最大速度と高度と馬力
私は「ハ45(誉)と四式戦闘機「疾風」」のところで「2040馬力出たから
689qの速度が出た」というようなことを書きましたが、厳密に言うと正しくあり
ません。より正確に書くならば、さしずめ「離昇出力で2040馬力出るエンジン状
態だったから689q出た」といったところです。なぜなら離昇出力というのは海面
上で出る出力ですが、「疾風」が689q出したのは6100mの高度においてだか
らです。このときの6100mにおけるハ45(誉)の出力は1695馬力だとされて
いますから、一番の正解は「6100mの高度で1695馬力出たから689q出た」
という表現です。
高度が上がるにつれて空気密度が低くなります。(空気密度が低い)=(抵抗が小さい)
ですから、エンジン馬力が同じてあれば高度が高いほうが速度はでます。ただし(空
気密度が低い)=(酸素濃度が薄い)でもありますから、高度が上がるにつれてエンジ
ンは燃焼が悪くなって出力が落ちます。だから、高空で出力が落ちる/落ちないがエ
ンジン性能の重要な要素であるとも言えるのです。
要するにエンジンの性能を正しく把握しようと思ったら高度も意識する必要があり、
これはすなわち、過給器の性能を強く意識する必要があると言うことです。だから、
基本的には同じエンジンを使用している「P−47」と「F6F」を比較すると、実
際には高空に上がれば上がるほど「P−47」のほうが優れたエンジンを装備してい
るのと同じことになるのです。
実戦を意識して見てみましょう。「飛燕1型」、「五式戦1型」の最大速度は、
それぞれ590qと580qで、「B−29」の最大速度は576qです。最大速度
だけ見れば「「飛燕1型」、「五式戦1型」の方が優れているようですが、それを記
録した高度は、それぞれ4860mと6000mと7620mで同一高度ではありま
せんからどちらが優れているとはいえません。実際問題として、「B−29」が40
00m〜6000mの高度で日本上空に飛来することはまれでしたから、この高度で
の最大速度を言ってみてもあまり意味がありません。たとえば、「B−29」が本土
空襲の前半に進入した高度に近い10060mでの「B−29」の最大速度は、試作
型の非武装機で571q、実用機は重量と抵抗が増えていますが、反対にプロペラは
ちょっと直径が小さくなったとはいえ4翅に増やしていますので、ほとんど最大速度
は落ちていないと想像できますが、どんなに速度が落ちていたとしても、せいぜい
10〜20q程度でしょうから、550qは確保していたと予想できます。これに対
し「飛燕1型」と「五式戦1型」の10000mでの最大速度は、それぞれ523q
と535qですから、この場合は「B−29」のほうが圧倒的に速い!となります。
逆に本土空襲が激化した昭和20年3月以降の進入高度である2500〜3000m
では、あきらかに「飛燕1型」と「五式戦1型」のほうが最大速度が優れています。
つまり、実戦を想定して、両機が同高度にいる状況での最大速度を比較しないと、
本当の最大速度比較にはならないということです。だから、「飛燕1型」と「五式戦
1型」の最大速度は「B−29」よりも上回っているとは一概にはいえず、それどこ
ろかむしろ、「B−29」が本来、実戦での使用時に想定していた高度である高高度
(この場合9000〜10000m)での最大速度を比較した方が正しいと言えます
から、「飛燕1型」と「五式戦1型」は「B−29」より遅いとするのが正しい
のではないでしょうか?
こんな書き方をすると、高高度性能の低い日本機には悪いイメージしか沸いてこな
くなるかもしれませんが、時には逆もまた重要です。たとえば、対地攻撃を主任務と
するイリューシン「IL2」やヘンシェル「Hs129」などでは、高高度性能など
全く必要ではなく、むしろターボ過給器や中間冷却器を省くことによって低空での性
能を向上させ、時には中高度以上では確実に追いつかれる敵機でも低空なら引き離す
ことができるようになります。
実例を挙げます。太平洋戦争末期、日本本土上空において、最大速度が700qを
越える「P−51D」に追尾された、最大速度580qの「キ−102乙」に乗った
パイロットは赤ブーストを一杯にふかしてこの「P−51D」を振り切り、無事、自
分の基地に帰還したそうです。