日本海軍五式甲戦 三菱「烈風」


諸元(11型)
全長 : 10.48m
全幅 : 10.80m
翼面積 : 20.05u
自重 : 2,800kg
全備重量 : 3,800kg
発動機 : 三菱ハ43-11、空冷複列星型18気筒
離昇出力2,200hp×1
最高速度 : 674.7km/h
上昇力 : 6,000m/5分20秒
航続距離 : 1,055km
武装 : 20mm機銃×4(翼内)
60kg爆弾×2
乗員 : 1名
諸元(21型)
全長 : 10.98m
全幅 : 14.00m
翼面積 : 30u
自重 : 3,200kg
全備重量 : 4,700kg
発動機 : 三菱ハ43-11、空冷複列星型18気筒
離昇出力2,200hp×1
最高速度 : 584.4km/h
上昇力 : 6,000m/7分30秒
航続距離 : 1,300km
武装 : 20mm機銃×4(翼内)
60kg爆弾×2
乗員 : 1名
「あ、十七試艦戦は中島さんに発注することにしたから。んじゃ、そーゆーことで」
海軍からの1本の電話で、三菱は十七試艦戦の受注に失敗したことを知らされた。
・・・・やっぱり事前協議でゴネたのが拙かったんだろうか?
「NK9(誉)なんて使いたくないもん。ウチはMK9(ハ43)を使うんだもん」
考えて見れば、海軍側はNK9にエラく御執心だった。
あれでゴネたから、NK9のメーカーである中島に十七試艦戦の発注が流れてしまったんだろうか。
それはともかく。海軍機主力メーカーの面子にかけて、なんとか十七試艦戦の受注を取り返したい。
で。営業が海軍に掛け合ってみたが。
やっぱり無理でした。ま、当然か。
それでも。
諦めきれずに、泣き落とし、袖の下等、様々な手段で駆け引きを行なった結果
「十四試局戦の視界問題改善に絡めて艦戦型を作る程度なら、予算面でも黙認・・・・って言うか、都合つけるよん」
ってな回答。
それって、結構無茶言ってます。って言うか、嫌がらせ?(泣)
海軍側にしてみれば、視界、着陸性能に不満がある十四試局戦が、これらの面で改善されるなら嬉しいな、って程度の考えだったんでしょう。
十七試艦戦受注・敗者復活戦の権利と引き換えに無理難題を押し付けられた三菱では、要求の視界、着陸(着艦?)性能改善のために、頭を捻りました。
で、実施された改修は以下のとおり。
@ 後方視界改善のために水滴型風防の採用
着陸性能改善のためなら、後方視界の改善までは考慮しなくても良いんだけれど、一応「視界改善」の建前で改修作業やってるもんだから、名目だけは立てておかないと。
A 発動機をMK9(ハ43)に換装
この発動機幅に合わせて、胴体幅を切り詰め、前下方視界を改善
着陸性能のための視界改善はこちらが本命。とか言いながら、ちゃっかりMK9使用の口実を作ってます。
え?NK9の方が胴体幅をもっと切り詰められるだろうって?
三菱はMK9を使いたかったんです。海軍としても本命の十七試艦戦は誉搭載前提で中島に発注してるし、これはまあ多めに見てもらえた、と言うことです。
B 高揚力化装置として、前縁スラット、および二重間隙フラップを採用
これは着陸速度を低下させるための処置ですね。主翼面積の拡大は行ないませんでした。どうも、この『雷電艦戦化計画』の担当者は、格闘戦よりも雷電の速度性能を生かした対戦闘機戦闘を想定していたみたいです。そう言えば前縁スラットの採用など、独Bf109の香りが漂ってくるような気がします。
結局、各種改修作業が完了して初飛行に至ったのは、昭和19年5月20日のことでした。以降、社内試験、海軍側の試験で各種調整、小改修が繰り返されたが、全力試験で最高速度360ktを突破(674.7km/h)したのは嬉しい誤算。MK9の大馬力、面目躍如と言ったところでしょうか。
しかし、これは迷惑な誤算もオマケに付けて寄越すことになりました。
あまりの高速力に驚いた海軍側が
「少しぐらい速力落ちても良いから、主翼面積を拡大してちょうだい」
と言ってきたのである。
やっぱり格闘性能・・・・というか旋回性能が欲しかったみたいです。
あと、主翼面積を拡大すれば面倒な高揚力化装置に頼らなくても、着陸(着艦)性能は改善できるでしょう?と言うのが海軍側の主張のようで。
確かに高揚力化装置に頼った着陸は癖が強かったので、主翼面積拡大の方が癖の無い性能を確保できそうではありますけど。
でも、主翼を大きくすると主翼折畳機構も必要になるんですが・・・・。
だって、三菱としては艦載化が大前提なんだし、ねぇ。
結局、海軍の希望する主翼面積拡大型が完成し、初飛行を済ませたのは11月末日のことでした。改修規模の割には、えらいハイペースな改修計画・・・・。
結論から言えば、この改修は失敗でした。320ktにも満たない(584.4km/h)最高速力。零戦改修の方がマシ、と判断されました(泣)。
この改修作業中に図面担当が泣きました。
『雷電艦戦化計画』以前に純粋な十七試艦戦として計画していた機体と、最終的な図面がそっくりだったそうな。
「最初からMK9で十七試艦戦作ってれば、もっと効率的な設計が出来たハズだ」
もっと空力性能の良い機体が出来ていたハズなんだそうです。試算によると、主翼面積30uで、340kt(629km/h)は期待できたとか。
あはははは、もう後の祭りと言う奴ですな(泣)
結局、主翼面積が雷電と変わらない初期改修型が『烈風11型』、主翼面積拡大改修型が『烈風21型』として採用されました。
もっとも量産指示がなかったので、形ばかりの制式採用です。
役立たずの主翼面積拡大改修型まで制式採用されているのが何よりの証拠です。制式採用しなかった場合、『黙認』の形で三菱に改修指示をだした人間の責任問題の発展するので、これを避けるための処置だったようです。
ああ、麗しき同胞愛。ちゃうわ。身内の泥隠し。
まあ、もっとも制式採用は、昭和20年6月のことなので。
つまり制式採用されても、量産も実戦配備も、どうせ間に合いませんでした、と言うわけですから、大した問題じゃないのかも(泣)。
ちなみに・・・・。
中島が受注した十七試艦戦は、陸軍が四式戦闘機として採用した『疾風』の改修型でした。こちらも海軍希望の主翼面積拡大を受け入れた結果、おもに速度性能、上昇力で性能低下が大きく、結局ものにならなかったそうです。合掌。