上昇時間と上昇率



      「上昇時間」とはどういう意味でしょう?これは飛行機が離陸滑走を開始してから
       ある一定の高度に達するまでの時間を言い、「5000mまで6分20秒」といった
       表現をします。
        「上昇率」とはどういう意味でしょう?これは飛行機が単位時間あたりにどのくらい
       くらいの高度を上昇できるかを言います。これは速度と同じように高度によって変り
       ますから、「高度1000mでの上昇率は1分間に1020m」といった表現をしま
       す。
        これらとは別に「上昇力」という言葉があります。これは一般的に、上記の二つを
       含めた意味で使われ、もっとも実戦を意識しているといえます。

        ところで、日本側で出された日本機の諸元表をみると、ほとんど「上昇時間」しか
       書いてありません。言い替えれば、日本機の「上昇力」を数字で判断しようと思った
       場合、「上昇時間」しか材料がありません。
        諸元表上、「零戦52型」の上昇時間は「6000mまで7分1秒」です。それ
       に対し「F6F−3」の上昇時間は「4572mまで7分42秒」です。みなさんは
       これを見てどういった印象を持つでしょうか?私もそうだったんですが、たぶん、「
       零戦52型は少なくとも6000mまではF6F−5より上昇力がよい」と思われるに
       違いありません。ところが、事実はそうではありません。
        「F6F」は2段2速過給器を備えるうえに、日本機には装備されていない「中間
       冷却器(インタークーラー)」を装備しているせいもあり、高空性能が「零戦」のそれ
       を大幅に上回ります。だから、実際は3000mを越えたあたりから「F6F」の方が
       上昇率が良くなっていきます。つまり「零戦」は、離陸滑走距離が短いのと低空での
       上昇率がよいという利点を生かして3000mまでに大幅な貯金を作っておいて、
       3000mから6000mの間にその貯金を少しずつ使いつつも、貯金を使い果す前に
       6000mに到達する。と、いうだけなのです。

        では、「上昇時間」の短い飛行機は、実戦のどういった場面でそれを役立てることが
       できるでしょうか?
        これが、最大に役立つのは「防空戦闘時の緊急発進」いわゆる「スクランブル発進」
       のときです。第二次大戦下では、この状況が多々発生しましたから、上昇時間が短いと
       いうのは大事な性能の一つであることは間違いありません。特に貧弱なレーダー設備
       しか持たなかった日本軍にとっては、本土防空戦の場合のほとんどがスクランブル発進
       となっていましたから、より重要でした。
        しかし、実際の空戦はスクランブル時にのみ発生するわけではなく、むしろ、そうで
       ない場合の方が圧倒的に多いですから、実際には「上昇時間」より「上昇率」のほうが
       より実戦的なデータだといえます。
        つまり、「零戦」は一見、「F6F」に比べて「上昇力」がいいように見えますが、
       実際の戦闘ではかなりの低空でない限り逆に劣っていると考えた方が正しいといえます。
       さらに、降下性能、最大速度でも「零戦」の方が劣っていたうえに、「零戦」最大の
       利点である運動性が「F6F」は大戦後半の連合軍の主力機中、最も「零戦」に近い
       ものを持っていましたので、「零戦」が「F6F」に苦戦したのも無理ありません。
        日本では他国のように性能を細かく記録するという風習がなかったせいで、このよう
       な誤解を生みますが、実戦に即したデータとはなにか?を理解しておかないと、本当の
       飛行機同士の性能差は見えてきません。残念なことです。