QQCCMMVVGGTT
3127  日本空母の艦長の履歴を見ていたのですが、艦を失うということはかなりの失点のようで、生還した艦長の以降の職務は日陰っぽく思えます。

 逆に被弾で済んだ翔鶴の城島艦長、有馬艦長、瑞鳳の大林艦長は航空戦隊の司令官になっていて対照的です。

 この辺の戦時でも艦を失うのは大失点でキャリアの終わり、被弾はあまり失点にならない、という認識は公的というか常識だったのでしょうか?
 また、英米でも生還した艦長は不遇なのでしょうか?
剣高

  1.  英米の場合、艦の喪失(もしくは作戦失敗)時に指揮上落ち度があったとされれば、以後のポストは不遇になります。落ち度が無いと判定されれば影響はありません。
    大塚好古

  2. 質問に質問を重ねて申し訳ありませんが、
    米国流の評価では生還した、

    祥鳳・赤城・龍驤・翔鶴・大鳳・飛鷹・瑞鳳・天城

    などの艦長はどう評価されるのでしょうか?
    艦長レベルではどうしようもない空母喪失と思われるケースが殆どではないかと思います。
    剣高

  3.  人事は専門外なのですが、比叡の西田艦長、赤城の青木艦長などは不遇をかこったようであります。
     英米でも、艦を失う事はキャリアの終わりを意味する場合もあったようです。
     ただ、それが過失でない場合は不問に付されるのは1で述べられている通りです。
     しかし、その価値観で日本式のやり方を評価しようにも、死生観から異なっておりますので、どういう意味があるのかとは思いますが。

    hush

  4. >艦を失うということはかなりの失点のようで、生還した艦長の以降の職務は日陰っぽく思えます。

    他はよくわかりませんが、「大鳳」「翔鶴」「飛鷹」の艦長は、艦を失ったあとに冷遇されていたとは思えません。
    川崎まなぶ

  5. >>3.
    比叡艦長は乗艦の最期を看取らなかったので致し方ないのでは・・・

    >>4.
    その頃は負け戦で乗艦を失うコトが日常茶飯事だったからでしょう
    駄レス国務長官

  6. >5

     比叡艦長は米軍でも「艦の過早放棄」を追求されて不遇になる気がします。
    大塚好古

  7. 日本空母の艦長については各種書籍で豊富に紹介されていると思いますので、ここでは便利なサイトを御紹介しておきます。
    http://homepage2.nifty.com/nishidah/index.htm
    の「ヒト」から該当人名を探してみてください。大変秀逸なページで、大型艦の艦長を務めた世代ならほぼコンプされてあります。

    イギリス空母とその艦長ですが、大戦前半期、それも大型空母に偏っていて申し訳ありませんが、下記の通りとなっています。
    1、1939年9月17日、カレイジャス沈没。艦長メイケーグ・ジョーンズMakeig-Jones大佐戦死(退艦可能であったにも拘らず沈没する艦に残ったそうです)
    2、1940年6月8日、グロリアス沈没。艦長ガイ・ドイリー-ヒューズGuy D'Oyly-Hughes大佐戦死(戦艦に撃沈された上に護衛艦も全滅)
    3、1941年1月10日、イラストリアス大破。艦長ボードD W Boyd大佐→そのまま地中海艦隊空母戦指揮官に昇任(少将昇進)。下記URL参照
    http://www.kcl.ac.uk/lhcma/locreg/BOYD2.html
    4、1941年5月26日、フォーミダブル大破。艦長ビセットA W La T Bisset大佐→少将昇進。後護衛空母戦隊、H部隊次席指揮官などを歴任。下記URL参照
    http://www.kcl.ac.uk/lhcma/locreg/BISSET.html
    5、1941年11月14日、アークロイヤル沈没。艦長ロビン・モーンドLoben Maund大佐→中東・インド方面航空部隊監督。下記URL参照
    http://www.kcl.ac.uk/lhcma/locreg/MAUND1.html
    6、1942年4月9日、ハーミス沈没。艦長オンスロウOnslow大佐戦死(南雲部隊の艦爆に滅多打ちにされた上に随行艦も喰われた)
    7、1942年8月11日、イーグル沈没。艦長マッキントッシュL D Mackintosh大佐→ヴィクトリアス、インプラカブル艦長、海軍航空参謀長。下記URL参照
    http://www.kcl.ac.uk/lhcma/locreg/MACKINTOSHOFMACKINTOSH.html

    一目瞭然で判るとおり、生還している限りは殆どが航空関係の仕事を続けており、しかもなんらかの機会に昇進を経ています。
    アークロイヤルのダメコンにミスったと考えられなくも無いモーンドさんが中東方面に移っているのは微妙なところですが、当時日本軍の快進撃によりインド方面に危険が迫りつつあった状況を考えれば、この移動をもって「左遷・閑職」と考えるのは無理があるところであると思います(後に少将に昇進していますし)。
    結局のところ、大型空母を切り回せるような人材が貴重であることは英海軍においても変わりなく、明らかな失敗でもない限り明確に左遷と思われるような処罰は下されなかったのではないかと考えます。

    米海軍については…もっと詳しい方お願いします(汗
    烈風天駆

  8. ご回答ありがとうございます。
    浮き続けた赤城や飛龍の処分の時期の判断は難しそうですね。

    被爆した3空母の艦長が出世したのは偶然でしょうか?
    剣高


Back