが吉日と言うことで質問したんですが、なかなか手強そうですね。
      
     
    質問者

  6. 「遺憾」の意味は(少なくとも我が国の政治・官僚用語としては)一貫しています。その意味は、「謝ったり責任を取ったりする必要のないことだけど、そうはっきり言うとカドが立つから、残念なことだという感想を述べて、謝っていないんだけれど謝っているような雰囲気を出す」です。

    以上は自分の行為について「遺憾」の意を表す場合ですが、人のやったことに「遺憾」の意を示すことも、責任は問題としない(今度は相手の責任ですが)という点でまったく同一です。相手の行為を「遺憾」だということは、「相手のやったことは気に入らなくて残念だが、謝らせたり、責任を取らせたりするつもりはない」ということです。
    大韓航空機事件について日本が「遺憾」ということは、「こんちくしょうと思っているけれど、(少なくとも今のところ)ソ連に対して直接的な責任追及はしない(できれば自主的に謝るなりしてほしいけど…。)」ということで「おまえが悪い!」ではありません。ソ連側としては日本の内なる意図に応じて謝罪してもいいし、「ソ連邦としても大変遺憾に思っている(我々も残念なことだと思うよ。責任は100%国境侵犯した韓国機にあるけど)。」と返事をしてもいいわけです。

    もちろん、このあたりの役所的言い回しに通じていない政治家が「大変遺憾であり政府に責任がある。」といって、せっかく遺憾を使ったのに結果的に政府の責任を認めることになってしまったり、外国との共同声明等で「遺憾の意を表す」かもっと責任を明示する表現にするかをめぐってのつばぜり合いの末に何がなんだかわからない表現になったりすることもあります。
    また「遺憾」も使い方によってはコワモテにもなります。たとえば「このような事態は極めて遺憾であり、再び同様な事態が生じれば何らかの行動を取らざるを得ない(=今回は見逃してやるけど、今度同じ事をやったらタダじゃすまないからな)」といった「遺憾」もあります。

    蛇足 これを書いていて気がついたこと。
    上記の通りですから、日本政府が、戦争責任や植民地問題についてだれかに「遺憾」の意を示しても、それだけでは謝罪したことにも責任を認めたことにはなりません。
    日本の役人は「遺憾」を外国へのリップサービスのつもりで使っているのかも知れないが、相手の国民からは「残念ですまして謝りもしない」と思われ、自国民からは「いつもぺこぺこ謝って」と思われる。最悪の表現だな。
    カンタニャック

  7. 「遺憾」といってもこの言葉が通じるのは東アジアの国々が限界(それすら通用しないかもしれませんが)でしょうから、他の国の言葉に翻訳したときにどのような言葉になるかが重要なのではないでしょうか?
    少し調べてみたところ英語だけでも regret、express concern、not indifference の3種類の表現があるようです。
    単純に「遺憾」を翻訳するとregretになりますが、これだと謝罪と同じレベルになってしまうのだそうです。
    上でカンタニャックさんが述べているような「遺憾」に一番近いのはexpress concern(日本語だと懸念を表明する?)になるそうです。
    最後のnot indifferenceは 「無関心ではない」ということで、意味合いとしては非常に弱いものになるそうです。
    外交の失敗というのはこういった言葉のニュアンスの違いなども関係してくるのではないでしょうか?
    PT

  8. >7
    遺憾の英訳としてはregretでもいいのではと思います。英語のregret自体が、多様な意味内容を含んでおり、たしかに謝罪に当たる(あるいは責任を認めている)場合もありますが、むしろ大部分の場合は、責任を感じないあるいは責任を問題にしない形で使われていると思います。

    友人の父が病死したと聞いてregretを表明したり、招待を断るときにregretしたりする場合は、責任を感じているとはいえません(招待を断る時には日本語で言えば「謝罪」してますが、この謝罪はなんらかの責任を認めるものではないでしょう)。自分の青年時代の行動をregretする場合でも、失敗したと認識していることは確かでしょうが、自己責任を感じているとは断言できないでしょう。

    私の旧派の英英辞書(ホーンビー)では、名詞のregretは、 損失などに sadness(悲しみ)を感じたり、annoyance(困惑)あるいはdisappointment(失望)することとし、動詞のregretは1として be sorry for(気の毒に思う、残念に思う)とし、2 として sorry for(すまないと思う)を上げています。2の場合なら謝罪あるいは責任ありでしょう。

    実は私は、regret は外交側面ではもっぱら責任を認めない範囲での失望の表明に使用されると思っていたのですが、あまり英語に自信がないもので、皆様の御叱正をいただければと思います。

    カンタニャック


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