ルナールR.31/32

 アルフレド・ルナールの設計になる本機は、鋼管骨組に羽布張り(機首及び脚スパッツは金属外被)、高翼単葉の直協偵察機である。
 高翼といっても胴体中央の塔状支柱に微妙に高さをつけて配置してあり、パラソルと高翼の中間とも言えようか。
 この支柱はやたらと前方視界を邪魔しそうなのだが、座席高さは簡単且つ大きく変更できるようになっており、これで案外視界は良好であるという。それがどのくらい実用的なのかという疑問も湧くのではあるが。
 ブレゲー19の後継機として計画され、初飛行は1932年10月16日である。
 試験の結果、やや不満はあるものの1934年3月に28機の発注を受け、1935年8月に6機が追加された。どうやら、ベルギー国内の航空機産業育成という思惑が働いたらしい。
 内訳不明であるが、生産はルナール社とSABCA社の工場に振り分けられた。
 また、試作機は後に650馬力のロレーヌ・ペトレルを搭載して試験されたが、採用は見送られた。
 量産機は第9・第11観測飛行隊のブレゲー19と交代して配備された。
 不満というのは横安定過剰であることで、微妙な針路調整が難しく、早い話がなかなかいうことを聞かない飛行機であった。
 このため、爆撃装備はいちおうついてはいるが役に立たないとして使われたことはなく、また、着陸事故も多く、1935年末に34機あったものが1940年5月の開戦時には21機にまで減っていた。ほぼ1年間に3機を失っているわけで、そのほとんどが着陸事故であった。
 とはいえ、地上では扱いやすく、整備性も良好で、構造も頑丈であり被弾には強かった。
 開戦時、各飛行隊ともにリエージュ=ビエルセットにあり、間もなくデューラに移動、激しく損害を出しながらも18日間の短い戦闘期間中に両飛行隊合わせて54ソーティをこなしたが、残存機は自軍の手で破壊された。

 根本的な改良型として1935年にR.32が計画され、1936年8月にまずグノームローン14N01を搭載して初飛行した。
 視界を改善するため、主翼とコクピットの位置関係をウェストランド・ライサンダーに準じて改正したもので、操縦性も多少改善された。
 グノームローン14Nは間に合わせのもので、本命のイスパノスイザ12Ybrs(830馬力)を搭載した2号機は初飛行で350km/hを出したが、その直後エンジン排気が操縦室に侵入しだし、なまじ密閉コクピットになっていたので操縦士は耐えきれずに機体を放棄して脱出、試作機は失われた。
 その後、後継機にはフェアリー・バトルが採用されることとなり、以降の開発は中止された。

(文:まなかじ)


特徴がなさそうでありそうで・・・

機首下面パネルは取り外されています。主翼と胴体を結ぶ塔状支柱に注目

R.32グノームローヌ装備。キャビン周りに注目

諸元(R.31)
全幅14.40m
全長9.19m(三点姿勢:9.24m)
全高2.92m
翼面積32.00m2
自重1,330kg
全備重量2,130kg
最高速度295km/h(4,000m)
巡航速度262km/h
着陸速度93km/h
上昇限度8,650m
航続距離650km(フェリー:1,000km)
武装7.92ミリFNブローニング機銃*2(前方固定*1 後席旋回*1)爆弾80kg
発動機RRケストレルIIS 液冷V型12気筒490馬力
乗員2

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