930  三菱の火星エンジンについて質問します。
 火星は金星を元に、より大馬力を目指して開発されたと理解していますが、その際、ボア・ストローク共に変更して14気筒のままで大排気量化するのではなく、気筒の大きさはそのままに18気筒化して大排気量化するという案はなかったのでしょうか。
 当時18気筒化するには何か大きな技術的障害があって、14気筒しか選択肢がなかったのでしょうか。
 後にハ43が開発されており、その排気量は火星とほぼ同じ、直径は小さく馬力はやや上回っているため、重量以外は火星を上位互換するものだと思います。これを火星と同じ昭和13年に開発開始していればとふと思ったのです。
 ご教示いただければ幸いです。
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  1. 火星は初号機の完成が昭和13年です。
    計画の元となったのは海軍が昭和10年に海軍が発動機一新のために命じた十試試作発動機群のうちにある十試空八〇〇馬力発動機です。この試作作業が中断を挟んで改計画されたものが十三試へ号ですから、試作計画の名称が冠する年式を改めて十三試とされていても、13年度に初めて試作に着手したことを意味していません。
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  2. 複列星形でありつつ空冷であるものの気筒数を増せば、気筒間の隙間がどんどんギチギチになって、冷却が困難になる。この解決には相応の蓄積が必要だった、ということなのだと思います。14気筒のまま大型化する方が、クリアしなければならない問題が遥かに少なくて簡単だったのです。

    大直径の火星は双発機以上の大型機用のものであり、A20は出発時には単座戦闘機などの小型高速機用のものであって、結果的には火星の上位互換用という扱いにもなっていきますが、本来的には単純にそういう関係ではなかったということがあります。大型機用としては単純に大きくして構わず、18気筒にして冷却に苦しむまでもなかったのです。

    火星と並んで小型高速機用として作られたのは瑞星です。小直径にすること機体全体の空力的改善をはかることで高速を実現できないかという思想のもとにあるもので、パワーはやや二の次に置かれています。昭和10年頃にはそうした考え方が主流的であったわけです。


  3. ご回答ありがとうございました。

    火星は金星40型が採用されてからそれを元に開発されたと思っておりました。

    もし火星が金星の18気筒版として完成していたら、昭和15年ごろに戦闘機に十分搭載可能な大きさで信頼性もある1500馬力の量産エンジンが手に入ることになり、その後の航空機開発も大きく違ったのではないかと思ったのですが、その時点での18気筒エンジンの量産は技術進歩のタイミング的に不可能だったのですね。

    92オクタン1段2速過給の14気筒で1500馬力出すには排気量40L前後は必要ですし、そうなると直径はどうしても1300ミリ前後になるので結果的に爆撃機用とされるであろうことを考えると、昭和10年当時のエンジン戦略は正解だったように思えてきます。

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  4. 「結果的に爆撃機用」というよりも、その当時では、爆撃機が十分高性能であれば戦闘機を退け得ると考えられていましたから、爆撃機用として戦略的に目的設定して大型の大馬力発動機を求めようとしていた、といってよいのではないかと思います。



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