いいことする?

「わかもと」で賢くなる29万おまけ


 リドリー・スコットの映画「ブレードランナー」が、その後に登場したSF映画、マンガに及ぼした影響の大きさは、英国戦艦ドレッドノートや、核兵器の登場に勝るとも劣らないものであった。
 その中で、日本の観客を驚愕させたのは、何と云っても飛行船に取り付けられたテレビ画面に映し出されたゲイシャガールが呑む「強力わかもと」※2である。

 映画製作者がナニを考えて「わかもと」を登場させ、それによって「わかもと」の売上がどれだけ伸びたものか、知る由も無いのだが、古本屋でこんなモノを見つけてしまったのである。


「算術うた絵本」表紙

 発行は昭和12年4月、発行者の表記は「わかもと本舗 栄養と育児の会」(現 わかもと製薬株式会社)、定価は5銭である。
 数学以前、さんすうの時点で落ちこぼれてしまった主筆としては、今さらの感あれど、人生やりなおすなら、算数からだと常々思っているので早速購入し、人生やりなおせてネタにも出来る、こりゃあ一石二鳥だわい、と、この冊子を開いてみたのである。冒頭の

 わかもと物識り絵本は皆さんの
 親切な家庭教師であります


 と云う力強い宣言を読み、

 算術記憶うた絵本の用い方
 算術は問題を正しく理解し、迅速に正確な答を出せるように習熟することが大切ですが、例え問題の意味がわかり、計算が巧みでも、大切な公式や、是非記憶して置かなければならない事柄を忘れては、肝心の答を求めることは不可能です。
 それで「これだけは記憶し置くべし」という大切な公式其他を教科書から拾い出し、これを最も記憶し易い和歌にして掲げましたからこれをよく覚えて、皆さんの算術の成績を上げるようにしていただき度いと存じます。


 と云う編集の意図に感激し、最初に目に入ったのが


メートル法単位

 キロキロと
 ヘクト デカけた
 メートルは
 デシに追われて
 センチ ミリミリ


 なのである。メートル法は、確かに現代人が「これだけは記憶し置くべし」※と云うものの筆頭ではあるが、


メートル度量衡の実施

 呉服類メートル お米
 グラムにて
 お酒 お醤油
 リットルと知れ


 と、メガだギガだ、いやテラだの21世紀に生きる中年男に説かれても、何と応えたものか、言葉が出ない…。
 以下掲載されている内容は、推して知るべしで、この「算術うた絵本」を含む、「わかもと物識絵本」(全16冊)シリーズをネタにした、筒井康隆・きたやまようこ「覚えておくと一生役に立つ わかもとの知恵」(金の星社)にも、先の「キロキロ」の歌を引いて「今ではそうした単位を、学校で教わらなくなったので、役に立たなくなってしまった。」と書かれているくらいである。
 もちろん、現在でも通用するものも掲載されており、たとえば 「円周の求め方」は

 円周を求むる式は
 直径に
 円周率のπを
 かくべし


 と、公式そのまんまで、ネタにもならないのである…。面白いところでは、「利息」「歩合」「利率」「元金」「期間」「元利合計」と商売上覚えておかないと困るが、受験勉強にはあまりかかわらない事項が説明されているところや、メートル法を尺貫法に読み替える方法があるところが、昭和12年である。
 巻末には、「お伽の国」と題されたマンガが掲載されている。こんなマンガがあったのが、買った本人へのせめてものなぐさめであり、読者諸氏への餞である。


中島 菊夫「お伽の国」

図版の文字が読みづらい人のために、マンガのセリフを以下に記載しておく。

桃太郎(右上)
媼「あっ桃の中から赤ん坊が でも私にはお乳が出ないし 困りましたわ」
翁「なあに この『錠剤わかもと』さえのませれば親のお乳がなくても丈夫に育つよ」

金太郎(左上)
猿「やあ 金太郎さんは どうしてあんなに強いんだろう」
鹿「きっとお腰につけた『錠剤わかもと』をのんでいるからだろう」
金太郎「さあ どうだ」
熊「降参降参 オタオタ」

花咲爺(右中)
翁「やあ うすの中から『錠剤わかもと』が」
媼「わたしたちが ながいきするよう きっとポチがさずけてくれたんですよ」

一寸法師(右下)
兎「もしもし 一寸法師さん『錠剤わかもと』をのむと 体がだんだん大きくなるよ」

薬価低廉
「錠剤わかもと」
三百錠入 一円六十銭

今日では許されない表現が見られるが、そこが良いのである。
 マンガでは、商品名が「錠剤わかもと」と記載されているわけだが、ブレードランナーの広告? でもあるように、今日では「強力わかもと」である。何が「強力」なのか、今まで疑問に思いつつ、調べることを怠っていた。
 この機会にわかもと製薬株式会社のウェヴページを読むと、わかもとの歴史が掲載されている。大正15年より研究がなされ、昭和4年に栄養剤として登場。「若さの素」で「若素(わかもと)」が当初の商品名で、昭和6年に「わかもと」と改称、製品の改良を重ね、昭和37年に発売されたものが「強力わかもと」なのである(『ザク』と『グフ』みたいなものか)。


※1 タイトルの「いいことする」は、「ブレードランナー」に登場する広告飛行船? から流れる歌が、そのように聞こえるところから来ている。実際は全然違うものらしいのだが…

※2 画面では、『と』は見えないので、実は「強力わかも」なのかも知れない(笑)

※3 「これだけは…べし」と云う言い回しは、大正時代のベストセラー「是丈は心得おくべし」シリーズ(加藤美崙)を意識している