1937年10月23日付の空軍の新高等練習機を求める要求仕様に対して設計された。試作機は1938年12月10日に完成したが、初飛行は1939年3月29日になっている。飛行試験の結果、1939年5月3日付で制式採用、40機が発注された。
数機が完成したところでソ連との関係の緊張が増したために生産はいったん休止され、大部分は1940年12月から1941年6月までの間に納入された。試作機(PY-1)と、生産型(PY-2〜41)の合計41機が製作された。
フィンランド初の片持低翼単葉機で、主翼は全木製、胴体は鋼管羽布張り、機首とカウリングはジュラルミン張りという比較的近代的な構造をとっている。脚は通常形式のスパッツつきの固定脚で、橇との交換ができる。
射撃訓練のため、右側機首側面にエンジンシリンダ間を通して射撃する固定機銃を持つ。弾薬定数は480発。
本機は使いやすく頑丈で優れた練習機であったが、主翼桁の劣化耐久性が予想外に低く、これに気づくまでに数回の大事故を起こしている。
戦闘飛行隊にも連絡機や雑用機として配備された機体があり、また継続戦争の休戦後しばらくは第一線飛行隊に代用戦闘機として配置されたこともある。
練習機としては1962年9月10日に最後の1機が退役するまで、戦後も長く使われた。
全幅 | 9.80m |
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全長 | 7.70m |
全高 | 2.55m |
翼面積 | 12.70m2 |
自重 | 1,045kg |
全備重量 | 1,535kg |
最高速度 | 328km/h(海面) (スキー装着時:323km/h(海面)) |
上昇時間 | 3,000mまで9分12秒 |
上昇限度 | 5,650m |
航続距離 | 1,250km |
武装 | 7.7mmブローニングm.39機銃*1 |
発動機 | ライトR975-E3ワールウィンド 空冷星型9気筒420馬力 |
乗員 | 2名 |