ドイツ空軍 Ki61F






改修作業が終ったばかり?のキ61だが細部が微妙に異なっている。なんとここは日本
でなくドイツなのである。ではどうやって海を渡ったのだろうか。そのきっかけ
は1941(昭和16)年にさかのぼる。同年2月に訪独した陸海使節団の陸軍航空本部・
駒村調査団は電気式装填で薬莢は鉄製で二重装填の際は強力な電磁石で弾丸を吸い付
けて解除させるという世界最高水準の機関砲の1つであるマウザー砲(モーゼル社製
のMG151/20)の大量購入を希望し要請したのだった。しかしドイツでも第一線機に急
速配備中だったので空軍参謀本部は難色を示したが、空軍総司令ゲーリングとドイツ
国家航空省長官ミルヒ(いろいろ問題のあった人物であるが)の好意的判断によ
り1942(昭和17)年11月下旬に砲2000門、弾薬100万発の譲渡が決まった。しかし輸
送困難により砲は800門、弾薬40万発の輸入に留まった(800門のうち776門、即ち97%
の稼働率を示したという)。そのかわりに日本側はゴム・錫・タングステンなどの各
種鉱物資源を送ったと言われている。そしてその中にキ61が含まれていたらしいので
ある。これはDBエンジンを使用しながら速度・上昇力・航続力・運動性とバランスの
とれた性能(1941年12月12日初飛行)を発揮したキ61に日本陸軍がマウザー砲を搭載
したいと在日ドイツ大使館付武官(フォン・グロナウ大佐?)に伝えドイツ本国への
説得を依頼しキ61も送る事もあってか?マウザー砲の譲渡が決まったとも言われてい
るのである。ドイツ空軍としても英本土航空戦で結果を出せなかった原因とし
てBf109Eの航続力不足があげられBf109F・Fw190A共にこの面での能力は改善されてお
らず外部燃料タンクで航続力を高めるしかなかった。その為ドイツ国家航空省(RLM)
は1941年初頭に航続力を中心に飛行性能を大幅に向上させたBf109の後継戦闘機の開
発をメッサーシュミット社に求めMe309が進められたがキ61はその参考用としていた
のかもしれない。Me309はBf109Fよりも航続力が85パーセント速度が25パーセントの
向上と過酷な性能要求だったがこれを空力処理で実現させようとしたが野心的な設計
が仇となり失敗に終っている。キ61は1942(昭和17)年11月末に日本を出航しドイツ
本国に到着したのは1943(昭和18)年2月頃であったという。キ61はドルニエ社のリ
ヒャルト・フォクトー博士の指導を受けた人物が設計したという事もあって三菱の神
風号の時ほどひどくはないものの依然として冷ややかな反応であった。神風号は東京ー
ロンドン間の親善飛行の帰路にロンドンからベルリンを訪問したがその神風号に対す
る航空技術者達の評価はイギリスのそれとは異なり「貧弱な装備でよくもこの長距離
飛行を遂行できたものだ」であったという。キ61に対しても辛口なのはハインケルの
機体に似ていたからだろうか。米軍の共用識別帳(1943年11月)にもキ61をドイツの
ハインケルHe113に似た機体とある。ただこの時期戦局は激化し本土防空がメインに
なりつつあり、航続力よりも速度・武装の方が重要であった。そしてBf109もGシリー
ズに移行しており航空技術者達はキ61の関係資料を見ただけで組立は行われず倉庫で
埃を被っていた。だがしばらくして実験中隊の若いメカニック達が片手間で組立てし
まったらしいのである。当然各パーツは可能な限りドイツ製に交換された。再組立の
際に最低限の改修も行われこの写真は完成直後らしく塗装等まだ日本仕様のままであ
る(便宜上キ61Fと呼ぶ)。このキ61Fは時期的にはキ61甲なのだがドイツに送るとい
う事で神風号の時の様に馬鹿にされない為にも乙装備にしたという。この辺はひと昔
前の現代の日本車(ミニバン)の様である。同じ車種でも安全基準が国内より厳しい
為に海外向けの方が国内向けより安全性が高かったのである。それまでは日本の各メー
カーは国内仕様をそのまま輸出していた。欧州車より安かったので大人気となったが
日本製ミニバンの死亡事故が欧州車よりも多かったので詳しく調べると安全性が欧州
車より劣ることが判明した。そこで各メーカーは国内と同じ車種でも輸出用(欧州向)
は安全基準を欧州基準に引き上げたという(現在は無いと思うが)。キ61との外観上
の違いとして同系エンジン装備のBf109F2のパーツをメインに流用した様である。ま
ずエンジンはDB601N(1175馬力)で過給器用インテイクは円形断面のものになってい
る(F2より肉厚があるのでF4以降のものか?)。武装はホ103(重量23kg・全
長1245mm・初速780m/秒・発射速度800〜900発)4門からラインメタルMG131(重量
約18kg・全長1170mm・初速790m/秒・発射速度900発)となった。この姿こそが土井武
夫技師の描いた本来のキ61だったのだろうか。同系エンジンで比較する
とBf109E7(DB601N)が570km/h・Bf109F2(DB601N)が615km/h・キ61増加試作機(試作3
号機まではオリジナルのDB601Aだが非武装)が591km/hなのでこのドイツ育ちのキ61
は若干性能(特に実用性)が向上したと思われるのだが(特にプロペラをBf109F4後
期のにすれば)。このキ61は航続力の短い機体に馴れていたドイツ人パイロット(特
に英本土航空戦を経験したパイロット)にとっては驚きだったと思われる(日本の撃
墜王の坂井三郎氏も零戦が一番良かった点は航続力と著書で言っている)。しかし航
続力の大きな単座戦闘機はドイツ空軍では作られる事はなかったしその後のキ61Fの
行方も分かっていない。
※F2のキットを入手出来なくてF4だったので設定を若干変更しました。数値は本によっ
て微妙に違うのでいつものように都合の良い数値としました。