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 近代化には、「間口を広げる」こと、と云う考え方がある。一人の主権者から国民主権へ、特権階級向けのアートが美術館で公開されたり、上流階級だけの乗り物・持ち物が「(グレードは落ちるが)一家に一台、一人にひとつ」と広がることで、共同体すべてが豊かになるっていく、と云うものだ。
 軍隊の近代化と云うのも、貴族・豪族の私兵、傭兵から、国民全員が自ら国防の任にあたる発想が見直されたことで推進されたところがある。近代的な国家は、そんなところから生まれたとさえ云われている。

 最近古道具屋で手に入れたのが、このチラシである。

 シワが寄ってお見苦しいのであるが、「富国徴兵保険相互会社」(1945年9月に、『富国生命保険相互会社』に商号変更。『フコク生命』のこと)が、昭和12年の兵役法施行令改正にあわせて発行したものである。紙面に貼られた新聞切り抜きに見られる通り、法令の改正で、

五尺足らずの小男も
威張って甲種合格


どしどし生まれる
眼鏡の兵隊

と、兵隊さんになれる人の範囲が広がって、フニャフニャした線の可愛い兵隊サンが喜んでいる。と云うことは、今までは「チビとメガネはダメだった」ことになり、松本零士のマンガに云うところの「メガネでガニマタの日本兵」は、この改正で発生したものといえるわけだ。

 「甲種合格」は、時々「優秀」と云う意味で使われる場合があるが、もともとは徴兵検査の結果が「体格・甲種」で「検査・合格」と云うことで、

 チラシで云う改正前の兵役法施行令によれば、
 第六十八条
 兵役法第三十二条第二項ノ規定ニ依ル標準及同法第三十三条第一項ニ規定スル体格等位左ノ如シ
 一 現役ニ適スル者ハ身長一・五五メートル以上ニシテ身体強健ナル者トス
 現役ニ適スル者ハ其ノ体格ノ程度ニ応ジ之ヲ甲種及乙種ニ、乙種ハ之ヲ第一乙種及第二乙種ニ分ツ
 二 国民兵役ニ適スルモ現役ニ適セザル者ハ身長一・五五メートル以上ニシテ身体乙種ニ次グ者及身長一・五〇メート ル以上、一・五五メートル未満ノ者ニシテ第三号及第四号ニ該当セザル者トス之ヲ丙種トス
 三 兵役ニ適セザル者ハ身長一・五〇メートル未満ノ者及左ニ掲グル疾病其ノ他身体又ハ精神ノ異常アル者トス之ヲ丁種トス


 と書かれていて、甲種だけでなく「乙種合格」、「丙種合格」に「丁種不合格」もある。「丙種合格」と云う言葉も、「甲種合格」の反意語として一般(といっても今時使う人はいない)で使われる事がある。わかりやすく例えれば、男性向け雑誌広告にあった「貧弱な坊や」で、「誰もが『一人前の男』と認めてくれる」状態が「甲種合格」と思ってもらえれば良いだろう。ちなみに検査時点で兵役に適するか否かが判断できない場合は、再検査となる(甲乙丙丁の次なので「戊種」)。

 チラシに戻る。規準の緩和が何を意味するのかと云えば、チラシの文言を使えば「甲種合格が増加し、入営者も、ぐっと多くなる」別な言葉を使えば、兵隊に取られる人の範囲が増える=日本軍の数的強化、である。
 ここで「兵隊に取られる人の範囲が増えた」と回りくどい表現を使ったのは、「甲種合格」全員が必ずしも「現役」の兵隊として「服役」するわけでは無いからである。

 兵役法施行令の元になっている兵役法(昔社会科の時間で『法律−法令−規則』と習ったことが今頃役に立っているぞ!)の第二条では「兵役ハ之ヲ常備兵役、後備兵役、補充兵役及国民兵役ニ分ツ」と兵役を4つに分けて定義し、さらに「常備兵役ハ之ヲ現役及予備役ニ、補充兵役ハ之ヲ第一補充兵役及第二補充兵役ニ、国民兵役ハ之ヲ第一国民兵役及第二国民兵役ニ分ツ」となっている※。
※昭和14年に「第三乙種」が新設され、第三乙種を第二補充兵役にあてることになった
兵役
常備兵役 後備兵役  補充兵役 国民兵役
現役  予備役    第一補充兵役 第二補充兵役 第一国民兵役 第二国民兵役
 同法第五条に「現役兵ハ現役中之ヲ在営セシム」とあり、常備兵役のうち、現役が目に見える「帝国陸海軍」と云うことになる。
 予備兵役、後備兵役の定義としては、第六条に「予備役ハ陸軍ニ在リテハ五年四月、海軍ニ在リテハ四年トシ現役ヲ終リタル者之ニ服ス」、第七条で「後備兵役ハ陸軍ニ在リテハ十年、海軍ニ在リテハ五年トシ常備兵役ヲ終リタル者之ニ服ス」とあって、現役を終えれば予備役、予備役が終われば後備役に移ることになっている。

 では補充兵役はどのようなものかと云うと、同法第八条では、「第一補充兵役ハ陸軍ニ在リテハ十二年四月、海軍ニ在リテハ一年トシ現役ニ適スル者ニシテ其ノ年所要ノ現役兵員ニ超過スル者ノ中所要ノ人員之ニ服ス」となっている。
 要するに所要の人数が確保できれば、甲種合格者であっても、第一補充兵として市井に留め置き、必要があれば召集することになっている(兵役法第54条『帰休兵、予備兵、後備兵、補充兵又ハ国民兵ハ戦時又ハ事変ニ際シ必要ニ応ジ之ヲ召集ス』)。逆を云えば、所要を満たさなければ乙種、追いつめられれば最後は丙種からも現役を取ることになり、実際そうなった。
 現役として服役すべき期間は、原則陸軍2年、海軍3年である。しかし「戦時又ハ事変ニ際スルトキ」「出師ノ準備又ハ守備若ハ警備ノ為必要アルトキ」など「服役ノ期間ヲ延長スルコトヲ得」と云うことで、昭和12年7月の支那事変勃発から20年9月(降伏文書への調印は9月2日である)大東亜戦争集結まで服役してしまう人が出る事になってしまうのだ。 
 本来、甲種合格即徴集・入営と云うものでもなかった、と云うところでえらく寄り道をしてしまった。さて、裏面を見てみると、もう少しかみ砕いて書かれている。

 五尺足らずの小男でも甲種合格
 一、今までは、身長が一、五五メートル(五尺一寸強)ないと、名誉の甲種に合格出来ませんでしたが、これからは一、五〇メートル(四尺九寸五分)以上ありさえすれば、立派に甲種合格となって、名誉の軍人になる事が出来るようになりました。


 近眼でも甲種合格になります
 二、今までは、裸眼視力左右〇.六以上の者でないと甲種に合格出来ませんでしたが、これからは〇.三以上で、二十度以下の眼鏡で矯正視力が〇.八以上の者は甲種合格になる事になりました。平たく申しますと、眼鏡をかけていても、ひどくなければ甲種合格となるのです。


 耳も話さえ聴ければ結構
 三、耳は今までは鼓膜に穴があいていても聴くことが出来る程度のものは乙種でありましたが、これからは、鼓膜に穴があっても、対話に差支えないものは甲種合格という事に改められました。


 かなりの緩和をしているように見える。身長はさておき、視力の改正前の条件を、今の自動車運転免許の取得条件に適用すると、国内の自動車の7〜8割は使えなくなってしまうんじゃあないだろうか。それはともかく、じゃあ兵役不適格者とはどのように規定されていたのか、が気になるわけで、あらためて条文を紹介する。今日使用するのが好ましくない「とされる」語句が相当含まれているが、言葉を改めたところで意味するところが変わる(ましてやそう云う状態がなくなる)わけでもないので、表記はそのままとする。

第六十八条
兵役法第三十二条第二項ノ規定ニ依ル標準及同法第三十三条第一項ニ規定スル体格等位左ノ如シ
一 現役ニ適スル者ハ身長一・五五メートル以上ニシテ身体強健ナル者トス
現役ニ適スル者ハ其ノ体格ノ程度ニ応ジ之ヲ甲種及乙種ニ、乙種ハ之ヲ第一乙種及第二乙種ニ分ツ
二 国民兵役ニ適スルモ現役ニ適セザル者ハ身長一・五五メートル以上ニシテ身体乙種ニ次グ者及身長一・五〇メートル以上、一・五五メートル未満ノ者ニシテ第三号及第四号ニ該当セザル者トス之ヲ丙種トス
三 兵役ニ適セザル者ハ身長一・五〇メートル未満ノ者及左ニ掲グル疾病其ノ他身体又ハ精神ノ異常アル者トス之ヲ丁種トス
(イ)全身畸形
(ロ)筋骨甚薄弱ナルモノ
(ハ)悪性腫瘍
(ニ)不治ノ精神病又ハ不治ノ神経系病
(ホ)不治ノ栄養失常
(ヘ)癩
(ト)盲
(チ)聾
(リ)唖
(ヌ)口蓋破裂又ハ著シキ兎唇
(ル)斜頸又ハ脊柱骨盤ノ畸形ニシテ運動ニ妨ゲアルモノ
(ヲ)胸腹部臓器ノ慢性疾患ニシテ一般栄養状態ニ妨ゲアルモノ
(ワ)脱肛、痔瘻又ハ肛門畸形ニシテ其ノ程度重キモノ
(カ)泌尿生殖器ノ慢性病又ハ缺損畸形ニシテ機能障礙アルモノ
(ヨ)骨、骨膜又ハ関節ノ慢性病ニシテ其ノ程度重キモノ及其ノ継発症
(タ)四肢ノ缺損又ハ著シキ四肢ノ短縮湾曲
(レ)指趾ノ缺損、強剛、癒著又ハ畸形ニシテ著シク機能障礙アルモノ
(ソ)飜足、馬足
(ツ)前各号ニ準ズル疾病其ノ他身体又ハ精神ノ異常ニシテ陸軍大臣ノ定ムルモノ
四 兵役ノ適否ヲ判定シ難キ者ハ身体検査ヲ受ケタル年ニ於テハ疾病中又ハ病後其ノ他ノ事由ニ因リ甲種又ハ乙種ト判定シ難キモ其ノ翌年ニ至ルトキハ甲種又ハ乙種ニ合格スベキ見込アル者トス之ヲ戊種トス
疾病其ノ他身体又ハ精神ノ異常ニ因リ第一乙種、第二乙種、丙種又ハ丁種ト為スベキ細部ノ標準ハ陸軍大臣之ヲ定ム


 なるほど「一」で身長1.5メートル未満は「現役ニ適セザル者」と明記されている。これがこの改正で「第六十八条第一項中『一.五五メートル』ヲ『一.五〇メートル』ニ、『一.五〇メートル』ヲ『一.四五メートル』ニ改ム」になったのである。
 しかし、改正前で身長1.5メートルあれば必ず入営になったかと云うとそうではない。兵役法施行令にはこうもある。

第七十四条
兵役法第三十三条第一項ノ規定ニ依ル現役兵及第一補充兵ノ徴集ニ関シテハ左ノ各号ニ依ル
一 各徴募区ニ配賦シタル現役兵及第一補充兵ハ甲種及乙種ノ者ニシテ身長一.六五メートル以上ノ者ヨリ之ヲ徴集ス但シ身長一.六五メートル以上ノ者ヲ以テ配賦人員ヲ充足スルコト能ワザルトキハ各体格等位ニ付一様ニ逓次身長ヲ繰下ゲ配賦要員ヲ充足スルコトヲ得


 まず1.65メートル以上の者から徴集しなさい、それでは所要を満たせない時は、順次身長を下げていけ、と書かれている。甲種合格即徴集入営と云うわけではないことが、ここからも読みとれる。

 身長についてはわかったが、視力と聴力に関する規定がこれだけでは読みとることが出来ない。第六十九条には「四 両眼盲(眼前三分ノ一メートルニ於テ視標〇・一ヲ視別シ得ザルモノ) 」、「五 両耳全ク聾シタルモノ」とあるのみである。

 では、適格者とはどんなモノなのか、改正後ではあるがヒントはある。チラシの裏面(実はこちら側に『裏面を御覧下さい』と書いてあったりするのだが)の下に、表があるのがお分かりかと思う。これは昭和12年2月22日の官報発表の「兵種選定標準表抜粋」と表題のついたもので、兵種の区分と必要な視力・其他が記載されているものである。
区分 身材
視力 其他
陸軍兵
歩兵 甲種
右左各〇.六以上ノ者及右左各〇.
三以上ニシテ二「ヂオプトリー」
以下ノ球面鏡ニ依ル各眼ノ矯正視
力カ〇.八以上ノ者
第一乙種
右〇.五、左〇.四以上ニシテ甲種
ニ非ザル者及五「ヂオプトリー」
以下ノ球面鏡ニ依ル各眼ノ矯正視
力カ〇.八以上ノ者
第二乙種
右〇.四、左〇.三以上ニシテ甲種又
ハ第一乙種ニ非ザル者及五「ヂオプ
トリー」以下ノ球面鏡ニ依ル各
眼ノ矯正視力〇.六以上ノ者
脚力強健ニシテ労力ニ堪ヘ且
聴力成ルベク完全ナル者
戦車兵 甲種、乙種右左〇.八以上ニシテ
弁色力完全ナル者
聴力成ルベク完全ニシテ膂力
アリ且性質沈着ニシテ敏捷ナル
騎兵 甲種、乙種右左各〇.六以上ノ者
但シ自動車ヲ取扱フ兵員ハ弁色力
完全ナル者
聴力完全、身体敏捷、身幹中等
以上ニシテ騎乗ニ適シ性質敏捷
言語明瞭ナル者、但シ自動車部
隊ノ要員ニ付テハ戦車兵ニ準ズ
野砲兵 歩兵ニ同ジ、但シ自動車ヲ有スル
砲兵隊中自動車ヲ取扱フ兵員ニ在
りハ弁力完全ナル者
聴力成ルベク完全ニシテ膂力
アル者
山砲兵 身幹中等以上ニシテ脚力強健
聴力成ルベク完全膂力アル者
騎砲兵 概ネ騎兵ニ準ズ
野戦
重砲兵
聴力成ルベク完全ニシテ膂力
アル者
重砲兵 身幹概ネ中等以上ニシ聴力
成ルベク完全、膂力アル者
高射砲兵 甲種、乙種右左各〇.八以上ニシ
テ弁色力完全ナル者
聴力完全ナル者但シ要員ノ一部
ハ特ニ性質ハ沈着敏捷ナル者
気球兵 歩兵ニ同ジ但シ自動車ヲ取扱フ兵
員ニ在りテハ弁色力完全ナル者
膂力アリ且性質沈着敏捷ナル者
工兵 歩兵ニ同ジ 膂力アル者
鉄道兵 歩兵ニ同ジ但シ弁色力完全ナル者 身幹概ネ中等ニシテ膂力アル者
電信兵 歩兵ニ同ジ 聴力完全ニシテ言語明晰ナル者
飛行兵 歩兵ニ同ジ但シ弁色力完全ナル者 聴力成ルベク完全ニシテ性質
沈着敏捷ナル者
輜重兵 歩兵ニ同ジ、但シ自動車ヲ取扱フ
兵員ハ弁色力完全ナル者
成ルベク騎乗ニ適シ且膂力ア
ル者但シ自動車中隊又ハ之ニ
準ズルモノノ要員見込者ニ付
テハ概ネ戦車兵ニ準ズ
衛生兵 歩兵ニ同ジ 聴力成ルベク完全、性質温順
ニシテ患者ノ取扱ニ適スル者
輜重兵
特務兵
歩兵ニ同ジ 但シ乙種ニ限リ一眼
〇.六以上他眼〇.一以上ノ者ヲ以
テ充ルコトヲ得
補助衛生兵 概ネ衛生兵ニ準ズ
海軍兵
水兵(短期現役
兵ヲ除ク)
右左各〇.八以上ニシテ弁色力完全
ナル者
体力強健、聴力完全ニシテ性
質敏捷言語明晰ナル者
航空兵
機関兵 右左各〇.八以上ニシテ成ルベク
弁色力完全ナル者
体力強健、聴力完全ナル者
看護兵 右左各〇.六以上ノ者及左右各〇.
三以上ニシテ二「ヂオプトリー」
以下ノ球面鏡ニ依ル各眼ノ矯正視
力カ〇.八以上ノ者ニシテ成ルベク
弁色力完全ナル者
体力強健ナル者
主計兵 右左各〇.六以上ノ者  
短期
現役兵
右左各〇.六以上ニシテ成ルベク
弁色力完全ナル者
 

 「我が部隊はこのような人材を求めている」と云うことを、身体面中心に述べている表である。「聴力完全」と「成ルベク完全」が、「耳も話さえ聴ければ結構」と云う表記になるわけだ。
 一番数の多い歩兵が、「脚力強健ニシテ労力ニ堪ヘ」と云うところでイヤになるが、山砲兵の「身幹中等以上ニシテ脚力強健聴力成ルベク完全膂力アル者」は、分解した大砲を担がされるのがミエミエで、「身幹中等以上」だから、体格が良くないと、とても勤まらない事を意味している。陸軍のたいていの兵種が「膂力アル者」を求めているのに比べると、海軍はそうでもなく、機械化が進んでいる(と云うよりも艦艇が無いと話にならない)ように見える。
 面白いのが陸の「衛生兵」と海の「看護兵」で、「性質温順ニシテ患者ノ取扱ニ適スル者」と「体力強健ナル者」と際だった違いを見せていて、負傷した時の扱われ方が全然違うんじゃあないか、と無用な心配をしてしまいそうだ。

 ※「ヂオプトリー」は、メガネやカメラの視度矯正に使われる単位で、現代は「ディオプトリー」と表記される事が多い。
 一企業が、わざわざ官報を抜粋してチラシを作るからには、当然理由がある。それが「徴兵保険の御加入は一層有利になりました」と云う見出しであることは云うまでもない。甲種合格が増える>徴集も増える>服役中は働けない>お金が必要…の論法で、「我が社の徴兵保険をドーゾ」と云うわけだ。しかし、先にもふれているが兵役適格者の増大と、現役入営者の増大がイコールになる必然はどこにもない…のだが、うまく云いくるめられてしまうんだろう。

 「徴兵保険の御加入は一層有利に」の背景は見えてきたが、「徴兵保険」って何? 徴兵に関する保険なのだろう、と云うことくらいはわかるし「お坊ちゃまの為めに」、とあるから、親が息子に掛けるものであるのも理解できる。
 と云うわけで、手許にあった「資料が語る戦時下の暮らし」(羽島 知之編、麻布プロデュース)に掲載されている徴兵保険の証書(第一徴兵保険発行昭和17年のもの)を見る。ここで「手持ちの証書をご紹介」と書くととてもカッコイイのだが、無いモノをあるとは云えない。古本市に行けば出ていそうなものなのだが…。
 本に出ている写真をよーく見ると「保険金支払ノ事由」として

(一)被保険者カ兵役法ニ依リ現役兵トシテ入営又ハ入団シタルトキ
(二)被保険者カ陸軍志願兵令又ハ海軍志願兵令ニ依リ志願兵トシテ入営又ハ入団シタルトキ
(三)被保険者カ陸海軍ノ兵籍ニ編入セラルヘキ学校ニ入学シタルトキ
(四)被保険者カ陸海軍ノ依託学生、同生徒トナリタルトキ
(五)被保険者カ陸軍補充兵令又ハ陸軍軍医予備員令ニ依リ陸軍ノ兵籍ニ編入セラレタルトキ
(六)被保険者カ海軍武官任用令ニ依リ中少尉候補生トナリタルトキ
(七)被保険者カ海軍予備員候補者令ニ依リ海軍ノ兵籍ニ編入セラレタルトキ
(八)被保険者カ前各号以外ノ法令ニ依リ入営又ハ入団シ若ハ陸海軍ノ兵籍ニ編入セラレタルトキ
(九)被保険者カ補充兵又ハ徴兵終決処分ヲ経タル第二国民兵役ニ編入セラレタル後一箇年内ニ補欠ノ為メ現役ニ徴集セラレ又ハ充員召集、臨時召集若ハ教育召集ニ応シ入営シタルトキ


 以上9つのケースが述べられている。わかりづらいので、冒頭に作った表を思い出しながら整理してみると、
 日本の兵役は常備兵役・後備兵役・補充兵役・国民兵役がある(兵役法第二条)。
 常備兵役はいわゆる「日本軍」にあたり、軍服を着て兵営で生活する現役(陸軍2年、海軍3年、第五条)と予備役(陸軍5年4ヶ月、海軍4年、第六条)に分かれる。
 後備兵役は常備兵役を退いたものがつく(陸軍10年、海軍5年、第七条)。
 補充兵役は、現役に適するが、所要の現役兵員を超過したものから、事故病気その他で現役兵が所要量を満たさなくなった時のため、第一補充兵役(陸軍12年4ヶ月、海軍1年、第八条)として服役させ、現役に適するが、現役にも第一補充兵役にもならなかった者(海軍の場合、第一補充兵役の終了者も)が、さらに第二補充兵役に服役する(陸軍12年4ヶ月、海軍第一補充兵役の終了者11年4ヶ月、第八条)。

 予備兵役・後備兵役・補充兵役の関係がややこしいのだが※、兵員の拡充が必要となった際、予備と補充が召集される仕組みは見えてくる。あまり難しく考えずに、予備は即戦力として軍隊経験者を「あらかじめ備える」、補充は現役に取らなかったものを「補って充たす」、と考えると解りやすい。兵隊としてなまらないように、定期的に教育を受けるが、予備も補充も市井の人として生活することには変わらない。
※「予備」は、単純に所定の年限を過ぎてなる以外に、短期間だけ現役を務め下士官候補として予備に入るものや、船員養成学校を出て海の男になり現役にならずに予備に編入されるものなど複雑なところがあるので、興味のある方は、より詳しい書籍やWEBページを参照されたい。
 国民兵役はこれも第一と第二があって、第一は後備兵役を終わった者と、軍隊で教育を受けていた補充兵役終了者が服役する。20歳の時徴兵検査を受け二年現役をやった人間が、第一国民兵役に就く時は、2年+5年と4ヶ月+10年で17年4ヶ月、補充兵役の場合は第一、第二ともに12年4ヶ月なので、現役になった方がなんとなく割にあわないところがある。第二国民兵役は、今まで述べた兵役に属さないものが17〜40歳まで服役するものだが、「国民皆兵」の名目を維持するものと云えよう。
 (服役期間は昭和14年に海軍予備役が5年、海軍後備役が7年、補充兵役が陸軍17年4ヶ月、海軍16年4ヶ月に延長された)

 大まかな流れが見えたところで、証書の中身に戻る。一〜二は実際に下っ端の兵隊になった時(入営は陸軍、入団は海軍だ)、三は職業軍人養成学校に入った時、四〜七はそれぞれの理由で「軍の予約ずみ」になった時、八は理由はともかく軍人になった時。九はフルタイムの軍人になったわけではないが、ちゃんと軍服を着た時(第二国民兵役にまで支払いを行う、となると競合会社対策としか思えない)に、所定の支払いを受けられることになる。つまり、兵隊に取られて働くことが出来ない時の生活費にあてたり、近々将校さんになるのだから、軍刀の上等の奴を誂えましょうとか、「ウチのセガレは立派なモンだ」と全部呑んでしまうなど、色々使い道のあるものなのだ。
 では、逆に掛け金を払い続けていたにもかかわらず、めでたく?満期を迎えてしまうのはどう云う時か、
 一、病気、怪我で兵役免除(丁種)になった
 二、甲種・乙種合格したにもかかわらず徴集されなかった
 三、犯罪者になってしまった(兵役法第四条『六年ノ懲役又ハ禁固以上ノ刑ニ処セラレタル者ハ兵役ニ服スルコトヲ得ズ』つまり『名誉の軍人』になれない)
 四、被保険者が死んでしまった
 と云うところだろうか。何度も書いているが、甲種合格者が増えました=現役増加、ではない。先の戦争で「根こそぎ動員」されてしまったために、保険稼業がやっていけるのか? と、不思議でならないのだが、保険金の払い戻しで破綻するような商品を、わざわざ売り出す奇特な保険会社があるものか、である(余談だが、敗戦後のインフレで受け取った保険金は雀の涙になったと云う。勝っても多分そうなっただろう)。

 メガネ兵隊さんの可愛さに長々と書いてきたが、なんで甲種合格の基準が緩和されたのだろうか? と書くと、「支那事変勃発で兵隊が足りなくなったんじゃあないでしょうか?」と誰もがツッコミを入れたくなるところだが、蘆溝橋事件は昭和12年7月7日で、法令の改正は2月である。まるでこの日を予期していたかのような手回しの良さ、と云いたくなるが、これ以上の事を書くと「トンデモWEB」になってしまうのでいわない。
 甲種合格の範囲を広げたと云っても、メガネをかけた人の視力が上がるわけではないし、身長150センチが160センチになったわけでもない。ただし、「甲種合格者の割合が○割上がりましたぁ!」「ヨシ、これで我が軍の兵力は○割増だ」と無意味な喜び方をした人がいたんだろうなあ、と思うと気が重いのである。

(おまけの補足)
1.本ページを作成するに際して、兵役法の条文については、「沖縄戦の記憶・分館」データ館内のページ(http://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/heiekiho.htm) を参照している。
あわせてアジア歴史資料センター公開の条文も参照した。

2.兵役法施行令の条文にについては、ネット検索で見つかったページを参照した(それが収録されているWEBサイトのリンクが無いため、あえて記載しない)。ただし同ページに記載されている条文は今回のネタの背景にある、法令改正後のものであるため、アジア歴史資料センター公開の条文も参照し、身長に関する記述を改正前になおしてある。

3.記載の法律、法令は廃止に至るまで幾度か改正を繰り返しているため、条文の内容が、昭和12年2月の兵役法施行令改正時に適合しない可能性があるので、留意されたい(照合していない、と開き直っているわけです)。

(おまけのおまけ)
本ページの内容に関して、今日「差別表現」と見なされる言葉を引用している件については、
・現在の社会的規範に照らせば差別的表現あるいは差別的表現ととられかねない箇所が含まれていますが、文章の時代性などに鑑み、原文のままとしました。(文春新書)
・引用文中に差別などにかかわる不適切な語句があるが、今日の視点で史料に手を加えることはしなかった。御理解いただきたい。(中公新書ラクレ)
 と同様の意図に基づくものである。

(おまけのお詫び)
「沖縄戦の記憶・分館」の表記が「銭」になっておりました。お詫びして訂正いたします。