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3186 いつもながら日本海軍の潜水艦についてですが、「多品種少量生産などせず、中型潜(呂35型)を量産すべきだった」とはよく見かける論です。
しかし当時の日本では主電動機と潜望鏡の生産性が悪く、少数精鋭主義になり、それがマル3計画以降の大型巡潜への傾倒につながったとも読んだ事があります。
一体当時の日本で中型の量産は実際に可能だったのでしょうか?
また主機関の22号機関も、月産10台とありますが甲型海防艦の生産をみれば本当にそんなに順調につくられていたのか疑問です。これも実際にはどうだったのでしょうか?
mas

  1. 戦前日本が潜水艦向けに考えていた任務は大きく4種に分かれます。

    1.遠洋作戦用の甲型(巡潜型)
    2.艦隊戦闘用の乙型(海大型)
    3.局地作戦用の丙型(海中型)
    4.機雷敷設用の丁型(機雷潜型)

    これらの任務は互いに重複する部分がありますが、全ての任務を一艦種に担わせるのはやはり無理です。

    で、本題の中型ですが、日本の基本方針は平時には建造困難な大型艦に努力を傾注し、
    量産の効く中・小型艦はテストタイプを少数生産しつつ技術を向上させ、有事に量産に着手する、です。

    ですから量産の能力があろうとなかろうと、平時において中型潜水艦の量産を行うつもりは全くありませんでした。
    勝井

  2. というか、中型を量産したところで、どこで使うというのでしょうか。
    大西洋の狭さを忘れ、太平洋からインド洋にわたる日本の作戦海域の広大さを無視した意見のように思えます。
    海大型でさえ、航続距離(つまり燃料搭載量)、搭載雷数、糧食積載量などからする行動可能期間の不足に悩んでいた状態に、それより居住性が悪く、それら各搭載量も少ない中型を多数造ったところで、潜水艦を第一線よりも外に出すことができなくなってしまうでしょう。
    もし、敵の後方深く通商破壊に使おうというのならなおさらのことです。
    マル3以降の巡潜重視、というより海大型の高速性能をも吸収合併したような新型巡潜群は、決戦海面の延伸とそれに伴う長距離長期間の追攝行動に対応したものではなかったでしょうか。

    それはそれとして、日本海軍が防勢作戦一辺倒となって、しかもそれを航空機に頼らずに中型を量産することによって達成しようという、非常に考えにくい阿呆みたいな作戦を取ったものとして考えるならば、不可能とは言い切れないと思います。
    さすがに7型Uボートのような大量産は望めないことでしょうけれど、100隻単位で造ることは十分可能だったと思いますよ。

    >1
    潜水艦の甲乙丙丁ってそういう区分だっけ??
    まなかじ

  3. >2.
    B計画のではなく、昭和2年頃の研究が元です。
    ああ失礼、仮称でした。

    出典は毎度おなじみ『海軍軍戦備(1)』
    勝井

  4. なお、この頃日本が中型潜水艦に求めていた性能は
    魚雷4射線以上、速力水上17ノット以上/水中9ノット程度、
    航続力6000浬/10ノット、行動能力1.5ヶ月です。
    勝井

  5. 艦本式22号を搭載した艦は以下のもの
    駆潜艇
     1号型、3号型、4号型(6型と8型)2基、計12隻(但し、全艦戦前完成)
    海防艦
      甲(10型)2基、計55隻(占守型4隻以外は18〜20年就役)
    潜水艦
     甲型改1、改2、乙型改2、丙型改、中型、潜補型、潜特型、計31隻(未成除外、18年〜20年就役)

     各艦2基ずつ搭載なので、18年〜20年の約二年間(24ヶ月)で86隻x2で172発、未成も含めれば180〜200機ですから、ピーク時なら月10基の製造だったというのは頷けます。

    SUDO

  6.  ああ、ごみん51+31で82隻、164発、24ヶ月で平均6.83発です。
     まあ、つまり月産10基というのは、そんなところでしょうという数字ですね。
    SUDO

  7. 皆さん、早速の御回答ありがとうございます。
    よくわかりましたが、マル臨以降の戦時体制への建艦計画として中型により重点を置いた考えもあったのではとも思ったりもしましたので。井浦氏の「潜水艦隊」に、建造中の中型にも新海大型なみの航続距離を持たせるよう順次設計変更をした云々という記述もありましたので、ある程度の汎用性を持ちえたのではないかなと。
    でも戦中に中型ではなく戊型の量産が計画されてるという事からも、中型の性能では汎用艦として事足りるものではなかったのかも知れませんが。
    mas

  8.  母体となった呂三三型の当初構想とは異なり、呂三五型(海中型)は海大型に代わる巡潜型を補助する長距離作戦用の艦隊型潜水艦として整備されています。○臨以降の計画で潜水艦部隊の主要兵力を占めるはずの海大型が整備されず、代わって海中型が兵力の1/2〜1/3を占めるような計画とされたり、また本来中型の任務とされていた局地防衛用として小型(呂一〇〇型)が合わせて整備されたのはこのためもあります。
    大塚好古

  9. >1
    masa

  10. >1
    ありがとうございます。ついでで申し訳ないですが戦争が進み昭和18年のマル戦計画で戊型の量産が計画された際にも並んで中型も計画されていますが、この時点での中型の位置付けはどう考えられてたのでしょうか?戊型が量産されれば戦況からみて中型の役割も戊型で代替できるかと思うのですが。
    mas


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