リノ・エアレース観戦記 2012年 アンリミテッド・ゴールド決勝


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アンリミテッド決勝は若きスティーブン・ヒントンの駆る No.7 ストレガ、スチュワート・ドーソンの No.77 レアベア、元スペースシャトル船長フート・ギブソンの No.232 セプテンバーフューリー、トム・リチャードの No.38 プレシャスメタル、デニス・サンダースの No.8 ドレッドノートというコワモテ連に、同じく元宇宙飛行士カート・ブラウンの駆る R-3350 シーフューリー No.71 ソウボーンズ、シルバーから繰り上がったリノの女王 No.11 ミス・アメリカを駆るブラント・ハイジイという顔ぶれとなりました。本当なら「大物殺し」No.86 チェックメイトとドレッドノート宿命のライバル・R-4360 シーフューリー No.15 フューリアスが加わるはずだったのですが、チェックメイトはレース直前に主翼桁の亀裂が発見されて出場取りやめ。フューリアスは木曜日の予選で引き込み脚が出なくなるトラブルに見舞われ、無念の胴体着陸でリタイアでした。

P-51 改造レーサー No.7「ストレガ」は無茶苦茶に速い機体で、90 年代のリノではレアベアと並んで「常勝組」「勝ちすぎて面白くない」とまで呼ばれていました。しかし 99 年以降には相次ぐ故障に祟られ、あと1勝でダリル・グリネマイヤーとタイになるリノ7勝のマジックナンバーに賭ける「タイガー」ディステファニーの苦闘を何度目撃したことか…莫大な散財と苦労の果てにディステファニーが悲願の7勝目を掴んだのが 2008 年。彼は肩の荷が降りたようにエアレースからの引退を宣言し、しかしストレガはスティーブ・ヒントンの息子、若きスティーブン・ヒントンの手でウイニング・ストリークを更新し続けることになります。今年 2012 年のリノ予選でもストレガの速さは圧倒的で、かつて「ガラスの心臓」と呼ばれた、いつ白煙を吹いてプルアウトするかという不安とは無縁に見える安定した強さを誇っていました。

No.77「レアベア」はリノ・アンリミテッド通算 10 優勝を誇る F8F 改造レーサー。元海軍パイロットのライル・シェルトンの手により、1960 年代に飛行場で野晒しにされていた半残骸状態から再建された機体で、現役リノレーサーのなかでは最古参にあたります。90 ン絵代には資金繰り悪化や相次ぐ故障・不時着でレース引退かと思われていましたが、レースファンからの励ましや募金活動もあってレースに復帰した機体で、リノに集うレースファンからは特別な愛着を寄せられている機体です。今年この機体を駆るスチュアート・ドーソンは R-3350 シーフューリー No.105「スピリット・オブ・テキサス」でずっと出場していたベテランですが、大柄で翼面積にも余裕のあるシーフューリーにくらべると、もともと切り詰めた F8F に一回り大きなエンジンを載せたうえに翼端を切り詰めたレアベアは著しく操縦が難しいことでも定評のある機体です。また今年のベアはエンジン冷却に問題を抱えており、しょっぱなは威勢が良いものの、3 周ほど飛ばしたあとはペースが落ちるという不具合に苦しめられていました。

No.232「セプテンバー・フューリー」は熱烈なエアレースファンのマイク・ブラウンが、レアベア・ストレガ・ダゴレッドの3強とガチ勝負を挑むため徹底的な改造を施した R-3350 シーフューリーのレーサーで、実際 2006 年には真っ向勝負の末にストレガを下して堂々のゴールド優勝を飾っています。しかしその直後にリーマン・ショックが起きてアメリカの不動産業は激動に見舞われ、ブラウン氏も所有機の全てを手放すことを強いられました。その後どんな経緯があったのやら、とにかく今はフート・ギブソンの手で出場しています。ギブソンは R-3350 シーフューリー No.99「リフ・ラフ」でリノ・アンリミテッドに 10 年以上も出場している常連で、誰よりも低くパイロンをかすめるように飛ぶ技術には定評があります。

No.38「プレシャスメタル」は過去に3機存在したグリフォン・ムスタング(No.5「レッド・バロン」、No.38「ミス・アシュレイII」)のなかでただ一機現存する機体。3翅×2の2重反転プロペラには中二魂を揺さぶるメカニカルな魅力がありますが、スピードは決して速くはなく、ずっとブロンズやシルバークラスの常連でした。エンジン馬力にはまだ余裕があるが冷却が先に追いつかなくなるとのことで、今年は冷却系を強化して本気モードでゴールドクラスに挑みます。レース前に撮影された写真では川崎キ-60 のようにラジエター吸気口を前方に延長したダクトが見られ、これが秘密兵器か!と話題になりましたが、この延長ダクトは本戦では使用されずじまいでした。

No.8「ドレッドノート」は 28 気筒 3000hp の P&W R-4360 を積んだシーフューリーで、冷却能力強化のため左右の翼付け根にオイルクーラーが設けられています(原型機では左翼のみ)。一回り大きなエンジンに換装した割りには違和感がなく、ホーカー社で制式に試作された機体だと言われたら信じてしまいそうなくらいまとまっています。ドレッドノートは 83 年のリノ初登場でいきなり優勝をかっさらい、一時的な R-4360 ブームを巻き起こしました(No.15 フューリアス、No.1 スーパーコルセアが続いた)。定格の倍ほどもブーストをかけて気狂いパワーを搾り出すマーリンにくらべ、排気量に余裕のある R-4360 は通常ブーストでも上位入賞を狙えるため、リタイヤも欠場もほとんどなく毎年安定した成績を収め「故障知らずの強者」「賞金稼ぎ」と呼ばれていました。90 年代には故障に祟られていた時期もありましたが、ここ 10 年ほどは「故障知らずの強者」の通り名に恥じない活躍を見せています。

No.15 フューリアスも R-4360 シーフューリーで、「ドレッドノート」の異母兄弟のような機体です。かつてセントーラス搭載のシーフューリー No.16「ベイビー・ゴリラ」で出場していたロイド・ハミルトンが本気優勝を狙って作った機体ですが、ドレッドノートとは対照的に故障に祟られて成績は安定しませんした。そのあと数度のオーナー変遷を経ながら散発的にリノに姿を見せていましたが、いまだ上位入賞に食い込んだことがありません。ストレガの異母兄弟 No.5「ブードゥ」とならび、実力はあるのに何故か悪運に見舞われているレーサーです。今年も予選ではトップクラスのラップ速度を叩き出し期待されてたのに、まさかの引き込み脚トラブルで不時着し大ダメージを受けてしまいました…。

No.86 チェックメイトはロシア製 Yak-11 高等練習機に R-2800 を積んだ機体。頭でっかちの異様なスタイルは、日本の飛行機ファンからはキ-44 鍾馗に例えられることがあります。優勝経験はありませんが何度も上位入賞しており、ふたまわりも大きなシーフューリーに果敢に食いついてゆく姿から「大物殺し(Giant Killer)」の異名を取っています。今年は新造した層流断面の主翼に換装して出場ということで期待されましたが、その主翼のトラブルで出場できませんでした。

予選ではストレガが圧倒的に速く、2番手に半周以上も差をつけてのフィニッシュが相次ぎ、エンジントラブルさえなければまず優勝だろうと見られていました。2・3番手はレアベアとセプテンバーフューリー、4・5番手はプレシャスメタルとドレッドノートが激しく接戦を演じており、レースの駆け引きとしてはむしろこちらが見所だろうと思われていました。6番手のソウボーンズは置いてけぼり、シルバーから繰り上がったミスアメリカに至っては「あ、君もいたんだったね」というくらいの存在感…レギュレーションが最も緩いアンリミテッドは、エンジン馬力の差(エンジンチューンに掛ける金の差、と言っても過言ではない)が残酷なほど正直に成績に現れます。空力洗練よりも操縦技量よりもエンジンパワーがモノを言う世界、しかしやり過ぎて一線を越えると全てがご破算になってしまう世界、それがリノ・アンリミテッド・ゴールド…という話は以前にも書きました。

さてネヴァダの気まぐれな突風も天候急変もなく、素晴らしい天候のなか迎えた日曜のアンリミテッド・ゴールド決勝。予想どおり真っ先に飛び出したのは白い機体下面を輝かせたストレガ。予選で3番手に付けていたレアベアも半周で飛び出してセプテンバーを抜き、観客席は声援に沸き立ちます。しかし課題のエンジン過熱はどこまで抑えることができるのか…。
プレシャスメタルはドレッドノートを相手に健闘して3番手に付けていましたが、1周目を回ったところで双眼鏡を覗くとと…左の主輪カバーが開いている?!ムスタングの主輪カバーはラジエターインテイク直前にあるため、これが開くと冷却に支障が出ます。そうでなくとも脚カバーが開いた状態で 700Km/h オーバーの飛行を続けるのは危険極まりなく、いつ変な震動が起きたり脚カバーが吹っ飛んだりしかねません。プレシャスメタルのゴールド挑戦は 1.5 周でのリタイヤに終わりました。
セプテンバーを抜いて2番手に上がったレアベアですが、半周先を飛ぶストレガとの距離を詰められません。むしろじわじわと離されてゆきます。ストレガは周回遅れのミス・アメリカを楽々と抜き、同じムスタングでも準ノーマル機と本気レース仕様の違いを見せ付けます。一方のベアはレース半分を過ぎたあたりで過熱が問題になったのかペースを落とし、序盤に抜いたセプテンバーに抜き返されて3位に後退しました。そして残り1周というところで遂にメイデイコール、プルアウト…客席には溜息が広がりました。しかし皮肉だなぁ、2000 年頃にはこの逆の光景をさんざん体験したものだったのに。野太い爆音を立てて飛ぶレアベアに、エンジンブロー寸前の金切り声を絶叫して迫るストレガ、そしてあと1・2周を残して無念のプルアウト…これを何度目撃したことか。

「ガラスの心臓」の予兆を全く感じさせることもなく、No.7 ストレガは圧倒的なリードを保って優勝。二位は No.232 セプテンバーフューリー、三位は No.8 ドレッドノートという、強豪3機(レアベア、フューリアス、プレシャスメタル)が脱落したら「まぁそうなるよなぁ」という結果でした。


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