ちょっと気になると夜も眠れない。

航空機関係
Ans.Q

どうでも良いことなのに…、誰か助けて!


・ あなたが疑問を持っているなら、ここで記入してください。
名前:

*ここは新規質問投稿欄です。質問への回答ではありません。
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1661 この質問は航空機に限った話ではありません。
私は陸海空旧軍機器の細部形状についてずっと調べ続けています。
その過程で、この場(Ansq)を知り質問もさせていただきました。
質問事項は何年調べても分からない事柄ですので、もし私と同じ強い疑問を持つ人がいれば私と同じ場所を覗いているのではないかと思っています。
しかし、他の場所でもそうなのですが、反応がとても少ないです。
私はずっと一人で活動していますので探す場所も偏っていて、すでに他の場所で解決している事柄かもしれません。
ただ私はここ以上の場所を見つけることは出来ませんでした。
そこで質問ですが、Ansqに匹敵するような多人数の集まる質問,回答の場(誰でも無条件で)が他にもあれば教えて頂けるとありがたいです。
有無だけでも結構です。
ROM

  1. 此処も十年前二十年前と比べれば寂れました。優れた書き込みをしていた人で来なくなった人も何人も居ます。
    唯、コテハンですのでSNS等で個人で活動されてるのを追跡できる事例はあります。例えばツイッターでしたら「@uchujin17」「@kominebunzo」各位の周囲を探れば此処のOBに会えます。
    質問サイトについては詳しくないので何処がいいか答えられません。
    にも@返信。



1660 第二次世界大戦中のソ連のイリューシンIl-2 は、胴体の前半部には装甲が施されていました。この部分については、モノコック構造と説明しているものもあります。このことについて分からないところありますので、教えてください。
a. エンジン整備の時、どのように装甲部分を外すのでしょうか。プロペラを軸から外した後、先すぼまりの円筒状の装甲を前方に引っ張り出すのでしょうか。この部分と後方の接続はどのようになっていますか。単純にボルトとナットでしょうか。
b. 上記部分(エンジンを囲む部分)は、上部(厚さ6mm)と 両側面(4mm?) の少なくとも3部分があります。これらを一体化するのは溶接でしたか。
ではよろしくお願いいたします。

電機戦艦

  1. P-39/-63からの類推ですが、Il-2/-10のバイタルパートを覆う装甲は剥き出しで機体表面であるためバスタブで無く舟形で、その舟形の下面部に強度を持たせ上面は整備の為簡単に取り外せると考えます。
    ミクーリンAM-34は正立ですのでシリンダーヘッドは上側にあり其処を見るだけなら上面の装甲パネルを外せばよく、シリンダーブロック下面を整備したいときにはエンジンの方を抜き取る、では
    にも@推察。


  2. 云わずもながですがIl2/10のコンセプトは、そのまま胴体になるよう空力的に整形され強度を受け持てる様に設計された、バイタルパートをその中に収める舟の形をした装甲による強度構造に、翼と尾部を付け上面装甲・風防を乗せたものです
    にも@追記。


  3. 「世傑」の写真および「精密図面を読む」の図面を見ますと、
    上面・側面中央部(排気管まわり)・下部が開閉式のパネルです。
    外板の接合はリベットです。溶接は歪みの問題があってできないそうです。
    超音速



  4. エンジンの交換
    https://massimotessitori.altervista.org/sovietwarplanes/pages/il10/details/engine/eng-removing.jpg
    下記の中に有ります。
    https://massimotessitori.altervista.org/sovietwarplanes/pages/il10/details/engine/engine.htm

    カウリングの上部はわりと容易に外せると推測しますが?

    百九



  5. カウリングの上部(ねじ止めだと思います。)
    http://vvs.hobbyvista.com/Research/Ilyushin/Il-2/Walkround/Serbia/07%20Cowling%20Top.jpg

    Photograph Walk-a-Round
    http://vvs.hobbyvista.com/Research/Ilyushin/Il-2/Walkround/Serbia/

    百九


  6. 割り込みます。まったくの私事の偶然ですが現在IL-2Mのプラモキットを作ろうとしていたところです。チェコのエデュアルド製の1/48(エッチング以外のプラ部分は韓国アカデミー製。金型は恐らくイタレリのOEM。主翼後退角の小さい初期複座型)です。
    ところが後発のタミヤ製1/48と色指定の異なる点が多々あり、着手するのに躊躇しておりました。図らずも実機写真を見ることができ、脚庫内の色味、上下の塗分け線など非常に参考になりました。どうやら取りかかれそうです。電気戦艦様、百九様、この場を借りて御礼申し上げます。先々完成のあかつきには、また写真を画像掲示板にUPしたいと思いますので、ご意見なりいただければ幸いに存じます。
    備後ピート



1659
https://ww2aircraft.net/forum/attachments/aviation_week_fw-190-1-jpg.573050/
上記は(Aviation Week in October 1942)の一頁だそうですが、
左上の写真に見える、エンジン上部の三つの四角の物は何なのでしょうか、
ご存じの方お教えください。
百九

  1. カウリング上面の外板にあるファスナーの溝から
    一枚の外板を「三つの四角い物」と感じるのだと思います。
    BUN



  2. BUN様、有難う御座います。
    ダウンロードして拡大してみたら良く分かりました、カウリングの上部ですね。

    百九



1658 第二次大戦時のレシプロ機は飛行中、高度、速度の高低で燃調とか行ってたのでしょうか?行ってたとしたら電子制御がない時代どういう仕組みで制御してたのでしょうか?
まさのり

  1. 呼び水程度に、、

    今でもスロットルと共にプロペラピッチとミクスチャーは手動で調整する機が多いですが、大戦中は基本的に手動です。
    なのでエンジン制御レバーは3本で1セットが基本です。

    空燃比自動調整は不完全ながら割と早期から実用化されて、手動レバーと併用されています
    BMWのコマンドゲレーテは複雑なカムを使った機械式コンピュータでプロペラピッチや点火時期も含め完全自動化したものとして有名です。
    わんける


  2. 零戦はAMC(自動混合比制御)という装置がついてます。
    高度計にのみ連動していて大まかな混合比制御をやってくれます。細かな調整はレバーで行ないます。
    AMCの予備として別にACレバー(高度弁:アルティチュードセレクター?)がついてます。
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002564.html
    超音速


  3. 「コクピット変遷史」(イカロス出版)によると、
    「イギリスでは、自動ブーストおよび自動ミクスチャーが、戦争開始よりも遥か前に開発されていて、」という記述があります。
    アメリカの航空機はそれより遅れていたそうです。

    少なくともP-51ではこれらは自動制御です。
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002268.html
    超音速


  4. わんけるさん、超音速さん回答ありがとうございます。結構早い時期から燃調の制御装置は有ったのですね。
    該当リンクにある栄エンジンが混合気の濃度域が狭いというのは、ちょっとびっくりしました。
    まあシミュレーション技術やサーモグラフィが無い時代ですからしょうがないのかもしれません。
    当時は筒内の温度分布とかどうやって判断してたのでしょうね。
    まさのり


  5. 栄の適性な空燃比のレンジが狭いとはそれだけ燃料消費量が小さい優秀なエンジンだったということでもあります。これは日本の技術が優れていたからではなく、模倣したアメリカ製エンジンがそうなっていたからに過ぎません。
    BUN


  6. 確か栄エンジンはP&Wエンジンが基でしたよね。ということはワスプエンジンシリーズもそうなんですね。
    まさのり


  7. 中島航空機の空冷星形エンジンはカーチスライトのそれに範を取ってます。P&Wに範を取っているのは三菱です。
    にも。


  8. 栄エンジンのwikiには、P&Wエンジンをライセンス生産していた中島飛行機とあるけど…

    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%84_(%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3)
    まさのり



1657 実用されなかった試作上、あるいは設計理論上でも構いませんが、星形空冷エンジンでプロペラ軸を通してのモーターカノンは可能なのでしょうか?

備後ピート

  1. 取り急ぎ
    www.warbirds.jp/data/ita/htm/p119.htm
    https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=209708555

    にも@コピペ。


  2. もう一度
    http://www.warbirds.jp/data/ita/htm/p119.htm
    にも@コピペ。


  3. 小川利彦『幻の新鋭機』では将来の設計標準の見本として空冷星形ミッドレンジ延長軸プロペラ軸内砲が挙げられてた記憶、
    にも@追記。


  4.  エンジンの効率は悪くなると思いますが、クランクシャフトをエキセントリックシャフトにしてしまえば可能になるのでは?
    おうる


  5. 要は、正面から見てプロペラ軸を星型の外に置くか、側面から見て発動機の前に置けば、いいのです。
    後者の例としてピアッジョp.119の様なミッドレンジがありますが、前者としては列型ですがレンジャー V−770に
    https://twitter.com/uchujin17/status/1074875789919670274
    要は減速歯車でプロペラ軸を星型の外に持ってくればいいのです。
    にも@追伸。


  6. にも。さんすみませんが、
    「ミッドレンジ」の意味について確認させてください。
    直訳で「中ぐらいの領域」といった意味になると思いますが、文脈とつながらないものですから。
    超音速


  7. 「ミッドレンジ」は「ミッドシップ」の誤記です。カタカナ語は間違いますね
    にも@訂正。


  8. 備後ピート様はお年を召されてる筈なのに、ピアッジョP.119や小川利彦『幻の新鋭機』に示された計画案の見本、十七試艦偵の当初計画案が二基の栄を胴体内に格納し翼のプロペラへと動力軸を延ばすものであったという話をご存知無いらしく、びっくりしました。
    おうる氏のみならず私も「星形空冷エンジンでクランクシャフトを通してのモーターカノンは可能なのでしょうか?」と質問されているのだと空目していたのです。
    にも@返信。


  9. P-39/-63、Il-2/-10、現代の汎用機等、気筒が上方や側面に向いた発動機は機体下部を強固な構造にし其処にシリンダーブロックを載せれば良いですが、星型は全周にシリンダーヘッドが周り、それを整備しなければなりません。
    翼桁を胴体内に通さず胴体外周の円構造で支え、其処に空冷星型エンジンを取り付けるのはどうでしょうか。
    にも@七伸。



1656 1945年版米軍の日本軍機ハンドブックによると(OPNAV-16-VT TAIC manual No.1)でJill-12の最高速度が327mph(15100ft.)/297mph(SL.)となっているのですが、天山本来の飛行性能ってこんなにあるのですか?
なるべくなら日本側の根拠をお願いいたします。

  1. 日本側の数字は勿論知っています。それが一体何なのかも含めて提示してくださるとありがたいです。


  2. なかなか回答がつかないので呼び水程度に。

    一般に知られている481km/h(高度4000m)は取扱説明書の諸元表が出典です。
    ちなみに艦攻は雷装状態で性能計測されます。
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A003/A0000162.html

    魚雷を下ろしても20〜30キロぐらいしか速度は上がりません。
    なので質問にある性能は何かの誤記じゃないかと思い原典を確認しようと、国会図書館の閲覧ページでManual on Japanese aircraft, TAIC No. 1を見つけたのですが、肝心のJillのページが抜けてました(泣)。
    超音速


  3. 超音速さん

    リンクを添付します。PDF上の148-149ページをご覧下さい。
    http://cgsc.contentdm.oclc.org/utils/getdownloaditem/collection/p4013coll8/id/4531/filename/4540.pdf/mapsto/pdf



  4. 日本側の数字が魚雷搭載時のものだと分かったので大方、解決しました。
    因みに流星は区分としては艦攻ですよね?上記には流星も乗っており(PDF上で157ページ)、555km/hとなっていますが、日本側の数字が魚雷搭載時であるのを考慮すると低過ぎるのではないかと思います。
    本来であれば560-570km/hぐらいの速度が出るのではないかと思いますが、両機の日本軍の偵察時の性能を知りたいです。


  5. ダウンロードできました。ありがとうございます。
    おかげ様でわかりました。

    PERFORMANCE AND CHARACTERISTICS(149ページ)の性能表のSPEED欄は確かにその速度になってますが、重量は8220lbsとありますね。
    RANGE・SPEED・CLIMB(148ページ)の重量欄では8220lbsはNORMAL COMBAT状態です。非武装のかなり軽い状態です。
    同ページのSPEED Vs. ALTITUDEのグラフにはWAR Emerg.とMilitaryの2本の線が引かれてますが、性能表の速度はWAR Emerg.のほうです。つまり戦闘出力です。
    日本側の481km/hの速度は公称出力、つまりMilitaryで計測されたものです。

    流星(GRACE)も同じです。346mphの速度に併記された重量11488lbsはOverload Bomber、つまり爆撃過荷です。流星は爆弾倉がありますので、爆装しても外形はクリーンです。
    雷装状態の速度はグラフのほうに3本の線がありますから一番遅いほうの線ですね。

    一般論に移りますが、翼面荷重が高く馬力荷重も高い爆撃機の場合、誘導抗力の関係で重量が速度に大きく影響してきます。
    この種の性能表はほとんどが計算値だと思いますが、状態に注目して性能を見ると面白く読むことができますね。
    超音速


  6. 米軍の数値は推定値ですからそれなりの数字と見た方が適切だと思います。
    天山の481km/hは海軍の性能要目表にある260ノットをkm/hに換算して小数点以下を四捨五入せずに切り捨てた戦後の数値です。
    偵察状態でも327マイルには届かないでしょう。

    また流星は試作時の略符号と試作計画名は艦攻ですが、新名称付与様式採用以降はその名の通り艦爆として扱われています。
    555km/hは単に300ノットから導き出された数値だと思います。

    そして、ミリタリー出力は日本海軍機の場合は公称馬力ではなく性能要目表には記載されない「戦闘馬力」に相当します。


    BUN


  7. JILLのSPEED Vs. ALTITUDEグラフの遅い方の線(Powers:Military)は最大速度が約300mph/16000ftで日本側の481km/hと一致しています。
    性能表のEngine欄のMilitaryも日本側の公称出力とほぼ一致しています。
    なのでこの資料では、Militaryは公称出力だと判断しました。

    GRACEのSPEED Vs. ALTITUDEグラフによると、やはり魚雷搭載時は10mphちょっと(20km/hほど)低下するようですから、天山も偵察状態では500km/hぐらいが最大速度だと思います。
    試算してみたところ重量が8220lbs(3732kg)になれば327mph(526km/h)は可能のようですが、この重量は自重と700kgぐらいしか違いませんから乗員・オイル・機銃弾等を積んだら燃料はほとんど積めません。実際にはほぼありえない状態だと思います。
    超音速



1655 第一次大戦時、軍事気球を多数落としたパイロットは、バルーンハンターなる称号を得たみたいですが
V-1飛行爆弾、ドローン、亜音速巡航ミサイルの類いを
ある一定数を墜したパイロットもエースパイロットと同じような扱いを受けるのでしょうか?
まさのり

  1.  同じような扱いを受けるかどうかは分かりませんが、こういう本が出ています。
     https://www.amazon.co.jp/V1-Flying-Bomb-Aces-Aircraft/dp/1780962924
     同書の紹介文には”In total, 154 pilots became V1 aces, 25 of whom were also aces against manned aircraft”とあります。
     
    hush


  2. hushさん回答ありがとうございましたす。
    まさのり



1654 中島九一式戦闘機一型(ジュ式発動機装備)についての質問です。
現在一般的に見られる九一式戦闘機の図では機首下部に張り出した整流覆(正式名称不明)は、左右に少し離れて並んだ2つの大きな突起として表現されています。(図A参照)
確かに、気化器空気取入口に取り付けられたエアスクープは一見左右に分離されているように見えます。
しかし、気化器本体の空気取入口は機首より下に結構突出していて、底部は左右水平で、中央が窪んでいるわけではありません。
したがって、あの位置で機首下部整流覆を左右に振り分けることはできません。
このことから、図Bのようになっているのではないかと私は考えています。
同エンジンで機首がほぼ同じ形状のBristol Bulldog MkII も、そのようになっています 。
https://c7.alamy.com/comp/2BW3NA5/a-bristol-bulldog-mk-ii-a-of-no-17-squadron-royal-air-force-at-royal-air-force-station-kenley-surrey-registration-k2216-following-its-accident-left-in-which-on-landing-while-braking-the-plane-overturned-the-pilot-was-left-the-crash-alive-however-the-airplane-damage-was-beyond-repair-the-crash-happened-during-rehearsals-for-empire-air-day-which-is-to-be-held-this-month-on-this-day-raf-aerodromes-will-be-thrown-open-for-public-inspection-photo-shows-s-the-bristol-bulldog-being-righted-by-ground-personal-post-accident-7-may-1936-2BW3NA5.jpg

ただ、機首下面を明瞭に確認できる写真をいまだ見つけられずにいます。
九一式戦闘機一型の機首の下から撮られた写真をご存知の方はおられませんでしょうか。
画像掲示板に図をアップしました
ROM


  1. エンジンを支えている柱の、左右のシリンダーの隣のパイプが吸気管ではないでしょうか。
    http://www.enginehistory.org/Museums/RAFLondon/BristolJupiter.jpg

    下記の一番下にエンジンの図、推測ですが気化器は左右に空気取り入れ口が有るのではないでしょうか、寿エンジンについては、まだ調べていませんが。
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/article/KF_2008-02.pdf

    下記2枚の写真では左右に空気取り入れ口が有ると思います。
    https://karopka.ru/upload/resize_cache/iblock/23c/900_600_1/photo_5_1348165755.JPG
    https://karopka.ru/upload/resize_cache/iblock/069/900_600_1/photo_3_1348165755.JPG

    Nakajima type 91 四面図
    http://target4today.com/Simple-Multi-View-Plans/N-images/nakajima91_3v.jpg

    下記から図面をダウンロード出来ます、参考になるのではと思いますが。
    http://www.airwar.ru/other/draw2/type91avions.html

    下記の中に写真も幾つか見れます、下から見たのはありませんが。
    Nakajima TYPE 91 Истребитель(中島91式戦闘機)
    http://www.airwar.ru/enc/fww1/type91.html

    百九


  2. 百九さま、数々の資料を提示くださいまして、どうもありがとうございます。
    type91avions.html の図はとても参考になりますね。

    確かにBristolJupiter.jpg を見ますとパイプ形状の吸気口があるようですが、
    https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a0/Bristol_Jupiter_VIIIF_2.jpg
    を見ていただくと良く分かるのですが(これ以上の写真は見つけられませんでした)、エアスクープの側面形状が九一戦そのものなのです。
    そして、中央にも空気取り入れ口が伸びているのが分かります。
    エアスクープの左右と中央とのつながりは
    https://www.flickr.com/photos/publicresourceorg/494012693
    が良く分かると思います。
    ジュ式エンジンの写真としては”中島 91式戦闘機の調査(その2)” 
    https://www.cit.nihon-u.ac.jp/laboratorydata/kenkyu/publication/journal_a/a39.1.8.pdf
    を参考にさせていただきましたが、空気の取入れは前方のみであることが分かります。
    (photo_*_1348165755.JPG はjupiterVIですが、このタイプの気化器では確かに横にエアスクープを取り付けた写真もあります。)
    KF_2008-02.pdf の図は九一式二型のものでエンジンが違い、吸気口も一型より上部についていて、一型のような大きな下部整流覆はありません。
    ポイントとしては、気化器本体空気取り入れ口が機首下部に突き出してる以上、あの位置で整流覆を左右に振り分けることは出来ないということなのです。
    ROM



  3. 寿エンジンについて、推測ですが。
    https://www.reddit.com/r/Warthunder/comments/lowzbh/nakajima_army_type_91_fighter/
    上記の写真を見ますと、下二つのシリンダーを除いて後ろに整流覆い?とでもいえる物がついています。
    下二つのシリンダーの後ろにある膨らみはシリンダーを冷却して熱くなった空気を気化器に送るための取り入れ口ではないでしょうか。
    気化器自体の取り入れ口は、下二つのシリンダーの間の一か所ではないでしょうか。

    百九



  4. 追加です。

    ジュピター発動機についてのまとめ
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/article/KF_2006-11.pdf
    3頁の、(ジュ式450馬力発動機の前面)を見て下さい。

    百九


  5. KF_2006-11.pdf の写真は”中島 91式戦闘機の調査(その2)”の写真と同一で、元々白飛びを起こしているためか中央から左右に続く箇所がわかりませんが(スクープ側面の補強リブも消えてしまっています)
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/AinPSB/Photos/Unknown/IJA_Type91Model1_Fighter_Noxx9.jpg
    だとはっきりしています。

    私も最初は下二つのシリンダーの後ろにそれぞれ単独の空気取り入れ口の膨らみがあるものと思っていたのです。
    ただ、その前端に突き出ている舌状の妙な物体の正体がとても気になりました。
    九一戦自体の写真は限られた状態のものしか見つからないので、ジュピターエンジン及びBristol_Bulldog の写真を探しました。
    その中で
    https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a0/Bristol_Jupiter_VIIIF_2.jpg
    を見つけたことで、その舌状のものがエアスクープそのものであることが分かり、左右と中央とのつながりも良く分かったのです。

    その後、九一戦一型取説の機首断面図やエンジン側面写真を調べていると気化器本体の最下部(=空気取り入れ口)が機首の下に結構突き出していることに気づきました。
    もちろんその中央も空気取り入れ口なので左から右に連続で突出するわけです。

    したがって中央部分が場所をとるので機首の下に左右それぞれ単独で大きな膨らみを一つづつ作ることは出来ないのです。

    ROM



  6. https://www.cit.nihon-u.ac.jp/laboratorydata/kenkyu/publication/journal_a/a40.1.7.pdf
    上記の(図4)を見ますと、
    気化器のところに饅頭を逆さにした形のものが見えます。
    これが吸気管だとしましたら、投稿図の様に二つの膨らみではなく大きな一つの膨らみになると思います。

    しかしそうしますと一つの疑問は、気化器はシリンダーを冷却して熱くなった空気を吸い込むことになります、これでは出力低下するのではないでしょうか?

    それから確認したいことは、
    (中島 ジュピター)と(中島 寿)は別物と考えて良いでしょうか?
    「九一戦、その変遷」
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/article/KF_2008-02.pdf
    上記の表1において、
    一型はジュピターVII.Fのライセンス品で、二型は九四式450馬力(寿五型)と言う事でよいのでしょうか?

    百九



  7. 愛国第37号 91式戦闘機正面 小布施号
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/AinPSB/Photos/Kurimoto/Kurimoto_109.jpg


    百九



  8. こちらと間違えました。
    『われ等の空軍』(大場彌平、昭和12年6月)に、同写真掲載。
    http://coah.pro.tok2.com/AvnHistory/AinPSB/Photos/Unknown/IJA_Type91Model1_Fighter_Noxx9.jpg
    百九


  9. 『われ等の空軍』今ヤフオクに出ているのですね。

    一型はジュピターVII.Fのライセンス品で間違いないようです。
    寿や九四式450馬力については
    http://hikokikumo.net/RC56-94sikiEG.htm
    でBUNさんが詳しく説明されています。

    a40.1.7.pdf の図4は全く違うエンジンですので形状も違うのかもしれません。
    (ジュ式の後面写真は見つけられませんでしたが、jupiterVIII の図
    https://www.picclickimg.com/00/s/MTEyNFgxNDA0/z/vtEAAOSwFN9d~1FD/$/Bristol-Jupiter-Engine-Maintenance-Manual-1930s-Ex-rare-_57.jpg
    と見比べますと、これは2連のように見えますので小さいのかもしれません)

    私はエンジンの機能については全く素人ですので良く分かりませんが、
    ジュ式発動機の説明書
    https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815769
    付図第二十(P149)とBristol_Jupiter_VIIIF_2.jpg を見比べますと同系統の気化器であることが分かります。
    そして九一戦のエアスクープ(普通の写真では前端部しか見えませんが)とBristol_Jupiter_VIIIF_2.jpg のエアスクープ側面は全く同一です。
    左右はシリンダを包み込むような位置にありますがそのまま気化器につながっています。
    ”中島 91式戦闘機の調査(その2)”のエンジン側面写真でも全く同じ位置にあります。
    エアスクープの下部は
    https://www.flickr.com/photos/publicresourceorg/494012693
    が分かりやすいです。
    Kurimoto_109.jpg もそうなのですがタウネンドリングとシリンダが肝心の位置にあって、エアスクープが良く写った写真はBristol_Jupiter_VIIIF_2.jpg しか見つけられませんでした。(現存ジュピターエンジンではありますが)
    ただ、今まで探した部分々の写真をつなげると間違いなくその形になります。




    ROM



  10. アラミイのブルドックはこれが確認しやすいです。
    https://www.alamy.com/a-bristol-bulldog-mk-ii-a-of-no-17-squadron-royal-air-force-at-royal-air-force-station-kenley-surrey-registration-k2216-following-its-accident-left-in-which-on-landing-while-braking-the-plane-overturned-the-pilot-was-left-the-crash-alive-however-the-airplane-damage-was-beyond-repair-the-crash-happened-during-rehearsals-for-empire-air-day-which-is-to-be-held-this-month-on-this-day-raf-aerodromes-will-be-thrown-open-for-public-inspection-photo-shows-ground-personel-and-a-pilot-left-unknown-if-pilot-of-crash-inspecting-the-crashed-plane-7-may-1936-image359654265.html

    Jupiter VIIF の側面図がありましたが、ご存じでしたらご容赦を。
    https://fullfatthings-keyaero.b-cdn.net/sites/keyaero/files/comment_forum/2017/12/06/Jupiter%207%20p156.jpg

    百九



  11. これで終わりにします。

    Bulldog Jupiter
    https://media.gettyimages.com/photos/9th-january-1930-mechanics-at-the-bristol-aeroplane-company-works-in-picture-id3431769?s=2048x2048
    https://www.gettyimages.no/detail/news-photo/mechanics-at-the-bristol-aeroplane-company-works-in-filton-news-photo/3431769

    エンジン無しの胴体側面
    https://previews.agefotostock.com/previewimage/medibigoff/faa10021c938aaddd16bf4952a91294a/mev-11953663.jpg

    百九


  12. 10. の側面図は初見です。”中島 91式戦闘機の調査(その2)”のエンジン側面写真は近くから撮影していて少し歪んでいますので、正確な側面が分かり私にとってとても貴重なものです。
    大変ありがとうございました。感謝しております。

    10, の写真と私の質問時の写真はシリーズで全5枚あります。
    しかし見るに人によってわかりやすいと思う写真が違うというのは深いですね。
    私は周りに同好の人がいなかったのでずっと一人で活動してきましたが、限界を痛感しています。

    既存の図面と違って九一戦一型の機首下部覆が2つの突起ではなく一つの膨らみであることが分かる写真は、少し不明瞭なもの(写角がとても浅いものとピントが甘いもの)であれば存在します。

    しかし、九一戦に興味を持つ人はそこそこいても大まかなイメージか性能、運用等に興味を持つ人が大部分で、細部形状に特に興味を持つ人はほとんどいないようです(このAnsqでも百九さまお一人のようです)ので、プラモのある程度のスケールの新製品でも出ない限り、これからも既存の図で続くのでしょうね。
    ROM



1653 第二次大戦時のソ連戦闘機と言えばYakシリーズ、Laシリーズが双璧ですが
その中でYak3の位置付けが今一つ分かりません。高性能な戦闘機と言うのは分かりますが、yak9から置き換えようという風にも見えません。更にyak9PやLa-9、La-11のような大戦後の機体もありません。ある意味その場しのぎの高性能機ということでしょうか?
まさのり

  1. BUN氏がいろいろクドい話で書いてますhttp://stanza-citta.com/bun/?p=90
    にも@コピペ。


  2. にも@コピペさん回答ありがとうございます。
    yak3はタナボタ傑作機。
    木金混合製機は耐久性に難があり当局としては全金属製機を欲してた。
    という感じでしょうか。
    となると英国は、モスキートの後継機にホーネットを作ったのは
    耐久性に自信があったのかそれともジェット機までの繋ぎだから短期間使えれば
    という考えがあったのでしょうかね。


    まさのり


  3. 大戦中は高性能なドイツ機と戦うため航続距離よりも空戦能力を重視しましたが、戦争が優勢になっていくと爆撃機の援護ができる長距離戦闘機が望まれるようになりました。
    Yak-3は軽量化のため燃料搭載量を減らしたので航続距離が短くなっています。翼面積も縮小したので再び燃料搭載量を増やすのは限度があるように見えます。
    Yak-3に適用した空力的洗練はYak-9にも(翼面積以外は)フィードバックしているので、相対的にYak-3の価値は低下したと思います。
    Yak-3のVK-107装備型は胴体外板もジュラルミン化されていて戦後も1946年半ばまで生産されてますが、1948年まで続いたYak-9より終了が早いです。
    やはり航続距離がネックだったと思います。
    超音速


  4. 超音速さん確かにそうですね。戦局が不利な場合は迎撃が主ですから航続性能よりは空戦性能。優勢になれば相手側に侵攻していくので航続性能も必要になってきますもんね。
    まさのり


  5. https://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/YAK.html
    上記の記事を信じるなら、俊敏なyakは襲撃機・爆撃機に密着しそれらを上空からの経空攻撃から直接援護、
    重いが突っ込みの効くlagg~laは上空の経空目標への「自由な狩り」、
    言及されてませんが無線が良く連絡の取りやすい西側貸与機は親衛部隊として大事な局面に集中投入、
    という使い分けが為されていた様です。
    基本平坦な陸地のヨーロッパ正面での戦いは、前線に近いところから離着陸して出撃すればよいので
    航続力距離が無いことが必ずしも致命では在りません、
    開発・兵站にそれほど負担がかからないのであれば空戦性能に全振りしたものと航続力を顧慮したものを同時に運用してもよいと考えたのでしょう。
    で、ジェット時代になるとこの前線近くからの離発着が困難になりますよね。

    モスキートは高速爆撃機で、戦闘機であるホーネットとはカテゴリーが違います。形が同じでも大きさが違うのはそういう意味です。
    寧ろデ・ハビランドが、レシプロ戦闘機ホーネットとジェット戦闘機バンパイヤをほぼ並行して開発した意味を考えましょう。

    にも@追加。


  6. デ・ハヴィランドは1949年初飛行のヴェノムまで木製構造を使いましたね。
    同社の一連の木製機は基本的に後継機が出るまでの短期間を想定して作られています。

    結果としてヴァンパイアはスイスで1990年まで使われましたが。
    超音速


  7. http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A005/A0001307.html

    モスキートの木製構造の耐久性について過去ログがありました。
    ご参考になれば幸いです。
    超音速


  8. 超音速さん重ね重ねありがとうございます。
    まさのり



1652 ドイツ空軍機のプロペラスピンナーの意匠について質問します。

ドイツ空軍機、別けても戦闘機、Bf109やFw190などで特徴的な物としてプロペラスピンナーのスパイラル模様(対空砲火よけの意)が有名ですが、これとは別にプロペラスピンナーを正面から見て60度〜120度ぐらいの範囲で塗り分ける意匠があります。

調べるとBf109E-4ないしE-7ぐらいから始まっているようですが、他国には類を見ないこのプロペラスピンナーの二色塗り分けの意匠は、前記スパイラル模様にあるように何らかの意があって行われたものだと思います。

このプロペラスピンナーの意匠について、その意味ないし起源についてどうか教えてください。

備後ピート

  1.  こちら https://www.quora.com/Why-did-German-aircraft-in-WW2-had-a-spiral-on-the-nose の一番上の回答によると敵味方識別用だったそうです。
     
    hush


  2. 失礼ながらhushs様は何か勘違いをなされているのでは?私が知りたいのはプロペラスピンナーのスパイラル模様についてではなく、あくまで二色塗分け意匠についてなのですが…。

    示された記述ではスパイラル模様が敵味方識別のための意匠であったことは示されていても、二色塗分け意匠については言及されていないように思えるのですが…。

    備後ピート


  3.  ですね。ごめんなさい。
     
    hush



  4. (Luftwaffe Camouflage and Markings 1933-1945)
    上記によりますと、機械翻訳ですが。

    「1941年8月15日に導入された6型のパターンの一つ。初期のBf 109 F型では、Bf 109 E型で使用されていたタイプ5のパターンが採用されていたが、Bf 109 Gシリーズの初期型でもこのパターンが採用された。」

    図面に(8-109)の記載がありますから、RLMの指示ですね。

    百九


  5. 質問者が伺いたいのは、V2報復兵器となったフォン・ブラウンの液体燃料ロケットが弾体の旋転を視認し易くする為に黒と白の大きな市松模様に塗り分けられていたような、機能上の理由が在るか否か、ではないかと思われます。
    にも。


  6. 1.でhushさん紹介のリンク先によると、識別用という以外に地上員への警告用という目的もあるみたいですね。
    超音速



  7. 質問者さんへ、宜しければ
    「Luftwaffe Camouflage and Markings 1933-1945(267MB)」を
    下記からダウンロードしてみて下さい、6日間保存されています。
    https://firestorage.jp/download/15e082da1effa1c2745fce5e251bd458b9e9ce93

    OCRソフト
    https://sourceforge.net/projects/capture2text/files/Capture2Text/
    その説明
    http://capture2text.sourceforge.net/#intro

    百九



1651 現代の戦闘機について調べていると、度々「ブロックxx」という言葉を目にします。ボンヤリ型番の様なものだと想像はできるのですが、正確な意味、定義を知りたいです。識者のご教示をいただければ幸いです。
高機動型雑魚


  1.  こちら https://w.atwiki.jp/army2ch/pages/160.html#id_ec85848b は、御覧になりましたか。
     
    hush



1650 豊中市の中学校所蔵の木製落下タンクが期間限定で人権平和センター豊中で展示されていました。

木製の落下タンクで塗色は灰色でオリジナルのようです。ラベルの容量が200リットルとされていますので、いわゆる「統一型増槽二型」にあたるものかと思います。

形状、給油口、バルブなどは高松市平和記念館所蔵のもの(
http://jmapps.ne.jp/takamatsu_bunka_center/det.html?data_id=2513)と同じで、貼付けされた2枚のラベルのうち、「取扱注意事項」のラベルは様式は異なるものの内容は一致しています。

豊中市の方のもう一枚のラベルには「名称:標準型木製落下タンク、製造年月日:19.9.30、容量:200立、製造所:東洋金属木工株式会社」などほか、番号、検印、自重、試壓の記載があります。

来歴はよくわからないそうですが、場所的に伊丹飛行場(大阪第二飛行場)の陸軍飛行隊などに関係するものかとも思うのですが、製造会社やタンクそのものにつきまして、何か情報をご存知の方がおられましたら、ご教示をお願いいたします。
トッキー

  1.  東洋金属木工株式会社が兵庫県にあったグライダーの製造等をやっていた会社としか分かりませんでした。
     
    hush


  2.  念のために書いておくと、壓は圧の旧字です。
     御存知だったら御免なさい。
     
    hush


  3. 参考になるか判断つきませんが、回答が付かなかった小生の過去質問です。
    http://www.warbirds.jp/ansqn/logs/A004/A0000956.html
    この質問の1つ目のリンク先に、「統一型増槽二型は容量200リットル。 木製合板張のものと、竹製布張のものがあった。」との記載があります。

    添付の動画によると、木製合板張の落下増槽にも布を張り付けるみたいですね。
    https://m.youtube.com/watch?v=PY6T0nZ4q1c&feature=related

    太助


  4. 東洋金属木工は昭和19年度の軍需省からの木製統一落下タンク二型の発注先として記録があったと思います。名称は落下タンクで、落下増槽は落下式増設燃料槽の略で海軍の用語で陸軍用には使いません。
    BUN


  5. hushさん いつもありがとうございます。大変、参考になりました。

    太助さん 参考リンクをご教示いただきありがとうございます。

    BUNさん いつもありがとございます。名称の件、参考になりました。不明を恥じております。ご指摘いただいた軍需省の記録、どこかで見ることは可能でしょうか?
    トッキー


  6. 防研で商工省/軍需省の資料を探すと見つかります。
    BUN


  7. BUNさん 何度もありがとうございます。資料、探索してみます。
    トッキー



1649 大戦中のイタリア軍機のカプロニCa311についてです。
胴体上部に銃座がありますがブレダ SAFAT 7.7mm機関銃の他に
用途不明のアンテナ状のものが伸びていますがアレは一体何なのでしょうか。
陸奥屋

  1.  http://aviadejavu.ru/Images6/AE/AE71-7/24-1.jpg の15番にはGun counterbalanceと書いてありますね。
     
    hush


  2. ありがとうございました
    バランス相殺みたいなものなんでしょうか。
    一応それらしき図面は同様に見つけたのですが用途がイマイチ不明でした。
    陸奥屋


  3.  イタリア語とかも調べてみたのですが、それ以上は分かりませんでした。
     お役に立てなくて、すいません。
     
    hush



1648 一式陸攻一一型の爆弾倉解放時(要はフタ無いとき)の速度低下を探しています。
一応過去ログも見ましたが、重複していたらすみません。

  1. 一一型の最高速度244ノットは爆撃正規状態ですから爆弾倉は覆いがありません。
    BUN


  2. ありがとうございます。あれだけ大きな穴が空いているのに、速度低下としては殆ど無いということですか。意外です。


  3. 「精密図面を読む」の諸元表によると、
    最大速度 攻撃正規 231kt/4200m
    同    偵察正規 240kt/4000m

    となってました。
    超音速


  4. 1の244ノットは高度5900mで、3と数値が異なりますが、1で参照した資料が昭和20年7月の性能要目表で、そこでは二速公称が1300馬力/6000mとなった火星一五型に換装した後期の一一型(仮称一三型)で記載(発動機はハ32−15とされている)になっているためと思います。
    BUN


  5. 高度5900mでの速度変化を試算すると、244ktにほぼ一致しました。
    超音速


  6. ありがとうございます。9ノットも変わるのですね。
    火星一五型を装備した後期一一型に爆弾倉扉があったなら、高度六千で優秀な爆撃機ですね。


  7. 爆弾倉扉については、過去ログ番号1630で話題になりました。
    超音速


  8. 爆撃時の減速と、操縦性能と爆撃精度の悪化がとりわけ問題だったのですか。知りませんでした。
    あれだけ大きい切り欠き部がポッカリと口を開けているのだから、大きな空気抵抗源になるのは当時も重々承知していたけど、デメリットの重さを考慮していたのですね。



1647 日本海軍が零戦以降、烈風まで艦戦を試作しなかった理由は何でしょうか。

条約制限下で空母改装を前提にした覆面軍艦や商船を熱心に用意していたのに比べると、不思議です。

米海軍はレシプロだけでもXF5F、F6F、F7F、F8F、F4U、XF5U、F2G、XF8B、XF14C、XFL……、英海軍もシーフルマー、ファイアフライ、ハリケーン、シーファイア、シーファング、シーフューリーと開発を進めています。

陸戦・局戦は後の月光、雷電、紫電、十七試陸戦、陣風、閃電、天雷、震電……と多数計画されており、あえて基地航空隊を重視していたようにも見えます。
ヘイミー

  1.  烈風の開発計画自体は1940年にはスタートしてます。零戦の不具合対応やモデルチェンジ、そして雷電の開発で開発陣が手一杯だったことと、烈風が積むべき小型高出力エンジンの開発の目途が立っていないことから一旦中止になっています。
     実際のところ、海軍やメーカーの開発陣は間断なく仕事を続けていたような状態だと思います。ギャップがあるように感じられるのは初飛行以後の状況しかご存じないからではありませんか?
    おうる


  2. http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000808.html

    過去ログ
    超音速


  3. ありがとうございます。
    適切な発動機がなく十七試艦戦になったとして、その間十四試局戦、十五試水戦があり、その後も十七試局戦十八試局戦と艦上戦闘機以外の試作が続いています。
    開発が途切れなく進んでいるのは理解しましたが、艦上機ではなく局戦や水戦が多いのが不思議なのです。
    ヘイミー


  4. >1 昭和十五年に烈風の開発がスタートしたとは言えません。実用機試製計画に十六試艦戦の試作スケジュールが記載されただけです。

    海軍の単発戦闘機は艦戦を陸上基地で使用したように、局地戦闘機も適切な性能の機体があれば艦戦として使用する動きがあります。例えば十四試局戦は火星装備に決定して計画要求がまとまる昭和十五年以前の構想段階では艦戦としての使用も視野に入れた研究が行われています。その後も烈風の初飛行を待たずに紫電改の艦戦化研究が進むように、艦戦と陸上用単座戦闘機は互いをカバーし合う余地があると考えられていた点も見ておくと十二試と十七試の間が単純に空白だったわけでもないことがわかります。
    BUN


  5. BUN様ありがとうございます。
    スッキリしました。
    漠然と海軍だから艦上機を優先するはず、と思っていました。
    それにしても、こうしてみると日本海軍航空隊は空軍のようですね。
    ヘイミー


  6. 第五次計画以降の海軍軍備は確かに空軍化を目指していますね。
    BUN



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