甲子園の「箱男」

季節感なく240000おまけ


 愛知万博「愛・地球博」宣伝のために、新型ツェッペリン飛行船が日本にやってくる、と云うので手元の古雑誌を引っ張り出してみたところ、「アサヒグラフ」昭和4(1929)年8月28日号に、ツェッペリン飛行船が日本に立ち寄った記事があった。しかし、あまりネタとして面白味のあるものではなかったので、同じ号に掲載されていた、飛行船よりもっと面白いモノを紹介する。


箱男1929

 「スタンド百面相」と題された、全国中等学校優勝野球大会(早い話『夏の甲子園』)におけるスナップである。写真の説明にいわく

 折畳式日除け
  炎天よけの新案、煙草すう口までついていて、風通しもよいという工夫だ、中のお方の顔見たやと来ますネ


 私は野球をやるのも見るのも嫌いなのであるが、ニュースで夏の高校野球の様子を見て、このクソ暑い中ゴクロウサン、と観客を労る気持ちくらいはある。どうです、この装備はスゴイぞ! 隣りの人が「こんな人知りません」とばかりに傘の中でうつむいてしまうのも、無理はない。


頭部

 ひさしの影が切れたところに、「煙草すう口」が設けられているのが、おわかりいただけるだろうか。
 仔細に見ると、ひさしが落ちないように紐が付けられていたり、頭部の形がくずれないよう固定するための紐があるのがわかる。思いつきだけで作られたモノではなく、相応の構想と手間をかけて作られたもののようだ。

 この格好で、ちゃんと煙草に火が付けられるのか、疑問の余地が無いわけではないが、、頭部は箱状になっているものの、胴部は一枚板になっているようだから、腕を横から前に出すことは出来るようである。


足もと

 視点をずっと下まで持ってくる。胴部を構成する板に、釘跡があるのがわかる。ダンボールでは無く、木箱をバラバラにして、布で蝶番をこしらえ、紐でこのカタチを作っている。頭部の写真にあった紐を解いて板を展開すると、恐らく胴も含めて一枚の板になるのだろう(釘跡が直覚についているから、バラした箱をそのまま使っているようだ)。これは凄い工夫ですぞ。

 箱の造作だけでもたいしたものだが、足もとを見ればルーズソックス状に靴下を下げ(あるいは布を巻き)、足首が焼けないようにしてある。ここまでくると、そうまでして日焼けしたくない理由(例:女形である、太陽光線を浴びると灰になってしまう 等)の方が気になってしまう。元の記事には着用者に関する記述がないので、ひたすら想像するしかない。「中のお方の顔見たや」とは良くぞ云ったり。

 このような「日除け」が、今日とがめられる事なく使用できるのかどうか定かではないが、制作するのに、それほど技術は必要ではあるまい。素材を軽量化したり、表面を蒔絵仕立てにするなど、工夫を施せば、スタジアムの名物になれる事請け合いである。胴に広告でも付けてやれば、生ビール代くらいは浮くのではなかろうか。


「箱男1929」展開図(不許複製配布)

 ついでなので、「箱男1929」の展開図を作ってみた。折り畳み部分の遊びは考慮していないので、実際に作製する場合、注意が必要である。云うまでも無いが、サイズは各自の体格に合わせておくこと。

 「箱男」と云えば、安部公房の小説が思い出されるが、小説の「箱男」がありふれたダンボール箱を被ることによって、一個の箱として外界を「視るだけの存在」になろうとするのに対し、1929年の「箱男」は日差しを避けるために箱を被っているわけで、見た目は近いが、精神のありかたはまったくの別物である。甲子園の彼(?)は箱を被ったまま、選手を応援することに、何の躊躇もしないだろう…。とは云え、この格好で便所に行くことだけは無い、と信じたい…。

足もとに御注意下さい