わんこの憂鬱

雑誌で良く見る広告で22万5千おまけ


 古雑誌が集まってくると、いろんな雑誌に登場する広告があることに気付く。古雑誌に求めるのは、本文記事・図版であることは云うまでもないのだが、広告にも目を向けてやると、困った時のネタになるのだ。

 戦時中の雑誌広告と云えば、「マツダランプ」が横綱で、あとはエンピツや医薬品などが定番である(こんなのもあります)。しかし、1ページ全面を使うほどの出しゃばりではないけれども、毎回のように目にするモノも多い。


日本犬のお奨め(『航空朝日』昭和16年11月号)

 今回紹介する「日本犬のお奨め」広告も、そんなモノの一つである。

番犬・猟犬に
日本犬のお奨め
猟犬・猪犬・秋田犬・仔犬

 昔の日本犬は糠を食わせた、昔の飼い方に戻りましょう日本犬には米と肉不要。

 日本犬は一主に仕え一代主義で主人の為なら身命を賭して仕えます。そして如何なる所から盗人が這入ってもその方向を向いて吠えるのでこれを日本犬の向い鳴きと云い、番犬は日本犬に限ります。
 純日本犬は利口で他人のものは一切食べず丈夫で粗食で費用がかからず、洋犬の様に夜中鳴き続けて近所に迷惑をかける様な事は絶対ありません。一度日本犬を飼えば忘れられない程楽しみですが、仔犬から飼育しないと馴れません
 猟犬は世界に八百種ほどありますが、吾が日本犬は猪熊鹿等を鉄砲なしで食い殺し、又柴犬でも鳥、兎、狸、狐、貂、等を捕えるから洋犬とは全く比較になりません。昔から猟師は吾が子同様犬だけは大切にしたいと云います。日本犬は訓練に於ても一度で覚え面白い程色々の訓練が出来ますから軍用犬の様です。

 日本犬の選び方について 日本犬でないものは舌が黒く斑点があり、目が丸くて尾が細く、臆病で、性能が悪く、訓練が出来ない、これは支那のチャウチャウの交りで純日本犬ではありませんから、注意が肝要です。
 当研究所の磯貝晴雄氏は嘗てJOAKより日本犬に就てラジオ放送をされた程の日本犬の研究家で、その普及には寝食を忘れて奮闘されて居ります。尚同氏著の日本犬訓練飼育犬の見方図解入は非常な好評で定価九十銭送料八銭です (朝鮮、満洲、台湾、樺太、世界各国安着)

 進呈 航空朝日で見たとハガキで申し込めばこれだけのものを送る
 ラジオ原稿
 訓練秘訣法
 写真入カタログ
 仔犬定価表
 犬舎畜犬器具の型録あり
 (真の日本犬を研究せんとする方は本型録でなければ解るものではありません)

 東京市渋谷区千駄ヶ谷三ノ五四九
 申込所 日本犬柴犬研究所
 薬剤師 磯貝晴雄
(『航空朝日』昭和16年11月号)

 「日本犬を飼いましょう」と云う内容だが、
 「吾が日本犬は猪熊鹿等を鉄砲なしで食い殺し、又柴犬でも鳥、兎、狸、狐、貂、等を捕えるから洋犬とは全く比較になりません」と云う語句は、犬嫌いの読者にとっては戦慄以外の何物でもない。
 また、「当研究所の磯貝晴雄氏は…」と書いておいて、申込所に「磯貝晴雄」とチャッカリ自分の名前を載せているのも奇異な感じがする。(『JOAK』は今のNHKである)

 このように文面も不思議だが、もっとわからないのが「朝鮮、満洲、台湾、樺太、世界各国安着」である。朝鮮・満洲・台湾・樺太は、日本領あるいはそれに準ずる土地であるから、安着をうたうのもよかろう。しかし「世界各国」はちと誇大広告になりはしませんか、と云いたい。「子犬一匹シベリア経由ベルリンまでよろしく!」「へい毎度ぁり!」と云うやりとりがあったとは思えない。
 「安着」の文字は、対米戦争の勃発と進展により変化していく。雑誌「新太陽」(元の『モダン日本』)昭和19年新年号では「朝鮮・満洲安着」となり、 「航空朝日」昭和19年6月号では、ついに「安着」とはどこにも謳われなくなってしまうのである。やがては「日本犬のお奨め」広告そのものも雑誌から姿を消してしまうのだ。

 この「日本犬のお奨め」広告、掲載誌の種類やスペースによって、いくつかのパターンがある。以下に紹介するのは「飛行少年」昭和18年3月号の広告である。

  

日本犬には米と肉は不用
兎皮献納倍増運動

 番犬・猟犬に(日本犬は日頃の訓練が必要)
 日本犬のお奨め
 猟犬・猪犬・秋田犬・仔犬

 日本犬は一主に仕え丈夫で利口で他人のものは一切食べないから番犬には日本犬に勝るものはありません。
 猟犬は世界に八百種もいるが鳥、兎、狸、猪、鹿等を鉄砲なしで食い殺すものは吾が日本犬のみです。

 日本犬は粗食でお勝手の残物とか、オカラ、麺類の残り等で仔犬は湯呑茶碗に八分目位づつ一日三回、親犬で子供の茶碗に軽く一杯を一日二回に与えるのですから、節米になっても心配なく飼えます。

 朝鮮・台湾・満洲安着
 犬は今迄通り安全に客車で送れます

 東京市渋谷区千駄ヶ谷三ノ五四九 日本犬柴犬研究所


 昭和18年と云うと、そろそろ戦争が曲がり角にさしかかり、山本五十六が戦死したり、上野動物園の猛獣が薬殺されたり、学徒出陣があったりしているのだが、「犬は今まで通り安全に客車で送れます」なのである。
 「兎皮献納倍増運動」とは、航空被服や防寒具に欠かせない毛皮を確保するには犬を使うのが一番ですよ、と暗に宣伝しているわけで、読者(とその親)の愛国心に訴えているのである。

 この「日本犬のお奨め」広告、「日本犬には米と肉は不用」と、日本犬のコストパフォーマンスの良さを謳っているが、「航空朝日」のものと文面を比べると、洋犬を貶めている記述がまったくないことに気付く。なぜか?

 

 軍用犬
 ・軍犬報国
 ・猟犬報国


 シェパード外各種洋犬があります
 軍用犬型録進呈
 十銭切手封入して雑誌名記入の上御申込み下さい

 東京市渋谷区千駄ヶ谷三ノ五四九 日本洋犬連盟

 隣りにこんな広告が掲載されているからなのである。しかも「日本洋犬連盟」と「日本犬柴犬研究所」、住所が同じだったりする
 どの広告も、「犬は役に立つ」と云う視点で作られているところに注目したい。番犬・猟犬・軍用犬(実際に軍が使役すれば『軍犬』となる)、時代が時代なので盲導犬・介護犬と云う用途は書かれていない。当然「可愛いわんこに癒される」などと云う軟弱な発想なんぞは存在しない。ちなみに、日本犬は「一主に仕え一代主義で主人の為なら身命を賭して仕えます」と云う性質のため、主人以外の人に使役される軍用犬として用いられることがなかった。したがって、「日本犬のお奨め」広告(『航空朝日』掲載)中でも「軍用犬の様です」と書かれているが、軍用犬になる、とは明記されていない。

 今川勲「犬の現代史」(現代書館、1996)は、明治から戦後にいたる、人間が犬をどのように扱ってきたかを書いた本であるが、ここに昭和15(1940)年2月の帝国議会衆議院予算委員会で「犬猫不要論」と云うものが開陳されたことが記されている。総力戦を戦うにあたり、軍用犬以外の犬猫は全部殺してしまえ、と云う凄い提言である。その時はかくべつ大きな動きはなかったが、翌16年4月には警視庁が食肉営業取締規則を改正し、犬肉が食用として販売できるようになる。犬をめぐる状況はキビシーものとなっていたのである。
 戦争末期(昭和19年末〜)になると、空襲激化・都市部での食糧難と云うおなじみの状況となるわけだが(それでも日本で一番エライ人を筆頭に、餓えない人はいた)、そうなると野犬が目の敵にされるのは必定で、

田園調布会町会回報
昭和19年6月8日(第七号)
犬ヲツナグコト
野犬ガ出没シテ畑ヲ荒シタリ、ヒドイノハ台所ヘ入リ込ンデ弁当箱ヲクワエ出シタリオ櫃ヲ引クリカエシタリスルモノアル由、近日毒入饅頭ヲ撒布スル計画ノ隣組モアリマスカラ御愛犬ハツナイデ置イテ下サイ。
(『戦時生活と隣組回覧板』江波戸 昭、中央公論事業出版)
などと云う自衛の動きも現れる。ただし、「犬の現代史」によれば、野犬駆除に関しては、狂犬病防止の観点から、明治初期から病犬の撲殺が行われており、昭和19年ごろから行われるようになったわけではない。しかし、回覧板の語句では、「犬が人間の食料を奪う」と云うところに目を向けている。


 「日本犬のお奨め」広告が、昭和19年中ごろに姿を消した、と書いたが、その背景には物資逼迫で雑誌のページ数が大幅に削減されたことと(にもかかわらず古書価格は変わらない)、人間サマの食料すら配給になっているのに、犬に喰わせるとは何事だ、と云う先にのべた「犬猫不要論」の存在がある。「お勝手の残物とか、オカラ、麺類の残り」すら無くなってしまったら、飼い犬といえども自存の行動に出ざるを得ないのだ。こうなれば野犬も飼い犬も同じ「穀潰し」と云う考えも(犬嫌いの人の中で)成り立つ。こうなっては犬を買うような奇特な人は出ない…。

 昭和18(1944)年2月には、一般人を対象とした犬の献納運動が始まる(『犬の現代史』)。仔犬20銭、成犬60銭だった買い上げ価格は、12月には仔犬1円、成犬3円にまで値上がりした。皮は軍へ、肉は肥料へ有功活用される、と云う名目であるが、戦時中の悲惨な体験読み物には、殺された犬が放置されていた話も存在する。
 犬一匹献納したお金で何が買えたか? 昭和19年10月28日の記録では、「大戦果祝賀酒 量一世帯三合 一合80銭」(『戦時生活と隣組回覧板』掲載の矢島家日誌)とある。「大戦果」とは、例の台湾沖航空戦のこと。他の物品としては塩鮭4切れ24銭、かまぼこ5枚で92銭、煙草の朝日が70銭と云うところだが、これらは配給品であり、欲しい時に手に入るモノではない。闇で購入すれば、こんな金額ではすまないであろう。可愛がっていた犬を献納して得られる代価はこんなものだった。
 日本犬柴犬研究所の日本犬がいくらで売られていたのかは不明だが、昭和8(1933)年、満洲独立守備隊の要請で購入されたシェパード30頭の価格は、最高250円、最低75円であったが、どれも軍用として使い物になる犬ではなく、「シェパードはどこにいる」と司令官が嫌味を云ったと云う記事が「犬の現代史」に紹介されている。


 戦時中、犬も苦労していたことがわかったが、猫はどうだったのか? そう云えば猫を売る戦前・戦中の広告を見たことが無い…。

おまけ 日本犬標準
 ※日本犬保存会が昭和9(1934)年に制定したもの。(『日本犬の飼い方』卯木 照邦、大泉書店2000年より)

 一、本質と其の表現
  小型・中型:悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり
  大型:悍威に富み良性にして素朴の感あり、挙措重厚なる可し
 (二、以下は略)

 昭和6年の秋田犬にはじまり、昭和9年に甲斐犬、紀州犬、越の犬が、昭和11年に柴犬、翌12年には土佐犬(現在は四国犬と表記。闘犬用の『土佐犬』とまぎらわしいため)、北海道犬が天然記念物に指定された。越の犬は戦時中に絶滅したため、現在「日本犬」と云えば、残り6種を指す。

参考:「犬の現代史」今川 勲、現代書館、1996
    「日本犬・血統を守るたたかい」吉田 悦子、新人物往来社、1997
    「日本犬の飼い方」卯木 照邦、大泉書店2000