現代社会を考える75000おまけ


忍び寄る「模型依存症」

 都内の某企業に勤めるAさん(仮名)です。今日は珍しく定時に退社することが出来ました。
「たまにゃあ行ってみるか」
 Aさんがやってきたのは、新宿にある有名模型店。週末の夜7時前には、勤め帰りのサラリーマンでいっぱいです。
 しかしAさん、プラモデルを棚から出しては戻しています。「うーん」とうとう棚から離れてしまいました。
 今度はAさん、模型雑誌や資料が平積みになっているところに移動。ここでも唸っています。結局ここでも何も買わず、とうとう店を出てしまいました…。

 最近、モデラーを自称しながらも、模型を買わない、作らない人が増え、大きな社会問題になりつつあります。今日の<クローズアップ初台>は、このような人達に共通の悩み、「模型依存症」について考えたいと思います。

 出戻りモデラーと云う言葉をご存じでしょうか?少年時代にプラモデルに熱中していたものの、受験、就職でプラモデルから離れていた人が、余暇の増大によって、数年、あるいは十年ぶりくらいにプラモデル作りを再開する、という現象です。
 昔は高くて買えなかった大型のプラモデルや、コンプレッサー(吹きつけ塗装のための高圧空気を発生させる機械)、ガレージキットと呼ばれる高価ではあるけれど、高品質なプラモデル(材質の関係で、厳密にはプラモデルではないものもある)などが売れています。

 メーカーも、購買力のあるこれらの層を狙って、高品質、高額の商品をどんどん市場に提供しています。これは最近発売された零戦のプラモデルです。1/32という精密なもので、モデラーの間で話題になりました。このプラモデルに、エンジン音や、モーターでプロペラを回転させる仕組みを組み込んだものも、話題になっています。


(写真は本文とあまり関係がありません)



(写真は本文と少し関係があります)

 プラモデルの専門雑誌です。飛行機専門、戦車専門と細分化も進んでいます。雑誌の1/3がお店の広告欄になったものもあります。趣味には惜しみなくお金をつぎ込む、昨今の風潮をうけて、プラモデルビジネスは発展しているように見えます。しかし…。

 キャスター甲)完成させる見込みもないのにプラモデルを買い込んだり、プラモデルそのものすら買わなくなっているのに、模型専門誌は毎月購入しているような人が、すでに1万人はいると言われておりまして、「模型依存症」として、社会問題化しつつあります。

購入に追いつく製作なし
(文字は変えてあります)
 あははーまた買っちゃいました。今月に入って4個目ですかねえ。最近面白そうなキットがバンバン出るんで、つい買っちゃうんですよねー。
 え? ああ、もちろん作ってますよ。なかなか時間が取れないんで、今年はまだ2機くらいですかねえ…。
 甲)この方のように、キットを買ってきては溜め込むケースが増えている、といわれておりますが…。

 コメンテーター乙)ええ、この統計にも現れているように、模型と、関連する商品の売り上げは大きく落ち込んだりはしてないようです。ところが、模型屋で販売されたプラモデルの実に6割が完成させられることなく、押入などに放置され、そのうちの約3割は、パーツを切り離してもいない状態であるといわれています。

 甲)ほう、それは深刻な状況ですねえ…。原因はどんなところにあるのでしょうか?

 乙)はい、原因は様々な要素が複雑にからみあっているので、一概にはいえないのですが、会社員の場合、プラモデルに使うお金はあるので、欲しい商品を買うことは容易なわけです。ところが居住空間が狭いため、いざ製作に入ろうとすると、作業をするスペースが無いわけです。いざ製作に入る前に、てばなを挫かれ、そのままお蔵入りとなるケースが放置キットの半数に上るともいわれております。

 甲)そのほかには何か要因はありますか?

 乙)はい。これは出戻りの人に多いといわれておりますが、10代の頃と同じ身体能力を持っているつもりで、工作に入ったところ、小さい部品をつまむことが出来なくなっている、あるいは長時間部品を手で持っていられない、などという事例も報告されているようです。

 甲)で、買ってきたはいいものの、完成できない…と。

 乙)そうです、つまり成人モデラーの購買力に対して、キット完成能力が追いつかないという、深刻な問題が潜在しているというわけです。

 甲)つまり買ってきたキットが完成される前に、別なキットを購入してしまうということですね?

 乙)はい。工場を例に考えて見ましょう。モデラーを一個の工場と仮定するわけです。一ヶ月間の製造能力が1である工場が、原料であるキットを2個購入した場合、すべてが完成品となるには二ヶ月必要ですよね?

 甲)ええ。

 乙)一ヶ月経過した時点で、キットを一つ購入したとします。

 甲)そうすると最初の一つは完成しているから、すべてが完成するのに後二ヶ月必要ですねえ。

 乙)購買力が限られている年少モデラーの場合、一つのキットが完成するタイミングで次のキットを入手するため、生産と購入のバランスが取れているのですが、成人モデラーの場合、週一回以上のサイクルでキットを購入する能力があると見なければなりません。

 甲)というと、月に4個以上の購入があるということですね?

 乙)はい。しかも30代以上の独身成人モデラーは、一度に大量のキットを買い込む傾向にあるといわれています。したがって、模型の購入をやめるか、製作のペースを倍以上にあげない限り、永遠に原料であるキットの在庫はなくならないといえるわけです。

 甲)それは大変な問題ではありませんか?

 乙)はい。本人がモデラーである、との自覚が強ければ強いほど、在庫過剰になるといって良いでしょう。軽いケースでも10個以上、症状が重いケースでは、数百、数千の単位でキットが滞留していると思われます。

 甲)自覚症状のようなものはあるのでしょうか?

 乙)はい。本人の居住空間は限られておりますから、買ってきたものが収納できなくなった段階で、初めて症状を自覚するようです。

 甲)それでは気付いた時には…。

 乙)はい。手遅れになるケースも報告されております。しかし、そういう状況に陥ってもなお、本人には病気であるという自覚が乏しく、正常な購入、製作サイクルに戻るまでは、相当な期間がかかるものといわれております。

 甲)では、つぎの例をご覧下さい…。

(文字は変えてあります)
 最後に何を完成させたか覚えていません。模型屋には月に1、2回は足を運ぶんですけどねー、何も買わない事の方が多いですよー。模型誌は、毎月立ち読みはしてます。「アーマーモデリング」だけですねー、毎号買ってるのはー。
 なんで作らないのか?うーん作りたいっていう気はあるんですよー。そのつもりでキットは買ってますしー、エアプラシだって持ってますからねー。


(写真は本文と絶対に関係ありません)

 甲)この方のように、プラモデルを作りたい、と思っていても完成させられない人が増えているようなんですが…。

 乙)はい。さきほどの例では、製作速度と購入数とのバランスが崩れている症例をご紹介いたしましたが、こちらのケースは、さらに重症といえます。

 甲)もう作ることすら放棄してしまっている、ということですか?

 乙)はい。最初のケースでは、製作活動そのものは行っておりますので、本人の製作技術は維持、あるいは向上していって、「名人」の域に到達することも可能なのですが、こういう症状が出てまいりますと、モデラーとして取り扱ってよいかどうか、という大変微妙な問題も出てまいります。

 甲)といいますと?

 乙)つまり、本人が「モデラーです」といい続ける限り、模型界においてはこの人をモデラーとして処遇しなければならない、ということです。

 甲)しかしモデラーとは、本来「作る人」をさすのではありませんか?

 乙)はい。その通りなのですが、実はこういう「自称モデラー」の存在が業界にとっては大変大きな価値を持ってきているのです。
 これは「自称モデラー」の消費パターンをグラフ化したものなんですが、ごらんのように、プラモデルそのもの以外に、模型専門誌、実物専門誌を中心とした図書費に異常なほど投資しているのがわかると思います。

 甲)なるほど。

 乙)「自称モデラー」の場合、完成作品がありませんから、そのままではモデラー仲間での発言力がありません。未成年モデラーの場合はあまり問題になりませんが、30過ぎモデラーの場合、なまじ社会的地位が世間一般で要求されるため、趣味の世界でも発言力を求めがちです。
 そのため、完成させるのが困難な模型を買い求めたり、実物の存在そのものが知られていないキットを好んで購入する傾向があるといわれています。
 また逆に、著名な実物に関する資料を集め、知識をつけることで、自らのモデラーとしての「ハク」をつけようとする傾向があると言われております。

 甲)つまり、誰も完成させられないような、マイナーかつ高価なキットを買ってみたり、使うアテのない資料を買い込んだりするということですか?

 乙)はい。そのため、模型業界全体に投下する資金は莫大なものになるといわれているのですよ。

 甲)なるほど…。

 乙)このようなカタチであっても、模型業界発展に寄与できるケースなら良いのですが、最近はさらに重症なケースも報告されているんです。

 甲)とおっしゃいますと?

 乙)この「模型依存症」が行き着くところまで来てしまいますと、もう模型を買うこともしなくなるんです。

 甲)え?

 乙)専門家の間では、「真性模型依存症」と呼んでいるんですが、買うものはせいぜい模型専門誌くらいになってしまいます。

 甲)ほう。

 乙)模型屋にはひんぱんに足を運ぶのですが、置き場所がない、作る時間がない、といってキットを買いません。しかし自分はあくまでもモデラーであると思いこんでおりますので、模型雑誌は買ったり、読んだりするのです。

 甲)つまりモデラーの「ふり」をしているわけですね?

 乙)いえ、本人はあくまでもモデラーなのです。過去にプラモテル以外の趣味を持たなかった人が陥るケースだといえるでしょう。キットの製作はおろか、購入した形跡も無いのにかかわらず、過去のキットの想い出話で盛り上がったり、最新のキット情報に詳しいけれども、作った形跡が無い人は、この症例にあてはまる危険性が高いです。

甲)なるほど、一見何事もないように見えている趣味の世界においても、現代社会のひずみがこのような形で現れているというわけなのですね。

乙)はい。まったくその通りです。その原因については、さきほどお話いたしましたが、真の原因については、日本の住宅事情によるもの、企業社会における余暇の問題、あるいは当人の人生観といったものと、専門家の間で意見が分かれておりまして、未だに特定できないというのが実態なんです。

甲)よくわかりました。
 さて、次回の「クローズアップ初台」では、この<模型依存症>への対応について取り上げたいと思います。 


(写真は本文と関係ありません)