

戦後写真に残っている横空実験部のグラマンはヨ-801だがもう1機あり計2機存在し た。ヨ-801は不時着したものを修理してテスト飛行中に味方の対空砲火で再び破損し て修復不能となりパーツ取り機となってしまった。そしてその後飛行可能となったの がヨ-802である。ヨ-801を教訓としてなんと塗装で雷電に近づけた(垂直尾翼のナン バーは大きくなっている)のである。塗装箇所は排気管とエンジンライン、風防後ろ のスペース、主翼の翼端(上面は銀・下面は黒)、垂直尾翼の翼端である。この辺は 訓練用零戦で主車輪カバーを円形に黒く塗って主車輪カバーなしの零式練戦や中古21 型に見せていたのと同じである。これによりパッと見が延長軸じゃない雷電である。 塗装が実際に効果があったかは不明だがこのヨ-802だが何度か迎撃に出撃したらしい。 武装はオリジナルのまま(弾薬は墜落した米軍機から回収使用していたらしい?)で あった。その後のヨ-802は迎撃の際に被弾し厚木基地へ降りたったがエンジンパーツ が破損し交換修理されぬまま終戦となりマッカーサーが降り立つ前に日本機と共に埋 められた。 ※こーゆのは海軍じゃだめですかね?厚木の滑走路の下に日本機がいっぱい埋まっ ているらしいの で可能なら掘りたいものです。 |