三菱 高高度局地戦闘機 烈風改 (A7M3-J)

 A7M1試作一号機が完成してもいない昭和19年初頭から、「烈風」の大きな機体規模を活かして排気タービン過給機と強力な火器を搭載する高高度局地戦闘機として開発の始まった機体。
 A7M3-Jは応急改造局戦「雷電」三二型(J2M4)と高性能局戦「試製震電」(J7W1)の間隙を埋めつつ、長距離侵攻作戦にも使用可能な多目的局戦として開発が進められている。
 このどっちつかずとも言える開発方針には、機種整理の対象になりかけていた「烈風」を救済しようする空技廠の意図が働いていたのではないかと推測されるが、A7M1が初飛行もしていない昭和19年7月に作成された「昭和十九年度飛行機試製(改造)計画」から見て、採用を決定する航空本部はA7M3-Jを双発単座局戦「試製天雷」(J5N1)のバックアップ機程度にしか認識していないようである(因みにこの計画では、初飛行前のA7M1も紫電改艦上機型のバックアップ機とされている)。
 A7M3-Jは開発開始当初、二速全開で1,920hp/10,800m/2,800rpmの発揮が可能な「ハ四三」一一型(MK9A)排気タービン過給器装備型搭載機と1,600hp/8,400m/2,800rpmの発揮が可能な二段式フルカン接手駆動過給器装備の「ハ四三」二一型(MK9B)搭載機の二種類が構想されていた。
 空技廠は「ハ四三」二一型(MK9B)搭載機を本命視していたが、昭和19年9月にまず「ハ四三」一一型排気タービン過給器装備型搭載機を優先して製作し、その後「ハ四三」二一型搭載機を製作するという決定がなされている。

 こうして開発が進められることになった「ハ四三」一一型排気タービン過給器装備型「烈風改」の最大の改修点である排気タービン過給器・中間冷却器・燃料タンクの配置・艤装については、鹵獲資料にあったP-47のものをほぼそのまま模倣し、中間冷却器と潤油冷却器の空気取入口は当初カウリング内に設ける予定だったが、最終的にはそれぞれ機首左右側面と機首下面にそれぞれ別のインテークを設けることになっている。
 主翼については、艦上戦闘機ではないため翼端折り畳み機構が完全に廃止され、それに伴い補助翼(内端を250o縮めることになっていた)も一枚物とし、またA7M1では別々に取り付けられていた方向舵と昇降舵のトリムタブとバランスタブを補助翼のタブと同じく兼用のタブにすることになっていた。

 武装については、当初「九九式二号二十粍固定機銃」(時期的に見て四型を予定?)を翼内に4挺、胴体に斜銃として2挺の装備が予定されていたが、徐々に要求が強化されて翼内に「十七試三十粍固定機銃」(後の「五式三十粍固定機銃一型」)と「九九式二号二十粍固定機銃」を4挺と2挺ずつ(訓練用に7.7または7.9o機銃2挺を装備可能とするという要求まであった)、胴体斜銃として「十七試三十粍固定機銃」を2挺というものにまで膨れ上がるが、さすがにこれは無理だと思われたのか最終的に「五式三十粍固定機銃一型」を翼内4挺(外翼銃は過荷重装備)、胴体斜銃(機軸に対して70°の斜角)2挺に削減されているが、それでも単発単座戦闘機としては非常に強力なものであった。
 この強力な武装を支える照準器については、斜銃用は従来の「三式小型照準器二型」だが、翼内機銃用のものは「試製角速度式照準器」(改良型は「二十試射撃照準器」)と呼ばれるジャイロを利用した見越し射撃角自動補正機能を持つ最新型の装備が予定されていた。
 防弾装備については、燃料タンクは全て内袋式防弾タンク(所謂「カネビアンタンク」。ゴム厚胴体22o、翼内16o)とし、翼内タンクには自動消火装置を装備、更に操縦席後方に操縦者頭部保護用の12o防弾板(背部保護は胴体後部燃料タンクの防弾化で兼用)、更に翼内30o弾倉の前・上面にも8o防弾板(過荷重時のみ)を装備することが予定されていた。

 これらの改修に伴い、操縦席周辺、尾翼及び尾輪、主翼外翼部を除く胴体や主翼に大幅な改修が加えられることになっており、改修とは名ばかりで新規開発に近く、重量が大幅に増大したため装備予定のMK9系でも馬力不足となったA7M3-Jの開発はもたつき気味だったが、昭和19年11月に基礎設計終了、昭和20年2月に木型審査が終了して、図面が完成している。
 しかし、その直後の同年3月の空襲により木型・図面の大半が失われ、新たに本拠とした疎開先の松本で木型製作中に終戦を迎えている。

 A7M3-Jの開発が進められる一方で、昭和20年4月から検討の始まった「次期甲戦闘機」の一つとして、二段三速過給器を装備することで三速全開で1,850hp/10,500m/2,700rpmを発揮できる中島「ハ四四」二一型(NK11-21。離昇出力2,400hp/2,800rpm)を搭載する高高度甲戦闘機の開発が行わている。
 これを受けて、昭和20年5月23日に開催された官民合同研究会では三菱から翼幅16mの新規設計案とともにA7M3-Jを基にした翼幅14mの機体(主翼はA7M3-J、胴体はA7M2またはA7M3-Jがベースと推定)案が提出され、最終的に後者が採用されている。
 三菱の試算によると、この機体は『最高速度:657q/h/10,500m』『上昇力:12分30秒/10,000m』『実用上昇限度:14,000m』の発揮が可能で、武装は予定重量から「九九式二号二十粍固定機銃五型」6挺(携行弾数各200発)と推定され、防弾装備については横須賀航空隊の「次期戦闘機」に対する要求から見て、胴体燃料タンクを外装式防弾タンクとし、翼内タンクは自動消火装置のみ装備、更に操縦席前後方に防弾ガラスを装備するつもりだったのではないかと推定される。
 同年6月10日に改めて示された要求性能では、「ハ四四」二一型の開発遅延のためか既に量産されつつあった中島「ハ四四」一三型(離昇出力2,350hp/2,800rpm)の搭載を可能にするように、という追加があったが、その後の進展はないまま終戦を迎えたと言われている。

(文:T216)

機体要目(A7M3-J計画値)
全幅14.000m
全長(水平時)10.964m
全高(水平時)4.240m
翼面積31.197m2
自重3,955s
全備重量(正規)5,675s
過荷重不明
燃料翼内260L×2+胴体前部480L+起動用胴体5L+胴体後部固定増槽220L+落下増槽700L
水メタノール185L
滑油130L
最高速度(正規全備時)634q/h/10,300m
上昇時間(正規全備時)15分15秒/10,000m
上昇限度11,500m
航続距離最高速×0.5h+417q/h/3,000m巡航×2.2h(正規)
最高速×0.5h+417q/h/3,000m巡航×7.5h(過荷重)
武装翼内30o機銃×4(携行弾数内翼73発・外翼60発)+胴体30o斜銃×2(携行弾数各100発)
三番(30s)または六番(60s)爆弾または六番二十七号奮進爆弾×4、二十五番(250s)爆弾×2
発動機三菱「ハ四三」一一型(MK9A)排気タービン過給器装備型 空冷複列星型18気筒 離昇出力2,200hp/2,900rpm×1
プロペラ住友V.D.M.恒速4翅(直径3.700m)
乗員1名

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