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3075 はじめまして、蒼穹というものです。

突然ですが、私の今は亡き祖父が、旧日本海軍の航空整備士として働いてい
ました。
祖父は、おそらく、戦艦、巡洋艦などの水上偵察機?の整備士であったと考
えられます。勤務地は千島方面と聞いております。

ここで質問なのですが、千島方面に母港を置いていた海軍艦艇をご存知ない
でしょうか?祖父が乗船していた船は、戦没しております。
おそらく、千島より南方に配置換えされ、最期は戦没したようです。
蒼穹

  1. 旧日本海軍の戦艦・巡洋艦の「母港」は呉・横須賀・佐世保・舞鶴のどれかですので、「千島方面に母港を持つ戦艦・巡洋艦」はありません。
    Ranchan

  2. ついしん
    1.はWW2参加艦艇のお話です。
    Ranchan

  3.  太平洋戦争中、千島方面で活動していた水上機搭載水上艦ということであれば、42年春から44年夏の間、アリューシャン攻略作戦終了後、北方警備の任に就いていた第五艦隊の所属艦、即ち重巡「那智」「摩耶」、軽巡「阿武隈」「木曽」のいずれかである可能性が高いと思われます。
     この四隻の内、「那智」「摩耶」は43年夏〜秋(キスカ撤退のすぐ後)に、「阿武隈」は44年夏(台湾沖航空戦の少し前)に、「木曽」は44年秋(レイテ沖海戦終了後)にそれぞれ南方に転用、44年10〜11月の間に全艦がフィリピン周辺で戦没しています。
     また水上機母艦「秋津洲」も43年半ば頃に輸送任務のため千島方面に来ているようですが、短期間しかいないので可能性は低いと思われます。
    T216

  4.  訂正。
     誤:42年春から44年夏の間、アリューシャン攻略作戦終了後、北方警備の任に〜
    → 正:北方警備や42年春のアリューシャン攻略作戦、44年夏のキスカ撤退作戦に〜
    T216

  5. 戦艦、巡洋艦ではない特設艦艇ですけど、君川丸の可能性が大きいと思います。
    tackow

  6.  すいません、更に訂正というか追加というか…。
     第五艦隊には軽巡「多摩」も所属していました。
     この艦は44年夏に南方に転用、やはり他の四隻と同じ時期に同じ海域で戦没しています。

    > 5.
     君川丸…正規の水上機母艦は当たったのですが特設水上機母艦はまったく頭に浮かびませんでした(汗
     41年7月に軽巡「木曽」「多摩」と共に第五艦隊第二十一戦隊を編成(ただしこの時点では改装中)、その後千島・アリューシャンで水上機輸送任務などを行う、43年10月特設運送艦に類別変更、44年10月23日フィリピン西北海域で戦没……なるほど、可能性高そうですね。
    T216

  7.  補足
     君川丸はアッツ島に置かれた水上機基地の支援業務を中心に活動しておりました。
     この船に関しましては、http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~museum/19441023kimikawa/kimikawa.htmに極めて要領を得た説明があり、そのページの左上の写真と記されたリンク先には往事をしのばせる船影が収録されています。
     なお、航空隊関係の各種編制がhttp://www.asahi-net.or.jp/~zq9j-hys/navy5.htmに収録されています。
     また、海軍水上戦闘機隊についてはhttp://www2.cty-net.ne.jp/~purejwp/zakki/smenu.htmに「日本海軍水上戦闘機隊」から交戦記録のみを抜き出されたものが紹介されています。
     

    hush


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