自画自賛も考えもの

通俗軍事記事に見る、航空機進化の瞬間


 兵器に対する評価は、それが使われた戦争が終わることによって定まると云って良い。それが本来どのような目的で作られたのか、たとえ読み間違えられていたとしても、「役に立った」、「活躍の機会はすでに失われていた」、「あと少しで間に合った」等々の物語が用意され、現代の兵器ファンはそれを読むことで各人の人生を豊かにしているものである。

 とは云うものの、戦争に使われた兵器のすべてに、人生訓となるような物語が用意されているわけではない。しかし、現在は忘却のかなたにある兵器であっても、光り輝いていた時もあったのである。
 支那事変勃発から、約半年。昭和13(1937)年1月発行の雑誌「日の出」(新潮社)の附録に、「支那最新大地図」と「皇軍新兵器写真一覧」と云う、表裏一体の刷り物があった(タブルA面と云うやつですね)。今回のネタは、当然「皇軍新兵器写真一覧」であることは云うまでもない。

 さて、この写真一覧、「陸海軍当局貸下」「陸軍少将 大場彌平閣下編纂」と云う、明治時代の売薬の広告のようなギョウギョウしい文句が書かれている。編纂名義人の大場彌平は、「われ等の空軍」などの少年向け軍事読み物の著者として有名な人である。
 まあ支那事変で活躍している、陸海軍兵器の写真に、簡単な解説をつけただけの一枚紙なのだが、

 この次、
 若し戦争があったら、
 吾等はどう戦うか、どうしてぶち破るか、これからの戦争は、
 大空中戦主義
 大大砲主義
 大戦車主義

 のもとに決せられるのだ。

 吾等は勝たねばならぬ、将来にかけられた民族争闘の解決こそこの三大主義の鍵を握るもののみに下るのだ。
 本画報はこの重要性のもとに編纂したものである。

 と、私好みの大上段に構えた文章が、紙面の上部中央(タイトルの下)に掲げられている。「この次」と書かれているが、支那事変はまだ終わっていないことは云うまでもない(笑)!

 「日の出」昭和13年1月号附録の印刷納本は、実は昭和12(1936)年11月25日付であり、すなわちこの文章は日本軍の南京占領以前に書かれていることに注意しなければならない。ちょうどトラウトマンの和平工作中である。支那事変を短期戦として見ていた傍証であると云えよう。
 この「写真一覧」、紙面の大部分は陸軍兵器(航空機・火砲・戦車)の紹介にあてられているのだが、「陸海軍」と謳っているように、海軍の航空機も紹介されている。
 編纂者の意図を無視して、当時の陸海軍の精鋭爆撃機の比較をやってしまおうと云うのが、今回の趣旨である(毎度前置きが長くてスイマセンねえ…)。


九三式重爆撃機

 九三式重爆撃機 全金属製、単葉低翼式の巨象機。鵬翼を張って大空を天翔けるさまは、実に堂々たるもの。遠征しては必ず完膚なきまで敵陣を覆す。

 航空機を「巨象」と形容している文は初めて見る。「敵陣を覆す」と云う表現も今では見かけない。


九三式双発軽爆撃機

 九三式双発軽爆撃機 陸軍空爆隊の代表的花形。精悍な能力を備え、殊にその速度は戦闘機を凌ぐ優秀さだ。

 「精悍」と云う言葉と、この機体がどうやって結び付いているのか、もはや理解の範疇を越えている…。「速度は戦闘機を凌ぐ」も同様。「日本陸軍兵器集」(ワールドフォトプレス)では、最大速度は255キロ/時である。新幹線並みだ。 
 この、現在の目では、「古色蒼然」としか云いようのない爆撃機が帝国陸軍代表ならば、海軍からは何が紹介されているかと云うと…


魚雷型爆撃機

 魚雷型爆撃機(海軍) あくまで剽悍無比の性能を備え今回、渡洋爆撃敢行の超弩級だ。車輪引込み式の尖端的流線型。

 この形態の違いは一体何でしょうか(笑)。説明するまでもないが、九六式陸上攻撃機である。俗に「中攻」とも呼ばれる。なぜ「中」なのかは、下の「海軍重爆撃機」があったからに他ならない。
 「魚雷型爆撃機」と云う呼び名が素晴らしいのだが、魚雷を搭載すると「魚雷型魚雷攻撃機」になってしまい、しまりが無くなってしまうし、「魚雷」の本名?「魚形水雷」までさかのぼると「魚形水雷型魚形水雷攻撃機」と書いている方も馬鹿馬鹿しくなってくる…。
 こちらの最大速度は「日本海軍軍用機集」(野原 茂、グリーンアロー出版)では376キロ/時。比較にならない。

 この記述を見ることで、海軍がこの頃から、航空機の名称を公表しなくなったことがわかる。「尖端的流線型(せんたんてきりゅうせんがた)」と云う表記も時代を表している。


海軍重爆撃機

 海軍重爆撃機 魚雷型と共に、中南支に大空爆行、支那陣地を震駭させた輝く海の大鷲。これによって重爆機従来の鈍足は見事に一蹴された。

  「海軍重爆撃機」は九五式陸上攻撃機のことで、俗に「大攻」と称されたモノ。九六式陸上攻撃機が高性能を示したため、兵器としては大成しなかった。海軍マイナー機の一つ。最大速度は244キロ/時。「重爆機従来の鈍足」が本当に一蹴されたのかどうかは、判断に苦しむところである。


「大空中戦主義」を戦う「皇軍新兵器」が、陸海軍でここまで違っている事実に、大場閣下はさぞ悔しがったことだろう。「渡洋爆撃敢行の超弩級だ」という、何が云いたいのか良く分からない文がその証拠だ、と書いてしまったら「『九二式重爆撃機』を掲載出来ないワシの悔しさが解らぬか!」と怒られてしまいそうである。

 技術の進歩は、ここまで残酷な見世物を平然とやってしまうものなのか…。
 こう云う時期なので、陸軍の戦闘機は、パラソル式の「九一式戦闘機」(最大速度300キロ/時、『日本陸軍兵器集』)と、液冷の「九二式戦闘機」が紹介されているのみ。これを掲載すると、本当に陸軍ファンから石を投げられそうなので、掲載しない。なにしろ海軍戦闘機が…


九六式艦上戦闘機(海軍)

 九六式艦上戦闘機(海軍) 痛快無比、隼のような俊敏さで快翔する最新の艦上戦闘機。性能は目下極秘にされている。

 これですよ。このような最新鋭機が出てくるのだから、最早比較になりません。性能に関しては、目下どころか敗戦まで極秘にされてしまったのである…。
 「日本海軍軍用機集」の4号艦戦のデータでは、最大速度は432キロ/時である。防諜の意味で極秘なのか、陸軍のメンツで極秘なのかは、それこそ「極秘」である。
 この附録だけ見ると、陸軍機は本当に駄目駄目なのだが、すぐに九七式戦闘機、九七式重爆撃機がマスコミ紙上に登場することを陸軍の名誉のために書き加えておく。