海軍砲の価と衣食住

少しは軍事に帰って32万おまけ


 これも、先日ご紹介した「生活」大正2年9月号に掲載されていたものである。「兵器生活」の看板が倒れかかっているので、つっかい棒の一つもやろう、と云う意図である。


記事です

 おそらくは戦艦の砲口に、水兵が収まっている「微笑ましい写真」に、「海軍砲の価と衣食住」と云うタイトルの文章がつけられたもの(説明にも何もなってない文章だ)。いわく

・最新式十二吋(インチ)砲の砲口へは人間一人が楽々と這入り得る。
・此の大砲を製造するには砲身のみで十二万円砲塔を加算すると四十万円はかかる。
・更に驚く事は、此の十二吋砲をドンと一発放す時は一千円かかる(此の一千円中には、砲齢の損失を含む)
・此の四十万円を我々の日常生活費に割り当て、三度の飲食費を仮りに二十銭とすると、一日に二百万人丈け生活され、一年に五千三百十五人の生活を支弁し得る。
・六畳二間敷の長屋を坪十五円で作るとして、四千四百四十四軒余となり、一円五十銭の浴衣は二十六万六千六百六十六反、一反十二円の紗は三万三千三百三十三反余、一斤七十銭の牛肉を買う時は、九十九万九千九百九十九斤余となる。
・此の砲を打つ為に、人間一人を二年間教養して偖(さ)て戦となって、千円かかる大砲をドンドン惜気なく放して、夫れで艦に命中するか何うか神でも之ればかりは予言敵が出来ぬ。
・我に何吋の砲ありと威張ったにしても、其砲は世界に類のない贅沢品である。新たに製造しても、当分戦がなければ練習用で砲は減る。或る年限が来れば、肝心の戦もせぬ中に廃物にして払下げでもして了(しま)わねばならぬ。

 兵器の価格をして、生活必需品に換算し、以て軍備の無駄なり愚かなりとする筆法は、今日も目にするものである。もっとも、軍艦の数には限りがあるから、いくら「一日二百万人丈け」の食費になるとは云え、日本人全員が一日タダ飯にありつけるかどうかは、微妙なところである。

 日露戦役終わって国民が一息入れ始めた時期、軍備増強を求める陸海軍と、財政難にあえぐ政府は対立しており、政局はモメていた。一方国民は、日露講和をめぐって暴動を起こすまでに成長していたのだから、斯様な記事も出てきて当然なのである。
 日露戦争で帝国海軍が大いに働いたことは、当時の日本人なら誰でも実感していそうなものだが、日本海海戦から9年も経てば、もう充分だろうと思うのが民心と云うものである。
 昭和16年以降の新聞・雑誌記事ばかり見ている身には、「これが『大正デモクライシー』と云うものか」と、感慨深いものがあるが、記事に立ち返って注目すべきは、「六畳二間の長屋」に始まるくだりで、よーく見れば

 長屋:4444軒、浴衣:266666反、紗:33333反、牛肉:999999斤
 と、ゾロ目になるような物を、わざと選んでいるのがわかる。

 せっかく前回「3千3百倍の法則」を見出したので、これを適応してみると、
モノ 元の値段 換算後
大砲 12万円 3億9千6百万円
砲塔 40万円 13億2千万円
砲弾 1千円 330万円
一日の飲食費 20銭 660円
浴衣 1円50銭 4950円
牛肉一斤 70銭 2310円
 となる。一日の食費660円を多い少ないで云うと、外食生活者では、朝昼カップ麺に、夜は牛丼…貧しい食生活である。ちなみに牛肉一斤は、約600グラムであるから、「グラム385円」となる。牛肉はやっぱり高いのであった。

 肝心の兵器の価格について、もう少し検討してみる。3千3百倍方式での価格は、すでに表に入れた通りだが、この考え方が正しいかどうか、納得できるものかどうかは、別な話にならざるを得ないくらいには、慎重なのである。

 現在12インチ砲弾がいくらで、砲・砲塔がナンボなのかを考えようと思っても、新品が手に入るわけでなく、中古品があったとしても骨董品価値の世界になってしまうから、とにかく近似値をめざす。軍艦の12インチ(30.5センチ)砲に匹敵する現行火砲は何か? と云うのも、考えるだけ馬鹿馬鹿しいので、陸上自衛隊で使用している、203ミリ自走榴弾砲をベースに考えてみよう。たまたまウェヴ上に資料があっただけのことで、口径が一番大きいと云う理由だけで選んだものである。
 防衛庁契約本部で公表している平成15年度の競争入札データを見ると「203mmH.M1発射装薬(緑包)」が、2400個で68,775,000円で落札されている。さらに同年度随意契約のデータには、「203mmH.M106Jりゅう弾」が、562,370,760円で契約されている記述も見つかった。弾の単価・数量は伏せられているので、参考になるものはないかと探してみる。
 「大砲と装甲の研究」と云うウェヴサイトには、さまざまな大砲のデータが掲載されているのだが、203ミリ自走榴弾砲のページには、装薬に関する記述はない。この砲以前に使用されていた、M2 203ミリ榴弾砲のデータには、1号〜7号までの装薬を使用し、1−5は緑包、5−7は白包とあるので、この数値を拝借し、2400個の装薬で、2400発の弾を撃つことにすると、

 弾:234,321円、装薬:28,656円で一発ドカンとやると約26万3千円と算出される。
 先の330万にくらべると、かなり安い。弾幕を張る榴弾と、一発必殺の徹甲弾を同じ土俵に上げたのは失敗だったか(笑)…。

 もう少し値の張りそうな戦車用ではどうか? 74式戦車用「91式105mm多目的対戦車りゅう弾」が3,277,044,540円、90式戦車の「120mmTKG、JM12A1対戦車りゅう弾」は5,144,115,270円ナリと価格は出ているが、どちらも総額だけ、単価を算出するに足る情報が無い、まあ数量がわかってしまうと、国防上不具合が出かねないから、これ以上追求はしない。榴弾5億で戦車砲弾が30から50億だから、少なくとも倍はするのだろう、となれば最新式12インチ砲弾が、現代ならば3百万する、と書いてもデタラメにはあたるまい。納得のいかない方は、後ろに手が回らない程度に計算しなおして見るように。

 色々計算したものの、的確な金額ははじき出せず、ただ「軍備にはカネがかかる」そして「思いつきで始めたネタはつじつま合わせに苦労する」と云う、これまた面白くない結論で終わる。


罪滅ぼしに写真を大きくしてみました

 「一人くらい抜けなくなったヤツがいるはずだ」と思いつつ、昔(戦後も含め)の通俗軍事本には、戦艦の砲弾や、爆弾の横に人が立っていて、「こんなに凄いんだよ」と読者にハッタリをかましていたものだが、近頃トント見かけなくなったことに気が付いた。数字だけと云うのは、やっぱり淋しい…。

(おまけのおまけ)この「生活」には、こんな記事もある。「癌腫快癒の実験 ラヂューム療法の効能」と題されたもので、濱口吉右衛門と云う人が、「本年の二月頃に」診断された、自分の咽頭ガン治療にラジウムを使用した体験記なのだが、

 幸い事情に差支がないので、直ぐに外国から所要のラヂュームを購入した 数回に分ちて購ったので、精確な額は解らぬが合計二万円以上になったと記憶する。

 と書かれている。「事情に差支がない」とは、『カネに糸目は付けない』を婉曲に表現したものに他ならない。この2万円を3千3百倍すると、6千6百万になる。兵器だけでなく、先端医療も高くつくのであった。
 この濱口さん、「系図でみる近現代」で紹介されている九代目吉右衛門と思われるのだが、没年が、なんと大正2年なのである。記事の最後は、

 私は世の文明−殊に近世医界の驚く可き進歩発達に対して、深く広く感謝の念を禁ぜぬ者である。

 とあるが、世の無常を強く思う。

(おまけの訂正)
 203ミリ榴弾の価格について、初掲載時には、
 「(略)弾の単価・数量は伏せられているので、「91式203mmりゅう弾空砲」が1072発契約されているのと組み合わせて推理すれば−装薬と弾・空砲がすべてセットになると仮定する−、空砲分を差し引いた装薬数が、弾数になる−装薬一つと実弾一発がセットになると云う前提−これで1328発と云う数が出るから、あとは5億6千2百万ちょいから、単価を割り出せば良い。

 弾:423,472円、装薬:28,656円で一発ドカンとやると45万2千円ちょいと算出されたのである。」

と記載したのだが、読者の方より「空砲と装薬は合わせないのではないか?」とのご指摘をうけ、総督府一同慎重な協議の結果、「主筆差違」の結論を見たので、本文表記を修正した。
 この機会に弾と装薬のことも、ちと調べ直してみたら面倒なことになったのは、本文に記した通りである。「良くわからない」で終わらせると、読み物としてまったく面白くなくなるので、あえて掲載した次第である。疑おうと思えば、防衛庁で公表しているデータそのものから、始められてしまうことは、云うまでもないだろう。

(訂正の修正)
 訂正後、さらに「緑包1個」が、「5号装薬」、「白包1個」が「7号装薬」になると云う、ご指摘をいただいたので、
 「契約本部の落札データは、2400個すべて緑包なので、1号〜5号までの組み合わせになる。仮に1号を装薬1個と考えれば、弾数は最大2400発・最少480発となる。よって、もう少し幅を持たせた書き方をしてみれば、

 一発ドカンとやれば、26万から130万(真面目に考え出すと、アタマが痛くなってしまうのだが、装薬1個が1号装薬だと云う根拠も持っていないのだから、このへんでやめる)と云うことになる。」
と云う記述を削除した。
 部隊への支給は最大装薬状態で行い、射撃時に減薬する運用となるそうである。演習には「緑包」を使用する(『白包』をまるまる使うと、演習場を飛び越してしまうのですね)。