隠せばいいってもんじゃない

白波蹴立てて43000おまけ


 かつての帝国日本が、兵器の名称や、性能、そして戦局の推移を隠していた事は「兵器生活」読者諸氏でなくてもご存じの話である。
 しかし、いくら防諜上の理由があるとは云え、帝国日本の軍隊が、畏くも 天皇陛下の御為に存在し、大東亜の平穏と発展の為、日夜活動している事まで隠しておくわけにいかないのも、これまた事実である。人民の膏血を搾り取り、なけなしの貯蓄を取り上げ、かつ<皆様に愛される>自衛…じゃなかった皇軍を維持し、国威を発揚するには、どうしても<格好良い>、<強そうな><正しい>所を一般国民に知らしめると同時に、不逞の輩には<手強い>、<侮れない>イメージを植え付けなければならないのであった…。

 そう云う意味で、帝国陸海軍が<隠す>事を指向したのは、後世の物好きにとって様々な艱難辛苦となっているのだが、一方で以下に上げるような<ネタ>にもなるのである。

 おなじみ「写真週報」昭和17年1月21日号表紙である。

 轟々と地軸をゆるがす鋼鉄陣の威容…
 見よ、無限軌道を鳴動して迫る戦車の重量感を。この鋼鉄の城塞の進むところまつろわぬ者凡てをおし平らげ、そこに日章旗は高らかに翻るのだ

 その竹輪のような<大砲>でか??
 と、たぶん駐日ソ連大使はせせら笑ったはずである。

 こちらは「アサヒグラフ」昭和16年9月10日号より

 白波を蹴立て驀進 皇軍無敵戦車隊の猛訓練

 ”猛牛”…くろがね部隊の進撃、戦車は近代電撃戦闘にパッと咲いた”機甲部隊の華”である。

 ニッポンの戦車、大砲が付いてないね〜!
 と、英国商人は唖然としたに違いない。

 二枚目の写真をじっくり見ていただきたい。先頭の九五式軽戦車の、本来戦車砲があるべき部分を…。

 わざわざ存在している戦車砲を、バックの水面に溶け込むように、入念な手作業が実施されているのである。これこそ帝国陸海軍が世界に誇る(?)<検閲>のなせる技なのだ!

 <検閲>の実態がどのようなものであったかは、毎日新聞社発行の「シリーズ20世紀の記憶 秘蔵の不許可写真1、2」を読んでいただければ、わざわざこの駄文を読む必要も無いくらい、豊富な実例と解説が掲載されている。


 私が不思議に思ってやまない事は、なぜ<強そうに見せる修正>と云う発想が無かったのだろうか?と云う一点につきる。<兵器の性能が漏れる>のが不都合であれば、大砲を意図的に大きくた方が、性能は秘匿出来、かつ敵国を惑わす事も出来、まさに一挙両得なのではないだろうか!


 一般世間では、<見合い写真と現物がとても同一人物に見えない>喜悲劇が今尚展開されている、と聞くが、写真修正の第一義は<よりよく見せる>ところにあり、と私は思う。であれば、戦車砲の口径を倍にしてみたり、数を増やした方が、ウソを暴く楽しみがあるだけ面白いではありませんか? と私は読者諸賢に問うてみたいのである。

 と云うわけで、<聞いて驚け、見て笑え>な作例を公開する。なあに、消した後にマジックで書き加えるのだから、そんなに手間では無い。

 これくらいであれば<日本軍は50〜75ミリクラスの榴弾砲を搭載した軽戦車を配備しつつある…>と間諜の一人くらい騙されそうじゃあありませんか。(註:もちろんコピーしたものに書き込んだ事は云うまでも無い)
 誰です?<砲身が無い方がマシだ>なんて事をおっしゃるのは?

 <検閲>と云えば、ポルノ関係のそれが有名であるが、<毛が駄目なら剃ってしまえ!>と云う反骨精神を持つ勇敢な人々と、<毛があって何が悪い>と云うゲージツ家の手により、21世紀人の我々は、好むと好まざるとに関わらず、毛をあたりまえのように見る事が出来る幸せを享受している。その一方で かつては<検閲>に対して、<大砲を大きくすればええやんけ!>と叫ぶ事が許されなかった所に、私は戦後民主主義の底力を見たような気がしてならない…。

 <自由と民主主義の総本山?>米国の「JAPANEASE ARMY HANDBOOK 1939−1945」(GEORGE FORTY SUTTON社)に掲載された訓練中の戦車隊。「アサヒグラフ」のそれと同時期に撮影されたように見える。御覧の通り、戦車砲はちゃあんとある。

<蛇足>
 おまけのおまけとして、明らかな確信犯の例を紹介する。「シリーズ20世紀の記憶 秘蔵の不許可写真」より

 つくりかけのプラモデルじゃあないんだから(笑)…。何があったのかは知るよしも無いが、こう云うお茶目な真似をする人は、とにかくエライのである。

 あえて掲載するまでも無いのであるが、本当はこんな飛行機だ、と云う事で…。米国軍人が、<日本の航空機は空気抵抗軽減のため、操縦席まで引き込む!>と驚愕したかどうかまでは知らない。