

この機体はキ119戦闘爆撃機を設計するに当ってキ100をベースに急降下爆撃ができる 様に改造された。キ119戦闘爆撃機とは大戦末期に特攻機が攻撃兵器の主力として準 備されつつあった一方で特攻機ではない新爆撃機の量産もまた戦局の挽回に欠くこと のできないものとして計画された。キ119はキ100を大型化しキ67・キ102の特性を加 えた様な単発単座型で爆弾は胴体下に懸吊し主として急降下爆撃により敵艦船を攻撃 したのちに戦闘機としての機動性を発揮し敵戦闘機に応戦しつつ帰投するのがその主 眼点であり日本では初めてで最後の機種であった。設計上の主な条件は次の通りであ る。発動機は単発でキ67と同一のハ104。単座で急降下爆撃及び空中戦に必要な十分 な強度を有する。航続距離は爆弾800kgを積んで正規で600km特別装備で1200km?空中 戦に必要な最低限の武装として20ミリ機関砲を2門装備。稼働率を最大にするため離 着陸の容易、整備取扱の容易を特に重視する。急速な量産のため機械部品、製造部品 を極力避け且つ地下工場での生産を考慮するなどで昭和20年3月に土井武夫技師北野 純技師らにより設計が進められた。土井技師はキ61の時と同様に必ずしもこの定義に 縛られなかった。そこでまずキ100をベースに急降下爆撃ができるように改造された のである。 その変更点はキ48で使用した「すの子型ダイブブレーキ」を装備し、胴体下の下部覆 部に投下誘導枠付爆弾懸吊を装備した。これは海軍愛知の99艦爆22型を流用したとい われている。誘導枠の為に滑油冷却器が2型のように斜にしても当ってしまうので1型 のラジエターを縦配置(半埋め込み式)にして誘導枠が干渉しない(99艦爆と同じ配 置)様にした。これにより武装は機首に20mm機関砲を2門、主翼に12.7mm機銃を2門そ して胴体下に250kg爆弾を翼下に100kg爆弾をつめ急降下爆撃を行ったあとは戦闘機と して使用できる海軍でいうところの爆戦となった。この試作機による急降下爆撃は非 常に高い命中率をしめし爆弾使用後は戦闘機として米軍機に対抗できあらためて キ100というよりキ61の設計思想の正しさを実感した(これはP51ムスタングから発展 したA36Aインベーダーとの関係に似ている)。これで得た飛行データを元にキ119の 設計が進められたのであった。そして昭和20年6月にモックアップが終了したが終戦 となってしまった。しかし最高速度が580km/hでは仮にキ119が完成したとしても当初 の予定通りその力を発揮することはできなかったであろう。一方キ100改はその高性 能から単座ではあるがキ51の後継機として満州方面での対ソ連機甲部隊用として急遽 配備される予定であったらしい。この写真は対地上攻撃のテスト中と思われる。 ※最後まで読んで頂きありがとうございます。250kg爆弾3個はやっぱり無理ですかね? |