室温10度は寒い

冷暖房ナシで頑張る46万おまけ


 「徒然草」によれば、家は夏にあわせて作るのが良いとされているが、にもかかわらず夏は凍える夜を待望し、冬は熱帯夜を熱望するのが人情である。

 戦前・戦中の記事をネタにしているためではないのだが、総督府に冷暖房は無い。夏30度以上、冬10度前後と云う、21世紀に生きているのか、この人は? と読者諸氏が思ってしまうような環境で「兵器生活」は執筆されている。
 と云うわけで(寒いから先を急ぐのだ)、今回ご紹介するのは東邦電力株式会社(戦前の五大電力会社の一つ、関西・近畿・九州の一部が主要エリア。戦時中に解散。中部電力の前身にあたる)名古屋支店津島出張所が発行したチラシである。

 防寒には電気が第一
 ・寒い寒い冬が目の前に近づきました
  急いで防寒の用意にかからねばなりません
 電気ストーブは御座敷、事務室等に
 電気コタツは御寝間に火の消える心配なく、火を起こす世話もいらず安全で衛生的です
 ・予約期間中に御申込になれば値も安く、工事費も無料です
 ・年々御注文が増すので早く御申込にならないと品切れになる虞れがありますから
 一日も早く御申込下さい
  予約期間(11月1日ヨリ25日迄)

 と云う内容である。「予約期間中に(略)工事費も無料です」と、下手に出ているようで「年々御注文が増すので(略)品切れになる」と微妙に脅かしているところが、味わい深い文章である。炭火と違い、火は消えない火起こしの手間も無い、有毒ガスも出ないと云う、電気暖房器機の売り文句は不変であることも伺える。「安全」だからと点けっぱなしでも大丈夫、なんて早合点してはいけませんよ。
 
 この広告に掲載されているのは、反射(輻射)型電気ストーブと、電気コタツである。写真を見るとコタツは熱源だけのもので、卓は別途用意しなければならない(今のコタツがいかに良く出来たものかがわかる。しかしコタツの『本体』って、どっちなんでしょうね)。


ストーブとコタツ

 上の半円状のコタツは60ワット用、アンカの親玉のようだ。左下は200ワットのコタツ、洗練されたカタチとは云いがたい。右下の扇風機みたいなのが500ワットストーブ。価格は以下の通り。
コタツ ストーブ(500W反射型)
  器具定価 特価   器具定価 特価
40ワット中古品 3円50銭 2円75銭 大型新品 25円 17円
40ワット新品 4円50銭 3円90銭 大型中古品 20円 10円
60ワット新品 7円 5円80銭 小型新品 15円 10円
200ワット新品 15円 13円    
 レンタルもやっており、賃料はコタツ40ワット中古1円、ストーブ大型中古5円である。送電期間としてコタツ「12月1日ヨリ翌年3月15日迄」、ストーブ「12月1日ヨリ翌年2月末日迄」とあるから、その期間分なのだろう。ちなみに「主婦之友」昭和10年新年号附録「奥様百科宝典」の記述を参考にすると、今で云う「電気代」は「電灯料」「電熱料」に大別され、料金体系が異なるのだが、詳細な資料が無いので、今後の調査課題である。

 ランニングコストはどうか? 電気代に相当する「予約送電料」は以下の通りである。広告ではすべて赤文字になっているから、通常の送電料より安いと思われる。
コタツ   ストーブ
昼夜間  40ワット 5円 昼夜間 30円
60ワット 5円70銭
200ワット 9円
夜間 40ワット 3円40銭 夜間 18円
60ワット 3円90銭
200ワット 6円
 これに配線損料がコンセント一つにつき30銭かかる。例えばコタツをレンタルして一冬昼夜使うと、1+5+0.3で6円30銭が必要になる。毎度おなじみの「値段史年表」(朝日新聞社)で今の東京都板橋区での一戸建てもしくは長屋一軒の家賃を見ると、この広告が出た頃に近い昭和13年は13円となっており、家賃の半分に相当することがわかる。ストーブに至っては論外だ。
 よって、「奥様百科宝典」では「電気の経済的な取扱い方」として電気メーターの読み方(『日々の使用量を見るには、前日の終りの数字を書き留めておき』なんて事まで書いてある)から、「余熱を隙間なく利用することを考えなくては損です」「不用30分前にスイッチを切ってしまうことです」と書かれている。

 今日ではオール電化住宅も珍しくなくなってきているが、戦前、電気暖房機器を使うと云うことが、それなりのステイタスになっていただろう事を知っておくと、たとえ電気コタツ一つでも、充分幸せな気分になろうと云うものではないだろうか。 

(おまけのおまけ)
 電気暖房器具の話を書いたのだが、それで総督府の室温が上がるわけではない。経験上、パソコンに向かったり、プラモを作ったり本を読んだり出来るのは、室温12度程度が限度のようだ。寒いので、このへんで切り上げることにする。

 「冷暖房ナシ」と書いたが、総督府には電気ストーブも、セラミックファンヒーターも(大きな声では云えないがクーラーだって)ある。一日つけていても部屋は暖かくならず電気代はべらぼうにかかるのでやめてしまったのだ(クーラーは故障中。交換するには部屋を片付けなくてはならず、面倒なのでそのまま)。