ハ45(誉)エンジンと四式戦闘機「疾風」

  ('97/12/27改訂)
  1.なぜ689qも出たの?

     四式戦闘機「疾風」を米軍がテストしたとき、日本での最高速度を大きく上回
        る689qの速度と抜群の上昇力を示しました。これは、米軍ですら通常は使わ
        ない140オクタンという、超ハイオクタンの燃料と日本製とは比べもにならな
        いほど優れた点火プラグを使用したおかげだといわれています。
         ところが、この説明、非常に不十分です。それなのに、どの本を読んでもほと
        んどこれ以上の説明がありません。これでは、なぜ、ハイオクタンの燃料と優れ
        た点火プラグでこれだけの性能が出たかがピンと来ません。
         このときに、エンジンの出力値も測定されましたが、その値は2040馬力で
        した。ここで、「ああ、エンジン出力だけは日本でのカタログ値とほとんど同じ
        なんだぁ・・・」と思った人、あなたは素晴らしい!
         そして、「あれ、それってなんかヘンじゃない?」と思った人、もっと素晴ら
        しい!
         そーなんです!あれだけの高性能を出した理由はエンジンが2000馬力を
        出したからということになるわけです!そうです。今までの説明に補足すべき
        は、まさにこの点で、「ちゃんと2000馬力出ていれば、四式戦は680q以
        上の速度が出るんだよ!」ということなのです。
         そこから導き出される事実はただひとつ。日本側で使用しているときには20
        00馬力なんぞ、全然出ていなかった!ということです。
         「そんなの当たり前だ」と思われるあなた!あなたは正しい!でも、私が言い
        たいのは、たぶんちょっと違うと思います。私は、なにも実戦の場でのことだけ
        を言っているわけではないのです。ハ45(誉)は試作機を含め、少なくともいず
        れかの航空機に装備された状態では、ただの一度も2000馬力はおろか、それ
        に近い性能すら発揮したことなどない!と私は断言します。
         では、2000馬力という数字はどこから出てきたか?これはおそらく、中島
        飛行機がハ45(誉)の初期テスト時に、職人の技で丁寧に組み上げたものを、前
        述の米軍燃料に匹敵するほどのハイオクタン燃料を使用して、補器類などいっさ
        い装備せずにエンジン単体で回して出されたものだと思われます。工場でのテス
        ト時に120オクタン程度の燃料が入手できた事実はありましたので、これは間
        違いないでしょう。だから、その後の製造品、それ以前のものでもハイオクタン
        燃料を使用しなかったものはエンジン単体で測定しても、決して2000馬力と
        いう数字は出なかったでしょう。
         では、大体、どのくらの出力だったか?1850馬力?いえいえ、どこの飛行
        機で10%程度の出力向上で65qも速度がアップした例があったでしょうか?
        1750馬力?とてもとても。おそらく、良くて1650馬力、たぶん、160
        0馬力がいいところだったのではないかと思われます。
         それでも、商売をやる上では商品は売れなくてはしょうがありません。かなり
        初期の数値をアナウンスし続けなければならなかった中島飛行機に、実は私は非
        常に同情しています。


  2. ハ45(誉)エンジンのプロペラの直径は3mでは小さい?

         以前からハ45(誉)は2000馬力なんだから、3mや3.3mぐらいの直径
        のプロペラでは小さすぎる!米軍の「P−47」なんかはほぼ同じ馬力で4mの
        プロペラを使っているじゃないか!という記述を目にしますが、私はまったくそ
        うは思いません!
         それは、実際には1600馬力ぐらいしか出ていなかったから?いえいえ、そ
        うではありません。脚が長くなって故障が増えるから?それも違います。
         それは、排気量が小さすぎるからです。前に「掲示板」のコーナーの「エンジ
        ンの疑問にお答えします」のところでちよっと書きましたが、航空機とはいえ、
        エンジンならば馬力だけてなくトルク値というものがかなり重要になります。
        トルクというのは、基本的にエンジンの排気量が上がるにつれ増加しますから、
        ハ45(誉)のような35リットル程度の排気量では、たとえば10リットルも
        排気量の違うR−2800に比べ、著しくトルク値が下がります。また、トルク
        値は過給をしても増加しますから、より強力なターボ過給器付きのR−2800
        を備えた「P−47」との対比ではその差がいっそう顕著になります。だから、
        いくら2000馬力級のエンジンとはいえ、トルク値の小さいハ45(誉)では、
        四式戦の3mはさすがに小さすぎるとしても、「紫電」、「紫電改」に装備され
        た3.3mあたりが適正なプロペラだとなるわけです。
         もちろん、3.3mが適正なプロペラだとはいえ、もっと直径を上げたりブレー
        ドの幅を増したほうがカタログ値としての性能は上がります。が、その反面、カ
        タログに表れない、ある弊害が発生します。では、大きすぎるプロペラを装備す
        るとどういった弊害が発生するか?それは、すなわち、小さいトルクで重いもの
        を回そうとするとどうなるか?ということです。
         瞬発力がなくなります。つまり、エンジンの回転を上げるのに時間がかかるよ
        うになります。もちろん、これには、プロペラピッチを変更する速度の性能など
        も関係しますが、それが同じだと仮定した場合、軽いものより重いものを回すほ
        うが力が必要になるに決まってますから(回すということにトルク値が直接関係
        する)、ようするに、エンジンの回転を上げるのに時間がかかるようになるわけ
        です。
         そうするとどうなるか?ダッシュが効きません!つまり、戦場で不意を襲われ
        たときなどに逃げられなくなってしまいます。これは、機動性と後続力だけが
        命の日本戦闘機には致命的です。
         むかし、何かの本で読んだ記憶があるのですが、戦時中に日本で日本陸軍の各
        戦闘機とFW190Aを空中に集めて、同じ位置からヨーイドン!をやったら、
        陸軍の各戦闘機はあっというまに引き離されて、まったくついていけなかったそ
        うです。これこそ、まさしく、小排気量エンジンによる弊害そのものです!
         ただ、忘れないでいただきたいのは、ダッシュが効く効かないは馬力荷重(パ
        ワーウェイトレシオ:重量を馬力で割ったもの)も大きく関係するということで
        す。しかし、四式戦「疾風」や一式戦「隼」とFW190Aとの馬力加重を比較
        してみてください。どちらが小さいでしょうか。・・・ねっ!