プラモデルの苦しみ方

これはちゃんとした31万5千おまけです


 定期購読している雑誌と云えば、模型雑誌(※1)で、趣味を聞かれればプラモデル!と即答するのを20年近く続けていたせいか、金鵄勲章をいただくよりも模型雑誌に掲載される方が名誉なこと、と今でも思っている。

 模型雑誌に記事を書くためには、腕の良い(プラモを早く・うまく組み立てられる)モデラー(※2)であるか、実物に関する知識(イコール資料でもある)を持っている必要があるのだが、駆け出しモデラーだった当時の自分には、そのどちらも期待できないわけである。
 知識の方は、洋書古書書籍雑誌写真マニュアル実物イラストを集めなければお話にならないので、まずは製作技術の習得に努めるわけだが、製作記事を読み続けていると、やはり資料と比較して、キット(※3)の善し悪しを語らねばならぬのである。
 「ホビージャパン」(のち『モデルグラフィックス』)一冊と、戦車ひとつ買えば月の小遣いおしまい生活では、広告に掲載された洋書和書なんぞ、とても手が出せず、そうこうしているうちに興味の対象は、「ザクの頭を2ミリ詰める」(※4)やら「SF3Dオリジナル」(※5)などにうつり、好き勝手にやってもお咎めナシの冥府魔道に陥ってしまったのである。

 好き勝手やりつつも技量を高めていれば、まだ救いはあるが、「誰も作らないモノならケチはつかない」真理を発見してしまった私は、「ロボダッチ ガンダモビル」(※6)なんぞを買って、もっともらしく作り上げよう、などと思い上がってしまったのだ、馬鹿である(しかも完成しないのだ。説得力のあるウソをつくには、高度な技術とセンスが必要だと云う、本質に目が向かなかったのである)。ひねた心の持ち主に向上の文字はなく、進歩のないまま会社員となり、多忙を理由に模型雑誌だけとのつきあいとなってしまった。

 それから10年、「兵器生活」などと云うページを始めて、雑文駄文を書き散らすようになってからと云うもの(誰もやらないからケチがつかない、と云う心性がまったくそのままなのが笑える。『ケチがつかないのは、誰も見向きをしないから』と云う真理には、今、気が付いた)、ついに模型雑誌の定期購読もやめてしまい、モデラーの看板を返上して今に至っている。
※1 鉄道模型でもラジコンでもなく、プラモデルである 
※2 モデル(模型)を作る人。自分の手で、自分の時間を使って組み立て、塗るのが基本。
※3 プラモデルを具体的に記述する場合に用いられる言葉。「組み立てキット」のキットである。反意語は完成品。複数の部品あるいはパーツで構成される。一体成型でもキット。
※4 ファーストガンダム世代かどうかを識別するのに便利な言葉でもある
※5 イラストレイター横山宏が、デザインと模型製作した、戦闘用強化服や兵器を主人公にした、写真読み物。「特撮」を使用した紙面は、特撮好き少年でもあった主筆には衝撃的であった。掲載は『ホビージャパン』誌。オリジナルビデオソフト、プラモデルも発売され、同人誌も出るほどの人気連載となった。ライバル誌『モデルグラフィックス』誌で連載中の『Ma.K.』(マシーネンクリーガー)の原型でもある。
 余談であるが、SF3Dのオリジナルビデオ上映を含む、「ホビージャパン」読者向けイベントに主筆は来場しているのだが、その会場の裏にあるシケた住宅地に総督府はあったりする。会場であった年金基金センター「セブンシティ」は現在取り壊し中である。
※6 小沢さとるデザインの、今井科学製ロボットプラモデルシリーズ「ロボダッチ」(一時期タカラが金属製モデルを売り出したこともある)のキャラクターを使った、ガンプラもどきである。「抱き合わせ販売」の片割れとして買ってしまった人も多いのでは?

 ところが、委細あって、プロペラ戦闘機をひとつ、久しぶりに組み立ててみたのである。カタチだけあれば良いと開き直って色も塗らず、スキマも埋めず、脚も付けずでやってみると、プラモデルと云うやつは、アッと云う間に出来上がるものなのであった。
 色は無くともこんなカタチをしているんだ、と云う感想くらいは出る。考えてみれば資料に掲載されている図面はもちろん、昔の写真にだって色は無い。組み立てるのは楽しいので、単発双発戦闘機攻撃機爆撃機と憑かれたように作ってみれば、ゼロ戦の再来と云われる烈風が無駄に大きく、横から見れば兄弟のような彩雲・天山が上から見ればまるで別人などと得るところスコブル大である。
 一ヶ月ちょっとの間で10機ほど組み立ててやれば、接合部のスキマも埋めるし、サーフェイサー(※7)でいかにも「立体図面」らしい仕上がりにするようにもなる。操縦席までサーフェイサー一色で塗るようになっているのだから、色のある塗料を使えば、普通にプラモを作っているのと大差ないところまで来ていたのである。
 「そろそろ普通にやってもいいんじゃあないか?」と舞い上がったからと云って、誰が私を笑えるだろうか?
※7 下塗り用の塗料、顔料がプラモデル表面のキズを埋める効果がある。明るめの灰色のもの、白いものがあり、上に塗る塗料と好みに応じて使い分ける。ここでは灰色のものをさす。
 
 そんな中で「模型オフ」の話が持ち上がったのである。ミリタリー趣味者の集まりであるから、全員がスゴ腕のモデラーであるわけでない。色さえ塗れば中の上は固い、マイナーな機体を選べばツッコミを受ける心配もない(全然反省してないよ)、製作期間は一ヶ月以上あるから、「立体模型」にすれば確実に完成させられる、何より製作の顛末をネタにすれば、今度の更新にぶつけられる。良いことずくめである。

 模型屋に出向き、米海軍最初の単葉艦上爆撃機である「SB2U ビンディケーター」(※8)と云う機体を買ってみた。1/72、チェコ製(※9)、「奉仕価格2016円」である。


ヨークタウン搭載機塗装の箱画


※8 1936年から1943年まで使われた。ミッドウェイ島から飛び立った機が、日本艦隊に爆弾を投下したのが一番の活躍である、と云うだけで、そのマイナーさがわかろうと云うものだ。
※9 かつては「チェコスロバキア」だった国の片割れ。第二次大戦前からの立派な工業国。自国の兵器が活躍できなかったせいか、第二次大戦の世界各国軍用機を精力的にキット化している。帝国陸海軍軍用機も多くモデル化しているのだ。
 
 「戦前米海軍機と云えば『イエローウィング』(※10)ですね」と、組み立てに入る前に先制攻撃が入る。
  黄色を黄色に塗るには、下地を白にしておかないと、きれいに色が出ない。白をムラなく塗るのも、これはこれで面倒だったりする。そもそもプラモを黄色で塗るなんて、大昔に作った「サーキットの狼」(※11)に出たフェラーリディノRS以来である。この時は赤いプラスチックの上に黄色を塗ったものだから、オレンジ色にしか見えなかったよなあ…。まんまと乗せられる自分は馬鹿だが、ご要望には応えるのも人の道、やってやろうじゃあありませんか。
 賽は投げられた
※10 1924年から1940年まで、米海軍所属の航空機は、主翼を黄色に塗っていたことから、こう云われる。不時着水の際、発見を容易にするためである。塗られた機体が不細工な飛行機ばかりのせいか、これをカッコイイと思うまでには、時間がかかった。
※11 池沢さとしのマンガ。スーパーカーブームの火付け役。「フェラーリディノRS」は主人公がロータスヨーロッパ(車高がやたらと低いクルマ)の次に乗るマシンと記憶している。黒くしたらゴキブリみたいなクルマ。マンガでは赤なのだが、たまたま見た黄色に塗られた実物写真がかっこよかっのだ。

 模型雑誌の作例が、「作例」の名に値するくらい美麗に仕上げられていることは云うに及ばず、ウェヴサイトに自分のこしらえたプラモを公開している方々の「作品」も、また立派なものである。モデラー世界では「ごたく並べるヒマがあったら手を動かせ」と云う不文律(※12)も存在しているので、プラモについての文章を書くには、「作例」を用意して、それについて語るのが望ましいように思われる。(※13)
 が! そんな文章は書きたくない。模型雑誌の初心者特集(※14)を小馬鹿にしつつも、未だに腕前が上がらない、わが不幸を書く。「こうやれば上手く作れる」ではなく「こうやっても駄目でした」と云う視点で、プラモデル趣味の無い読者にむけて以下の文章は続くのである。モデラー相手なら、「スペシャルホビーのSB2Uを作りました」で、いわんとするところの七割は終わるのだ。
 「プラモデルと云う言葉は、もともとはマルサンと云う会社の登録商標だった」なんてところから始めるつもりは無いが、プラモに興味が無い読者諸氏にもご理解いただけるよう記述しているので、モデラー読者には、くどいと思われるがご容赦いただきたい。
※12 手を加えて上手く完成させる>多く完成させる>手を加えるがなかなか完成しない>買うけど完成しない>模型雑誌だけ買う>雑誌は立ち読みですませる と云う序列がモデラー各人の中にあり、下位の発言は黙殺される。
※13 主筆の個人的見解である。近年ようやく「模型史」に分類されるものも掲載されるようになってきた。近いうちに「模型表現史」も書かれることであろう。
※14 その分新商品情報や資料記事が少なくなるので、ベテランには歓迎されないが、定番企画であるし、何より向上心がある初心者(お金があればなお良い)は、良い「お客様」である。

 プラモデルなんて「誰が作っても同じ」とは、たいていのモデラーが耳にした言葉であろう。「作り手の個性が反映されるから、同じはありえない」と云う反論も、よく口に出されるものである。(プラモデル否定論として、完全自作模型派からの「所詮出来合模型であって詰まらぬ」と云うものがあるのだが、できあいゆえに愛好しているのだから、余計なお世話である。しかし模型雑誌の中には、完全自作模型の作例も、時折掲載されており、製作者は大いに尊敬されているし、以下に登場する部品も、おそらくは人の手で造られているはすでなのだ)
 
 しかし、プラモが実物を縮小(まれに拡大というオソロシイものもある)した模型である以上、工作塗装の技術を極限まで高めれば、実物の写真を立体にしたモノが出来上がるはずである。
 工業製品に個別の製造番号があり、個人にも固有の外見、独立した人格・人権があるわけだから、模型とは、元となった「実物」が存在している、ある日ある時の空間を縮小し、要素を切り分けたものと云って良い。つまり、究極に至れば同じものになる。宇宙をわがものにしようとする、壮大な試みなのである。
 その一方、模型には「モデル化して考える」と云われるように、複雑怪奇なモノを単純化して、事象の理解を助ける、と云う性質もある。「どんなカタチをしているのか」「AとBの違いは何か」を知る道具である。
 実物理解の助けとして「使う」モノであるから、さきの「究極の模型」が、ある存在の、ある瞬間を切り取ったものとすれば、こちらはそのエッセンスである。宇宙の仕組みを知るための思考実験であり仮説である。当然、解釈は人の数だけ存在するだろう。
 モデラー各位が、どのような意識のもとで工作しているかは知るよしも無い。そんな面倒な事を考えてプラモを組み立てる人はいないだろう。しかし、到達点を決めておかないと、「完成」は所詮「妥協」でしか無い。模型雑誌の作例は、到達点の一例に過ぎない。
 と云うわけで、「25年くらい前の作例(※15)」レベルの仕上がりを目指すことにした。資料は見ない、追加工作もやらない。とにかく組み立て、塗装して「完成」だけはさせるのだ。
※15 別売りディティールアップパーツ(※16←註に註釈つけてどうする!)は使わないと云う程度の意味。綺麗に仕上げる技術そのものは、実はさほど進化していない。
※16 薄い金属板を打ち抜いた計器板、アンテナ、シートベルトや、キットより精密に作られた脚柱、発動機など。近頃の模型雑誌の作例は、こうした部品の広告であるとも云える。
 
これがスペシャルホビー社のSB2Uの中身である。箱に「Canopy is injected」とあるのは、「射出成型(※17)の風防天蓋付き」と云う意味で、類似のキットでは「真空成型(※18)」のそれが入っているのと差別化しているわけだ。 


胴体部分


主翼と主脚


インジェクションの風防天蓋と、レジンの発動機、爆弾架、操縦桿、アンテナ等


 参考として「真空成型」の風防もお見せする。


ミジンコの顕微鏡写真ではありません

インジェクションは部品を枝枠(ランナー)から切り取れば組み立てに回せるが、モナカの場合は、下にある不要部分を切り取らないと次工程に入れない。このように一つのキットに二つ用意されているので、一回は失敗するものと見ているわけだ。
 発動機、アンテナ、操縦桿などはレジン樹脂(※19)。普通のプラモより細かい表現が出来るのだが、プラモ用の接着剤ではくっつかない。


左二番目から、、操縦桿、アンテナ柱、機関銃、着艦鉤、爆弾投下装置(の一部)、照準器


爆弾架、下の台から剥ぎ取らなければならない


発動機

※17 金型に高温高圧のプラスチックを充填してカタチにするもの。プラスチックを型に効率よくまわすため、枝枠(ランナーと云われる)があるのが特徴。最近のプラモが高いのは、精密な部品を作るための金型コストがかかっているためでもある
※18 軟らかくしたプラスチックの板を型に密着させて成型したもの。型とプラスチックの間の空気を抜くから「真空」、バキュームフォーム、あるいはそのカタチからモナカとも呼ばれる。
※19 樹脂の一種。主剤と硬化剤を混ぜ合わせたものをゴム型に流し込んで成型する。レジンキャスト、単にレジンとも云う。低融点金属を使うとメタルキャスト、ホワイトメタル、単にメタルとも。20年くらい前は、メタルパーツの方が主流だった。これらを素材とした組み立て模型が、レシンキット・メタルキットで、部品であればレジンパーツ・メタルパーツ。ディティールアップキット、ガレージキットの材料としてなくてはならない。「ガレージキット」の説明はやらない。
 「未完成病」という言葉があるくらい、プラモデルの世界では工作を放棄する事態が恒常化している。当初描いていた完成後の姿と、実状とのギャップのため、製作者のプライドが完成と認めない場合を除き、完成に至らない要因をあげると、
 つくる時間がない
 工作でしくじる
 塗装でしくじる
 仕上げでしくじる
 と云うものが考えられる。工作時間が無いのはさておき、仕上げに近づくほど、そこで発生する失敗(※20)のダメージは、致命的となる。後戻り作業の手間=障害が、やる気を上回った時、製作は放棄される。
 実際のところ、工作でしくじると云っても、一度の失敗が回復困難なため放棄される場合と、軽微失敗を先送りあるいは見逃したため、塗装後に重大な障害として認識されるに至ったものもある。しかし、組み立てに関する技法は入門書や雑誌記事に仔細が記されているので、慎重な作業、あるいは完成基準を下げることで回避できないわけではない。
 
 むしろ工作時点で決定的にやる気を損なうのは、部品の修復不能な破損と、紛失である。キットの部品と同一のものを作るのは、極めて困難である。まったく違う製造工程で再生する以上、元より精度が上がるか、落ちるかしかありえない。工作巧者は、むしろ積極的に部品を作り直すことがあるが、そうでない人にとっては、これこそ致命的失敗である。
 このような場合、「メーカーに部品を送ってもらいましょう」と技法書は必ず記すが、てっとり早い解決法は、「もう一つ買う」である。さらに踏み込めば「最初から二つ買う」に越したことはない。
※20 枝枠(ランナー)から部品を切り離す際に、部品にキズをつけるところから、塗装時に色ムラが出るホコリがつく、はては完成品を落としたり、踏んづけてしまうまで。人間が活動する以上、失敗はどこにでもある。
 キットの組み立てに入る(一応、SBU2の製作記事でもあるのだ)。
 国産舶来の著名メーカーの最近の商品であれば、部品の破損と紛失にさえ気をつければ、組み立ては順調に進むものである。しかし、俗に「簡易インジェクション」(※21)と云われるキットは、身構えて作らないと痛い目にあう。
 部品の変型は当然あるものとして、見なさなければならない。金型に流したプラスチックは、冷えたら型からはずしてビニール袋(トシだね、ポリ袋にしておこう)に入れられて、箱に詰められるわけなのだが、枝枠つきの部品を、乱暴に型から外せば長い部品は曲がる、反る。主翼上下を組み合わせると、このように外翼が合わないなんてことが起こる。
 


内側をあわせると、外翼はご覧の通り


 このキット、説明書が極めて不親切に出来ており、見た目の美しさとはうらはらに、部品をどの位置に取付ければ良いのか、まったく記載されていない。特に操縦席まわりの不親切さは絶望的で、フレームの取付角度がサッパリわからない


まっすぐにしろとも、傾けよとも書かれていない

 さらには座席も計器板もどこに付ければ良いものか当惑する。フレームを接着しないと、間に挟まる部品や計器板を取り付けることが出来ないので、とりあえずフレームを垂直にして接着し、接着剤が乾いたところで部品をつけようと、しかるべき位置に置いた時、それがスッポリ下に抜け落ちたのである。


部品20がスッポリ落ち、21は取付のしようが無かった

 技術読本では、接着位置を間違えたら、液体接着剤をつけて固着部分を溶かして剥がそう、と書かれているものだが、細くて長い部品を剥がせば折れるのは必定である。「ちゃんと作って色も塗る」と云う到達点を思うと、これは致命的である。
 
 あらためて模型屋に行き、アズール社(これもチェコだ)のV−156F(※22)と云うキットを買った。「奉仕価格1764円」(売れてないんだね)。本当はSB2Uがもう一つあれば良かったのだが、模型店になかったのだ(この文章を書くため、探し回って手に入れた)。


アズールの箱画、爆弾があたっていないのはドイツへの気兼ねか?

 幸い、アズールのキットは説明書の不親切さまで同じくらい、スペシャルホビーと設計が良く似ており(実際はアズールの方が古い)、部品の流用は問題なしである。
 最終的に、工作時の失敗は、機首のアンテナを切り離す際に紛失、後述するが主脚カバー取付ミスによる作り直しまで発生した。その都度チェコに手紙を書いていたら、それだけで放棄するに充分であろう。


 失敗を修正しようとして墓穴を掘ることもある。工作過程で消えたスジボリを再生するつもりだったのに、線が曲がって消えたままの方がマシだった、と云うこともある。これは作り手が技術習得する上で避けては通れない道なのだろうが、一個しか無いキットにリスクのある工作はやりたくないのが人情と云うものだ。こんな時、練習台があれば、と思うことがある。
 絵描きは作品とは別にデッサンを始終やり、下絵・習作を多くすると云う。一方、かつての自分を振り返れば、少ない小遣いで買い求めたキットは「陛下から下賜された兵器」同然で、それをツブすなどと云う発想はまったく無かった。技術は数をこなさないと絶対向上しない。腕前が上がらないモデラー(=自分)は「毎回ぶっつけ本番」の意識を持っていたのではないだろうか。
 予備機があれば、万一の事態に即応できるし、一度組み立てを経験すれば、失敗のリスクは格段と減る。二度と作りたくないようなキットだったら、余所にやってしまっても困らない。部品を持って行かれた残りは、工作技術向上の練習にするなり、捨ててしまえば良い。完成品とて作者がこの世を去れば、ゴミに過ぎない。
 作り手にとってプラモが何であるかがハッキリしていれば、キット自体で完結させるべきか、素材と割り切るかが決まってくるのである。今回のSB2Uは金をつぎこんででも完成させる、と決心しているのだ。
※21 普通のプラモデルは製造方法から、「射出成型キット」=「インジェクションキット」と呼ばれている。模型専門店くらいにしかないようなメーカーが作っている、部品を枝枠から切り離す前の状態が、パッとしないものをこう呼ぶ。簡易な設備で製造されていると思われているところから「簡易」の名が付けられているらしい。社会主義時代のソ連や東欧のプラモデルは、出来の悪さで有名であったが、当時はもっぱら「東欧キット」と呼んでいた。簡易インジェクションキットが出る前、マイナーな飛行機は真空成型キットしかなく、これを完成させられるモデラーは、神様のような人であると今も思う。
※22 SB2Uのフランス向け輸出型。胴体下の爆弾投下装置がない、主翼にダイブブレーキ(急降下爆撃時に使うエアブレーキ)がある。第二次大戦のフランス機そのものがマイナーなので、これもマイナー機である。
 一番手を焼いたのが主翼である。さきにもふれたが、外翼が合わない。部品の変型と云うことで、クリップであわせて熱湯につけ込んでやったところ、主翼を貼りあわせると、なんと翼後縁に2ミリ近いスキマが出来てしまった! 裏側を削りこんで1ミリ弱まで薄くして貼り合わせやれやれと思い、乾燥したところで胴体と合わせてみれば、主翼が胴体より2ミリほど低くなってしまった!
 これも充分致命的失敗なのだが、完成させる意志はこれくらいでなくなるものではない。アズールの主翼を使うことも考えたのだが、主翼にダイブブレーキ用の大穴が開いていて、使うには埋めなければならない=面倒である。


アズールの主翼、部品割りがそっくりである。車輪が無いのは、流用したため

 ならば貼り合わせた主翼を剥がして、上下接合部にプラ板を挟んで修正するところなのだが、接着してスキマも埋めてしまったあとなので、これも面倒だ。表側に厚みを付けるしか手はないのである(この文章を書くために、もう一機買ってきて、主翼を合わせしてみると、クリップで変型を修正した時、上側をへこませてしまったことが判明した)。
 胴体側から幅4ミリ、厚さ1ミリ・0.5ミリ・0.25ミリのプラ板を、ベタリ貼り付け接着剤が乾燥したら、とにかく削り込む。切断面を整形しなかったので、削り込みが進むたびにスキマ現れ、その都度瞬間接着剤を流して埋め、削り直す。見逃した失敗があとで効いてくる実例である。胴体と主翼のスキマにも0.25ミリプラ板を貼り付けてスリ合わせをするが、殆ど無くなってしまった。補助翼のスキマを無くため、後縁を削り込んだら、羽布張り表現(※23)はなくなる。切り離してV−156Fから補助翼を持ってくることも考えたが、期日までに完成しなくなりそうなので、ここはあきらめる。
※23 初期の飛行機は、木・金属の骨組みに布を張って作られていた。第二次大戦時でも、動翼部分が布張りの機体は多い。SB2Uの場合、胴体の後半と、外翼後半分が布張りである。ここの再現が飛行機プラモメーカーの腕であり、工作の過程で失われたそれを復元するのが製作者の腕の見せ所なのだが、完成してしまうと、どこを直してあるのかは見えなくなり、自分で組み立てる時、初めて手が加えられていたことに気が付くのである。
 飛行機の風防は、目立つわりに胴体との合いが良くないことがあり、放置すれ見てくれ悪く、修正をしくじると致命的失敗になるので、慎重に接合部の合わせを確認する。前をあわせると後ろがズレ、後ろをあわせると前が曲がる(以下前と後ろを入れ替えて百回繰り返し)ので、部品をカッターナイフで30分かけ、前後に切りわける。胴体より風防の方が幅広なので、胴体に接する枠のところだけを削る。後部風防にスキマがあるので、胴体側に0.25ミリプラ板を貼り付け、スリ合わせ。不自然な仕上がりとなるが、それが実力だから仕方がない。


風防後端が乗る胴体が不自然に盛り上がっている

 工作したからと云って、仕上がりが良くなるわけではないのが、シビアな現実である。
 
 胴体を貼り合わせたあとで、カウリングを物理的に取付けるところがまったく無いのに気付く。ランナーを適当に接着して、カウルの空洞部分が乗っかるようにしてやり、プラ板でガタが出ないようにする。


ランナーは上と下だけでよかった…。斜めの板も意味がない

 説明書の図面と比べると、高さが足らないように見えてしかたがないのだが、分不相応な改造は、失敗の元なので不問にする。

 この段階で、主翼と胴体をそれぞれ塗る。垂直尾翼と主翼の下塗りのため白を吹き付け。水平尾翼は部品状態のまま白を塗っておく。主翼の黄色は最初に塗った原色が明るすぎたので、資料は読まないつもりであったが、またまた模型屋に行き、モデルアート別冊「アメリカ海軍・海兵隊機の塗装ガイド1920’−1954」を買う。主翼の黄色は「オレンジイエロー」と書いてあるので、また模型屋に出て塗料を買い直し、塗り直し。(※24)
※24 実物の破片、公的文書、メーカー資料を駆使して正しい色を再現しても、縮尺模型にそのまま塗って良いのか、と云う問題はあるし、それが世間に受け入れられるかどうか、と云う別な問題もある。なにより普通の人から見れば、「綺麗に塗られていますね」で終わりである。正しい色は使いたい。しかし混ぜ合わせるのはイヤだし、本当に「正しい色」なのか検証するのは、さらに面倒である(笑)。
 色もついたので、水平尾翼の取付を真面目に考える時期となる。尾翼にタボなく(※25)、機体にはミゾもアナも無い状態。スリ合わせて接着してしまっても、そこそこ強度は保てるだろうと尾翼を見ると、左右でカタチが違っていることに気が付く(笑)。


ご覧の通りアナもミゾもない


水平安定板と昇降舵に段がある

 胴体のカーブにそって、水平尾翼の機体取付側もカーブしているのだが、一方がカーブしすぎに対し、もう一つは殆どまっすぐである。どちらかが嘘つきなわけだが、実は両方ともインチキなんじゃあないか? と云う疑念も晴れない。形状の違いはパーティングライン(金型を合わせたスキマに生じる線、型の合わせが悪いとプラスチックが板状にはみ出して『バリ』になる)が豪快だったためと判明。接着面を平らにし、金属線を埋めて補強させることにする。
 尾翼を差し込んで(突出部分は作業の邪魔になるので、主翼の組み立てが終わるまで接着はできない)、説明書の図面と比べると、図面では昇降舵が機体の軸と直角に交わるようになっているのだが、キットの部品ではそうなっていない。接合面の角度を変えてやるか、スジボリをやり直す必要があるのだが、片や面倒、片や技術は無いので、ここもそのまま。
 プラモデル作りは、部品のみならず妥協も組み上げるものである。
※25 この障壁を乗り越えられれば、作る機体が見つからない、と云う悩みは大幅に減る。大昔のプラモの場合、タボがかえって仇となる場合もあるし、ガタガタで意味が無いこともありうる。
 主翼と胴体を接合する。境目には黒帯が入るから、スキマはそのままでも良いか、と思ってはみたものの、接合時の感動(苦労して整形した主翼が胴体とあわさるのだ、なんで感動さないでおられよう!)が醒めてみれば、やはり放置できなくなり、瞬間接着剤を流し込む(※26)。翼と胴体の塗装を痛めないようにマスキングテープを貼って、ペーパーがけ(※27)をする。荒目でなでて、盛り上がりの高さをならし、シャリシャリとペーパーを回せるようになると、作業をしている充実感が出て楽しくなってくる。が、楽しさと仕上がりは無関係であり、削りすぎると云うオチも待ち構えている。
 接着剤を流し、乾いたら400あるいは600番耐水ペーパーでそれを削り、接着剤が流れていないところに、改めて接着剤を流す(以下半日ほど繰り返し)という、地味な作業である。
※26 瞬間接着剤を、スキマに流して埋めるのである。模型用パテ(料理には使えません)を使うより乾燥が早いが、削るのがけっこう面倒だったりする。
※27 耐水ペーパー(紙ヤスリ)を使って、表面を削ったり、磨いたりすること。作業によって、目の荒さを番号を目安に使い分ける。番号は大きくなれば目が細かくなり、用途も「削る」から「磨く」に変化する。プラモデル作りの場合、大きく大胆に削る=320、400番、慎重に削る=500、600番、仕上げるあるいは塗装表面だけを削る=800番、さらに仕上げるあるいは塗装表面のデコボコをならす=1000番以上のように使い分ける。
 風防を塗る。技法書では、マスキングテープを貼り付け、ナイフで枠部分を切り抜いて塗装するよう書かれているのだが、テープを風防に貼り付け、ナイフで枠の部分を切ると、枠通りにナイフが走らない。一通り切れ目を入れて剥がすと、残るべきところも一緒に持ち上がり、あわててテープを圧着し、切り直して再び持ち上げれば、窓枠より小さく切り取られたテープと、ナイフ跡の入ったガラス部分が眼前に展開されるのである。結局「テープを切らず、ワクに沿って貼り付け、複数工程で塗ればよい」と云う発想に目覚め、タテ方向にテープを貼って塗るものの、貼り方がイイカゲンだったので、フリーハンドで塗ったのと仕上がりは変わらないのである。


左から二番目の窓にキズが見える。


 このように真っ直ぐに作業をすることが出来ない。スジボリもそうなのだが、性根が曲がっているせいか、定規をあてようと思わずに、フリーハンドで仕上げればウケると思うのだ。しかし見る側から云えば、フリーハンドでもマスキングしていても、キチンと塗り分けられているかどうかが肝心で、ヘロヘロした線は、製作者のズボラさを世に喧伝するだけである(※28)。
 定規をあてられないモデラーは、いずれ行き詰まると思う。ナマモノのキットではあればフリーハンド作業で上等な仕上がりに持ち込むことができても、工業製品の模型には通用しない。
※28 近頃では、キットにあらかじめ塗装された風防が用意されていたり、作ろうとする機体専用のマスキング資材まで市販されている。市販完成品がうらやましく思えるのは、風防天蓋の塗り分けがキチンとしているところだ。他のモデラーの作品でここが上手くいっているのを見ると、本当に悔しくなる。
 細部工作をするつもりなく、キット指定の塗装をするだけであれば、実機資料などはキットのウソ(※29)に気付いてしまってやる気を損なうだけだから、到達点によっては見ない方が作業は速い。しかし、キットの説明書をどんなに真剣に読んでも、部品の取付け方がわからない時は、資料に頼らざるを得ない。このキットでは、主脚カバーの取付けがそれにあたる。説明書を見て悩んだあげく取付けしてみたものの、「明確な間違いを放置するのは恥ずかしい」と思い直して、この段階で「SB2U Vindicator in action」と云う舶来資料を買う。二千円くらいでしょうか。この説明図から、実物のカタチを想像できたら大したモノである。


脚まわりの取付図


実機の脚の付き方はこうである

 案の定カバーの付け方を間違えていた。主脚柱にカバーをガッチリ接着してしまったので、剥がすことが出来ず、タイヤの取付穴を深くして柱とタイヤを密着させたのも仇で作り直し決定である。予備機があると決断が早い。しかしカバーのスリ合わせは断念した。

 なまじ資料があるとキットのイイカゲンな部分が見えて腹が立つ。カウリングの開口部にしかけがあったり、空気取り入れ口の取付けがなだらかになっていたり、垂直尾翼のアンテナがしっかり存在していたり…面倒なので目立つアンテナとインテーク部分だけ少し加工し、主翼に機銃の穴を開ける。機銃穴は、資料の写真を見ても殆ど見えないのだが。主脚カバーの構造は、正直なところ資料を見ても良く分からないし、SB2Uの特徴である、ブレーキ替わりのプロペラもしかり。折角買った資料ではあるが、100%アテにはならない。この飛行機の人気のほどが良くわかります。
※29 実物の1/72や1/144の世界であるから、省略はつきものであるし、形状の解釈に問題があることもある。これをなんとかしようとすると、到達点と現実のギャップで製作放棄に至るのである。市販のディティールアップパーツが求められる所以でもある。
 レジン樹脂の部品は使いたくない。普通のプラスチックに比べて細かい表現が可能、と云う利点は認めているのだが、切り離しに気を遣うのと、瞬間接着剤を使うため、接着でしくじる危険性が極めて高いのである。特に部品そのものが小さく・薄くなるとリスクは倍増する。カウリングにつくアンテナは、見事に飛び去って行方不明となり、V−156からいただく羽目に陥り、風防に穴まで開けて取り付ける爆撃照準器はご覧の通り曲がってしまった。


曲がった照準器、アンテナ柱が湾曲しているのは部品の変型のため

 爆弾架は、取付位置らしき穴が主翼下にあるので、それを掘り抜いておいたにもかかわらず、部品にはタボは無い。穴の真上に取付けしないと無様になるので、文字通り墓穴工作になってしまった。しかも位置は説明書に記載されていないし、資料の図面では爆弾が描かれているので、わずかに見えるところから見当をつける。


部品35が爆弾投下アームである


 爆弾はキット付属のモノの出来がよろしくないので、ハセガワのSBDドーントレス(※30)から流用する。そのために買ったものである。「必完」の決心あれば、この程度の出費はやむなし! 米軍のジェット戦闘機のような、「武装セット」があれば、このような無駄な出費をしないで済む。今時であれば、レジン製の爆弾くらい置いてあるのだろうが、改造用別売部品は、模型屋の片隅にあれやこれやとぶら下がっているので、探すのがやっかいである。メーカー名と型番を指定して店員に探してもらうのがラクなのだろうが、本屋をウロウロする人間が、そんな殊勝な真似をするわけもない。
 爆弾と爆弾架が揃ったところでようやく爆弾を載せてみると、今度は爆弾投下アームの長さが足りないことに気付く。工程が進むごとに障害が待っているような気がしてくる。脚をつけずに組み立てた、イ16(※31)の主脚の部品を切って直線部分を延長。目分量で延ばしたので、何ミリと記述できない(定規を当てないモデラーが、いかにアテにならないかが、わかろうと云うものだ)。接着剤が乾いたところで、スキマを埋めてやる。力を入れすぎると接合部が折れるので、慎重に進める。


車輪収容部分の穴が浅いのは、主翼を削り込んだため

※30 「ハセガワ」はメーカー名。飛行機プラモの老舗である。昔のキットと最新のキットを並べると、製造技術の進歩を実感できます。ドーントレスはSB2Uの次に登場した米海軍の急降下爆撃機。ミッドウェイ海戦での活躍で有名。
※31 ソ連の戦闘機、引込脚戦闘機のはしりとして有名。スペイン内戦、支那事変、ノモンハン事変で活躍。
 水平尾翼を取り付ける。想定内とはいえスキマの大きさには滅入る。


買い直したもので再現したもの

 いったんは見逃したものの、尾翼全体のスキマをつぶすことにしたので、右側は0.25ミリ板を差し込み、左側には0.25ミリ板を0.2ミリ程度まで薄くしたものをねじ込む。スキマに瞬着を流し込み、乾いたところでまた流し込んでスキマを埋める。その後はペーパーがけである。垂直尾翼と胴体の塗装を痛めないように、テープを貼り付けておいてから、じわじわとすりあわせる。部品合わせの良好なキットであれば、カタチが出来上がるくらいの時間、ひたすら続けるのである。目分量で金属線穴を開けたため、尾翼の位置がずれた。
 胴体の銀色は筆塗り。主翼と尾翼は吹きつけをしている(※32)。主翼とカウリングの緑帯も筆塗り。テープを使って塗り分けているはずなのだが、塗料がテープの下に流れたり、テープを貼る位置がいいかげんだと、帯が左右でズレる、などという楽しい結末が待っているのだ。


緑の帯、幅も違っている


 塗料は乾きが早いMr.カラーで、タイヤとカウリングの排気管部分、機体の足かけのところはタミヤカラー(エナメル)のジャーマングレイにしている(※33)。
※32 筆塗り吹きつけどちらがいいか、などと云う話もあるが、ちらかった部屋でも作業できる筆塗りと、作業空間を確保しないと始められない吹きつけの、初動差は大きいが、一応完成写真を掲載する決心ができたのは、吹きつけのおかげなのも事実。塗料のびんを倒す危険はどちらも同じ。
※33 Mrカラーはラッカー系、乾燥の早さと塗装皮膜の強さで多用されている。エナメル系は塗料ののびが良いので、筆で細かく塗るのに重宝と云われるが、最初に塗ったプラモの塗装説明書が、どちらの塗料で指示されているかが、最初の分かれ目だと思う。
 塗装が終わったところで「もういい」と思うのだが、デカール(※34)を貼らないと、今回の到達点には届かないし、世間でも完成した、と見なしてくれない。国籍マーク、所属軍名(U.S.NAVY)、機体番号、型式名などを、いちいち位置をあわせて、曲がらないように貼る。お湯につけ、ノリを溶かしたマークを、親指で台紙から半分ほどずらしておいてから、目的の場所に近づけ、親指でマークだけを機体表面に乗せると同時に台紙を引き抜き、位置をあわせて水分を取る。国籍マークが破れかかったのが一ヶ所発生。「完成後」この文章を書いているうちに、このようにデコボコになったところもある。


破れ&空気が入ってデコボコになってしまった


 透明塗料を吹き付けて、デカールが剥がれないように、かつ全体のツヤを合わせるよう、技法書では紹介されているのだが、銀色の光り方が鈍くなるし、何よりもクリアー塗料(※35)を買ってくるのと吹き付けるのが面倒なので、これで「完成」にしてしまうのだ。
※34 スライドマーク、転写マーク、小学生のころは「水シール」なんて云い方もした。台紙に色あざやかに印刷されていて、印刷面の下には水溶性のノリがある。水あるいはぬるま湯でノリを溶かし、台紙からマークをずらして(スライドさせて)貼り付ける。印刷がズレている、厚みがあって固い、すぐ破れる、下が透けるなど使ってみないと判らないことが多い。これを使わず、塗装でマークを描く人も神様だ。現代ジェット機には、あちこちに注意書きがあるので、デカールの数が嫌がらせのように多い。ガンプラの「注意書き」は、もともと飛行機のそれを真似たものである。
※35 透明塗料のこと。ツヤだけを出す(消す)ものから、赤や青など色があるもの様々。仕上げ専用の塗料もある。
 カウリングのアンテナ柱、プロペラを取付け、ようやく「完成」である。

 細かいことを云えば、主翼の黒帯には、主翼がわに黒線が延びているのだが、精根尽き果てたので、ここはツッコミどころとして残しておく。主脚カバーの取付もインチキだし、


脚カバーのインチキさがよくわかる

カウリングのアンテナ柱も曲がっているので、


自分の失敗をあらためて書くと腹がたってきた

 「25年前の作例」どころか、「読者投稿のボツ作品」どまりになってしまった。これが実力なのだから「偉そうに能書き垂れてこの程度」と云われれば、その通り。
 モデラーが、一つのプラモを完成させるのに、どれくらい手間暇かけて作業をしているのか、と云うことを、モデラーでない人向けに、とにかく書いてみたかったのである。


工作前(右)と工作後(左)


 「兵器生活」の更新もやらず、本も読まず一ヶ月と半分の時間を製作に費やしても、ここまで。それをコンテンツにするために、もう一つキットを買い、写真を撮り画像を加工して文章を書くのも、道楽とは云え、大変な作業でありました。いつものパターンの方がラクです。「元ネタ」を作る必要がないんですから(笑)。
 キットに資料、工具に塗料と投下した金額はかなりなものではあるが、模型雑誌に良くある「呑むより安い」と云う言葉が正しいことも、今回立証されたのである(しっかり呑んでましたが)。
 
 
(おまけのおまけ)
 会合に持参するため、搬送用の箱を用意する。「文庫本20冊収納用」として市販されている、ダンボールに、飛行機三機を収めるようにする。箱が深すぎると、取り出す時にアンテナ等を壊してしまうので、底にSB2Uの箱を置き、その上に並べるようにした。厚紙を立てて機体が動かないようにする。ピトー管を痛めないように、主翼前縁と車輪で支えるようになっている。


SB2Uの主翼が出来上がる前に、九六艦戦は塗装まで終わりました

 傾けても機体がひっくり返ることは無いが、会合からの帰宅時にタキシーの座席に置いたままにしていたら、SB2Uの主脚柱の支柱が振動ではずれていたのである…。

(さらなるおまけ)
SB2Uヴィンジケーターなどと云うマイナー機、まさか日本に紹介されてはいないだろう、と手持ちの古雑誌を調べてみると、戦前の米軍機は、案外多く掲載されているのであった。今回わざわざ製作困難(たんに身の程知らずなだけである)なキットを選んでしまったのは、古雑誌で見た写真が意識下に擦り込まれていたのであろうか…。
 戦時中に掲載された記事が本文にまったく無いのも悔しいと云うか、詐欺のようなので、「飛行少年」昭和19年11、12合併号(大日本飛行協会)掲載、「不遜にも わが南方 国防要線をねらう 敵米の艦載機」と云う記事の一部をご紹介しておく

 敵アメリカは不敵にも、去る十月十二日、わが台湾東方沖海面に出現して、一挙に台湾侵冦を目くろんだが、精鋭無比なるわが帝国陸海軍航空部隊は協力して、これに殲滅的打撃を与え、敵の野望を木葉(ママ)粉微塵に打ちくだいたのは、真に痛快なことであります。
 しかし、敵はこの痛手にもこりず、あくまでも、その富み(ママ)と物量と兵力にものをいわせて、補給の続く限り、喰いさがって来ています。そして、沈められても撃墜されても、次次と多数の航母や飛行機で、死物ぐるいの戦いを挑んで来ています。
 ではこの台湾沖航空戦で、敵アメリカはどんな飛行機を使用し、どんな風に活用しているかを御参考にしたいと思います。
(略)次ぎに爆撃機でありますが、カーチスSB2C(ヘルダイバー)、或はヴォートシコルスキーSB2Uと思われます。
(略)ヴォートシコルスキーSB2U−3ヴィンヂケーターは、低馬力の割に積載量は大きいといわれ、四〇〇キロ位の爆弾を積んで来ます。
 以上が艦爆の主なものでありますが、わが艦爆とくらべて、性能はやや低いとされています。

 実際のところ、艦爆に関する記述の殆どは、さすがに現用のヘルダイバーに割かれていて、われらがビンちゃんの説明はこんなものである。もはや使わなくなった機体を「不遜」と書かれても、困ってしまう(プラモは充分「不敵」で「不遜」でありましたが)。
 「敵はこの痛手にもこりず…」の部分は、「その富み(ママ)と物量と兵力にものをいわせて」を削ってしまうと、むしろ日本の立場を解説しているようにも思えてならない。
 「性能はやや低い」と云う書き方も、弱気です。